特集

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。

食で“魚”を愉しむ

古田優

食品 食で“魚”を愉しむ旬の魚、鯵(あじ)のたたきを考える

 鯵には、なぜ”たたく“料理法があるのでしょうか。鰹(かつお)にも”たたき“という料理法はあるのに、なぜ鯵のようにたたかないのでしょう。
 ヒントは、漁師の料理方法のようです。鉄やFRP(ガラス繊維強化プラスチック)ではなく船を木で作っていた時代は、船火事が大きな脅威でした。大海原の真ん中で船を失うことになるからです。そのため米は炊いたものを持っていき、火を使わない料理法で魚を料理して、おかずにしていました。食事どき、漁場では鯵や宗田鰹(そうだがつお)が簡単に釣れます。
 けれど、問題がありました。魚の身は死後、筋肉のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)が徐々に分解して旨み成分イノシン酸が増えて軟かくなっていきますが、釣りたての魚はゴムのように硬く、旨みも少ないのです。そこで、包丁でたたいて身を軟らかいペーストにし、練り混ぜることでイノシン酸の生成を進めたのではないかと考えられているようです。
 しかし陸上で食べるときにはもう軟らかくなり、旨みも増しているのでたたく必要はありません。よく、小型の鯵をたたきサイズ、中型以上の鯵を刺身サイズといいます。おろすのに手間がかかる小魚を小骨ごとたたく料理法として陸上に伝わり、鰹は刺身で十分美味しいので、たたくという名前だけ残り、細かくたたくのを止めたのではないでしょうか。
(2014年8月号掲載)

食品 食で“魚”を愉しむ子持ちの秋刀魚(さんま)を食べたことがありますか?

 この時期、秋刀魚は北の海でたくさん餌を食べて脂を蓄え、北海道、東北、関東沖と南下しながら、太平洋に流れ出る親潮(おやしお)の流れ藻に産卵します。このとき、大きな群れを作るために、夜中に強力な集魚灯で群れを漁船の横に集めて金魚すくいのようにすくい上げる「秋刀魚棒受け網」という大規模な漁業が行われます。こうして獲れた秋刀魚が8月後半から店に並び、秋の味覚を楽しめるようになるのです。
 しかし産卵期なのに、子持ちの秋刀魚を食べる人はほとんどいないのはなぜでしょう。実は夜集魚灯に集まるのはオスだけで、メスは遠くで寝ているからです。もちろん、メスを獲る方法もあります。東北に古くから伝わる漁法で、小船にたいてい一人で乗り、沿岸の流れ藻の横に船を付け、手を藻の中に入れて藻が揺れているかのように動かす方法です。こうするとメスの秋刀魚の産卵意欲がそそられ、指の間に入って産卵しようとします。このとき、すかさず指を閉じ、秋刀魚をつかみあげて漁獲するというものです。この方法で1000匹以上獲れることもありますが、1匹あたり150gとしても150kgにしかならないため、地元の方だけしか食べられないようです。メスは卵に栄養をとられていて身はオスの方が美味しいために、需要も少ないのでしょう。秋刀魚の資源量が大きいのは、メスが温存されるこんな仕組みのおかげかもしれません。
 (2014年9月号掲載)

食品 食で“魚”を愉しむ美味しい鯖(さば)を食べましょう

 10月になると、鯖は回遊の北限とされる北緯40度の八戸沖に達し、一番脂が乗ってきます。生鮮で流通する他にも、水揚げしてすぐに缶詰にしたり、冷凍保管してしめ鯖などに加工したりします。冷凍しないですぐに缶詰にしたものは身がしっとりとしていて美味しいので、缶に「生鯖使用」と書いてあるものがあったら、ぜひ買ってみてください。
 20年ほど前、鯖の漁獲が激減したときにノルウェーからの輸入が始まり、今では鯖味噌のパックや塩鯖などの加工品はほとんどがこの鯖で作られるようになりました。ノルウェーの鯖は大西洋鯖と呼ばれる種類の違うもので、日本産では脂が乗らない小型の頃から脂が乗っており、大型のものは脂が30%以上にもなります。当初は脂っこいと嫌われましたが、塩焼きにしたときのジューシーさや味噌煮にしたときのとろける味覚が魅力で、市民権を得ました。日本産の鯖は背中模様が細かい唐草模様であるのに対して、粗いすだれ模様なのが見分けるポイントです。とはいえ日本産の鯖が劣っているわけではありません。しめ鯖にしたときのねっとりとした身の食感や、味噌煮にしたときのお腹と張りのある背中の食感など良い点も多いのです。ただノルウェー産とは違い、小さい鯖は脂がなく不味(ふみ)なので、小さい鯖まで獲ってしまう今の巻網漁法を改善し、大きく育った鯖だけを獲るようにしてほしいものです。
(2014年10月号掲載)

食品 食で“魚”を愉しむ旬の名残(なごり)の鮭を楽しみましょう

 鮭が北海道以外でも獲られていることは、意外と知られていないようです。川への遡上(そじょう)だけなら、東京の多摩川にも上っているといわれています。北海道以外の産地としては東北がありますが、全国に流通しているのは太平洋側で獲れた鮭が多く、日本海側では地元の消費にまわっていて、特に新潟県村上市では1人あたりの鮭の消費量が日本一だそうです。東北に帰ってくる鮭も、北海道に帰ってくる鮭と同じ経路で来ます。旬の走りといわれる8月は北海道で獲れ、やがて東北でも獲れはじめ、12月に東北で最後に獲れて、鮭の季節は終わります。この時期を「旬の名残」と呼び、その年の鮭との別れを惜しみます。魚売り場で生の鮭の切り身を見かけたら、ぜひ買ってみてください。おいしさでは旬の前に獲れる「時しらず」や東北に向かう途中に北海道で獲れる「目近(めじか)」にはかないませんが、趣があるものです。季節がら、石狩鍋がおすすめです。鮭の身やアラと豆腐、タマネギ、キャベツ、ダイコン、シイタケ、ニンジン、長ネギなどを昆布出汁の味噌仕立てで煮込みます。
 鮭の頭は氷頭(ひず)※1 として、内臓はいくら、白子、めふん※2 として利用できます。また鱗(うろこ)も美味しく、切り身は鱗を取らないので捨てるところのない魚といえます。アイヌの人々は神から授かった魚と呼び、地方によっては鮭を祀った鮭神社もあります。
(2014年12月号掲載)

※1 鮭の鼻先の軟骨料理
※2 オスの鮭の中骨に沿って付いている血腸(腎臓)を使って作る塩辛

食品 食で“魚”を愉しむ鰤(ぶり)を贈る風習

 魚食(ぎょしょく)文化を大きく分けて、「西の鰤に対して東の鮭」と言うことがあります。そして鰤や鮭には、それにまつわるいろいろな風習が生まれてきました。呼び名も、鰤はワカシ、イナダ、ワラサのように成長に合わせて名前が変わり、出世魚と呼ばれます。日本海側の県では嫁ぶりが良いことを褒めるために、鰤を贈る慣わしがあります。結婚はゴールではなくスタートです。良い関係と生活を築くためには夫婦や両家の努力が必要ですが、こんな風習はそれを後押ししてくれることでしょう。
 富山県や石川県では結婚した年末に、出世魚にあやかって娘婿の出世を願い「歳暮鰤(せいぼぶり)」を贈ります。嫁の実家から婚家に鰤1匹を送ると、婚家は半身を実家に返します。鳥取県や福岡県では婚家から”嫁ぶりが良い“、”よか嫁ごぶり“とねぎらいをこめて嫁の実家に鰤を送り、鳥取県ではお返しにするめを送るといいます。嫁ぶりの”ぶり“と”鰤“を掛けて生まれた風習です。鰤は成長とともに獲れる量が減り、ブリと呼ばれる頃には7㎏をゆうに超え、脂が全身にのって高価な魚になります。
 食卓は人のつながりを作りますが、鰤を使ったつながり作りはとても良いアイデアだと思います。次の結婚記念日には厚く切った鰤を照り焼きにして、「嫁ぶりはどう?」と聞いてみてはいかがでしょう。旦那さまが照れれば、感謝しているということだと思います。
(2015年1月号掲載)

食品 食で“魚”を愉しむ冬のヤリイカ、夏のスルメイカ

 日本はイカにも恵まれています。ごちそうのアオリイカや甲イカに加え、たくさん獲れて料理法の多いスルメイカ、ヤリイカ。量はやや少ないものの酢味噌和えで美味しいホタルイカ、ヒイカがあり、イカフライなど加工用に適しているムラサキイカ、アメリカオオアカイカ、マツイカなどは輸入もしています。一方、世界的に見れば、国や地域によっては、宗教上の理由や姿が悪魔を連想させるとして食べないことも多く、イカを好んで食べるのはアジア、地中海沿岸、南米などです。このため日本のイカ消費量は、世界の半分ほどを占めています。
 スルメイカは東シナ海で生まれ、成長しながら北海道まで回遊し、東シナ海で産卵して1年で一生を終えます。ほかのイカも寿命は1年で、大きさからは考えにくいほど短い生涯です。旬のイカは年間を通して変遷しますので、春夏秋冬なんらかのイカが旬を迎えています。特にスルメイカが若いイカに成長した夏は柔らかくて美味しく、また安価です。麦の収穫期と重なることから「麦イカ」とも呼ばれます。そして秋には大きく育って北海道に達し、塩辛や珍味に加工されます。函館がイカの街であるのはこのためでしょう。今の季節は、ヤリイカが旬を迎えています。スルメイカに比べるとやや高価ですが、透き通るような純白で甘く柔らかい味覚を、ぞんぶんに味わってみませんか。
(2015年2月号掲載)

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