イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

安富和男先生の面白むし話(2)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

アリの結婚飛行

 アリは中生代白亜紀に狩人蜂(カリウドバチ)から分かれて栄えてきた昆虫で、日本には約260種が生息しています。私たちがふだん見かける働きアリは卵巣が退化したメスであり、翅(はね)を持たずに地面を歩いて採餌(さいじ)などをするのが役目です。生殖にたずさわるのは有翅(ゆうし)の「羽(は)アリ」で、雌雄の出会いは大空で行われます。クロオオアリでは5月頃、クロクサアリなどでは7月の夕方に、多数の羽アリが巣から結婚飛行に飛び立ちます。これは七夕祭りの織女(しょくじょ・織り姫)と牽牛(けんぎゅう・彦星)を彷彿とさせるようなドラマです。受精したメス(新女王)は地上に降りて、いらなくなった羽を自ら落とし、巣を作る場所にもぐりこんで産卵します。
 最初の働きアリが成虫に育つまで、新女王は幼虫に餌を与えて哺育し、新しい巣が完成すると、女王は10年間も産卵に専念することになります。巣は次第に繁栄して、数百~数千匹の働きアリを擁する大きなコロニーへと発展していくのです。
 クロオオアリ、クロクサアリ、クロヤマアリなどの配偶行動は、生涯にただ1回の「結婚飛行」に限られています。
 数の多いオスの羽アリは短命であり、さらに電灯の光に誘われて家の中に入りこむ走光性(そうこうせい)のため、不快昆虫の扱いを受けて殺されてしまう例が多いようです。
(2012年7月号掲載)

竹の害虫と益虫

 7月といえば七夕祭りですが、祭りに重要な竹は蛾や甲虫、アブラムシに加害されます。カレハガ(枯葉蛾)科に属するタケカレハの幼虫は、成熟すると体長6cmになる黄色の毛虫で、1年に2世代を経過します。冬を越した幼虫は春に、2回目の幼虫は夏に活動し、竹の新芽や葉を食害します。幼虫は毒針毛(どくしんもう)を持っているので皮膚炎を起こすやっかいな毛虫でもあり、繭(まゆ)も有害です。マダラガ(斑蛾)科のタケノホソクロバは卵で越冬し年2回発生します。竹の葉を食べる幼虫は白地に黒斑(こくはん)のある毛虫で、皮膚炎の事例も多発しています。
 収穫した竹材は、ベニカミキリ、タケトラカミキリなどのカミキリムシ類やナガシンクイムシ類、ヒラタキクイムシ類、ツツシンクイムシ類などの甲虫から食害されます。特に被害の大きなタケナガシンクイは、成虫の体長が約3mmで、被害材に直接約2.5mmの脱出孔(だっしゅつこう)をあけて飛び出します。デンプン質の多い節の部分が侵されやすく、ひどい時には内部に粉状の虫粉(ちゅうふん)[糞(ふん)と噛(かじ)り屑(くず)]が充満して脆(もろ)くなります。
 ゴイシシジミは竹林に生息しているシジミチョウで、翅の裏面が白地に黒い碁石を散りばめたようになっており、これが和名のいわれです。幼虫は竹の害虫のアブラムシを捕食して成長する益虫で、植物を食べることはありません。成虫は、チョウなみに花の蜜を吸って暮らします。
(2012年7月号掲載)

海に暮らす昆虫

 海に暮らす昆虫として第一に登場させたいのは、トウゴウヤブカです。この和名は学名Aedes togoiの種名トウゴイに由来し、日本海海戦の名将・東郷平八郎元帥(げんすい)に奉献されたものです。幼虫が塩分に極めて強く、海岸の岩礁(潮だまり)で育つ海の蚊であるのは面白いことだと思います。以前は内陸部の防火用水などにも発生していましたが、現在では分布が潮だまりに限られているようです。成虫の体や脚には白帯(はくたい)があり、日本全土に生息しています。昼も夜も吸血しますが、無吸血でも産卵可能な蚊です。
 アメンボは半翅(はんし)類に属し、カメムシと類縁が近く特有の臭気を放ちます。それを飴の匂いと見立てて「飴ん棒(アメンボウ)」と命名されました。日本に23種生息するアメンボの多くは湖沼(こしょう)や渓流にすみ、飴の匂いが防御物質の役目を果たすので魚に食べられません。アメンボの中には海に進出した種類もあります。ウミアメンボは岩礁に生息し、水面で溺れかけたユスリカなどを食べます。ツヤウミアメンボは海洋性の種類です。また、塩田から発生するシオアメンボは絶滅危惧種の指定を受けました。
 「糠(ぬか)のような蚊」というヌカカの仲間は、わずか1mmの微小な吸血鬼です。イソヌカカは岩礁や干満潮線(かんまんちょうせん)間の砂泥(さでい)で育ちます。蚊帳の目をくぐり寝巻の間から潜りこみ、髪の中にも侵入して血を吸う厄介者です。
(2013年7月号掲載)

チョウを誘う不思議な物質

 昆虫生態園で、蝶とのふれ合いができるようになりました。化粧をした女性が入園すると、沖縄産で白地に黒い斑紋(はんもん)をちりばめた絣(かすり)模様の大きな翅を持つオオゴマダラのオスが顔や首すじにとまり、口吻(こうふん)で肌を吸います。西田律夫博士によれば、誘引源は化粧品のクリームなどに使われている防黴剤(ごうばいざい)※ のパラベンであり、果物に寄生するカビの生産したメレインにも誘引され、これらを性フェロモンの材料にするのだそうです。
 次に、オオゴマダラのオスはムラサキ科のヘリオトロープに集まり、茎や葉を脚の爪でひっ掻いて傷つけ、唾液で溶かしたアルカロイド毒のピロリディンを摂取します。これを天敵からの護身と、一部は性フェロモンに変えてメスへの媚薬としても利用します。さらに、オスは交尾中にこの毒をメスに渡すので卵まで毒の恩恵を受けることになります。
 クヌギの樹液を餌にする国蝶(こくちょう)オオムラサキのオスが畑の尿素肥料に集まり、またミヤマカラスアゲハのオスが人の排尿した所に飛来して尿素を吸いとるのを見かけます。尿素の行方はやはり惚れ薬の材料でしょうか。
 パラベン、メレイン、ピロリディンや尿素に誘引されるのは、すべてオスです。自然界は女性優位といわれますが、オスも自然の恵みを巧みに活用している証を覗き見ることができたようです。
(2013年7月号掲載)

※ カビの発生を防止、除去する薬剤

昆虫採集の思い出

 幼い頃から虫好きだった筆者は、小学校4年生の頃に自宅から歩いて行ける小倉城(こくらじょう)の堀端(ほりばた)で昆虫採集を始めました。トンボでは勇ましく飛ぶギンヤンマ、ひらひら舞うチョウトンボや可憐なイトトンボ、蝶ではナガサキアゲハやジャコウアゲハに魅力を感じました。旧制中学に入ると、昆虫採集の行き先が小倉の東に聳(そび)える足立山の麓(ふもと)に延びました。目当てはクヌギの樹液に集まるカブトムシ、クワガタムシや蝶のルリタテハなどでした。さらに高学年になると小倉の南に位置する尺岳(しゃくだけ)や福智山(ふくちやま)に通いました。樹液に飛来する国蝶オオムラサキや山道の枯木に潜むカミキリムシやミツギリゾウムシに感動したものです。昆虫の宝庫といわれる英彦山(ひこさん)に行く機会にも恵まれ、行動範囲をさらに広げました。
 小学生の頃、標本作りや保存法について近所に住む親切な須田のおじさんから手ほどきを受けることができたのは幸運でした。その要点は次のようにまとめられます。(1)針は昆虫用のものを使う。(2)蝶や蛾などは展翅板(てんしばん)で翅をひろげる。(3)密閉できる標本箱に収めて、ナフタリンやパラジクロールベンゼンを入れてカビや虫害を防ぐ。(4)ラベル(名札)をつける。筆者が学生の頃に採り集めたカメノコハムシの標本は、幸いにも半世紀以上を経た現在まで保存され続けています。この標本を自分の分身のように感じている昨今です。
(2014年7月号掲載)

昆虫を飼う楽しさ

 筆者の生家は現在の山陽新幹線、福岡県の小倉(こくら)駅にほど近い商店街にありましたが、物心つく昭和の初め頃にはコオロギの鳴き声に恵まれていました。エンマコオロギを虫籠(むしかご)に入れ、キュウリを与えて飼っていると、前翅(まえばね)をすり合わせながら「コロコロコロリー…」と美しい鳴き声をだしているのが面白い驚きでした。鳴かないメスと違ってオスの翅には渦巻き模様があり、目印のひとつになった特徴です。
 虫籠を床の間に置いて、エンマコオロギの鳴き声を聞きながら眠りについた日々でした。幼くして両親を亡くした筆者の淋しさを補って余りある天使の声でした。小学校の高学年から中学生の頃には、採集してきたカブトムシやクワガタムシを飼育しました。熱帯魚用の水槽を準備して底に砂を敷き、止まり木にする木の枝を入れて、餌には西瓜(すいか)や水で希釈した蜂蜜を与えて食べる様子を観察したのです。また、キリギリスやコオロギの幼虫を育て、羽化して鳴き出すと嬉しさいっぱいでした。
 やがて、カメノコハムシとマダラテントウの魅力にとりつかれ、生活環を調べたり、食草(しょくそう)選択の実験に熱中するようになったのです。食草の入手に苦労することもありましたが、それも虫を飼う楽しさにつながるものといえましょう。飼育には植物の知識が必要なことを学んだのも、貴重な教訓だったと思います。
(2014年7月号掲載)

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