弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男
昆虫の縄ばり行動は多くのトンボやオオムラサキのようなチョウなどに見られます。
日本に生息する190種のトンボのなかで最も大きなオニヤンマは渓流ぞいの山道や流れの上を行ったり来たりして縄ばりとし、ギンヤンマは沼や池の上を旋回飛行して縄ばりをつくります。シオカラトンボ、カワトンボ、アキアカネなどは植物や棒、杭の先にとまって縄ばりを守ります。縄ばり行動をおこなうのは成熟したオスです。
縄ばりをつくり勢力範囲を宣言する主な目的はメスを獲得して交尾するためで、縄ばりの中にほかのオスが入ってくるとスクランブル発進して追いはらいます。飛翔型でも静止型でも、先に縄ばりをつくった方が侵入者よりも強く、あぶれたオスはほかの場所をさがして縄ばりをつくることになります。
国蝶(こくちょう)オオムラサキのオスは美しい紫色に輝く翅をひろげて木の梢(こずえ)にとまります。その一帯が縄ばりで、ぐるっとひとまわりパトロール飛行してきてはまた同じ所にとまります。頭上をライバルが飛ぶと物凄い勢いで追撃し、ときにはスズメを撃退することさえあります。
昔から「一寸の虫にも五分の魂」ということわざがあります。昆虫の縄ばり行動には、その極致を感じさせるものがあります。
(2009年8月号掲載)
海水浴、磯遊(いそあそ)び、海釣りのときに悩まされる吸血昆虫は、トウゴウヤブカとイソヌカカです。
トウゴウヤブカは塩分に強く、海水よりも塩分濃度の濃い潮だまりや岩礁(がんしょう)で幼虫(ボウフラ)が育ちます。成虫は体長約6mm、黒褐色で胸背部(きょうはいぶ)に白い縦條(たてすじ)、脚(あし)の腿節(たいせつ)、脛節(けいせつ)、跗節(ふせつ)にも計6本の白帯があります。
学名・種小名のtogoiや和名のトウゴウは、日本海海戦の東郷平八郎元帥(げんすい)に奉献されたものです。主に昼間から夕方にかけて吸血活動を行い、吸血されると痒(かゆ)いだけでなく、フィラリア症の病原体バンクロフト糸状虫(しじょうちゅう)が媒介されます。また、牛や羊のセタリア糸状虫も媒介します。
海辺の旅館に泊まったり夜釣りのとき、イソヌカカという微小な昆虫に吸血されることがあります。吸血時にはあまり痛さを感じませんが、半日から1、2日経って激しい痒みと腫(は)れを起こすのが特徴です。ヌカカはわずか体長1mmほどで、和名は「糠(ぬか)のような蚊」に由来します。夜間、蚊帳(かや)の目を通り抜けて寝巻(ねまき)の間から潜りこみ、頭髪の中にまで侵入するので始末の悪い吸血鬼です。幼虫は白く細長いウジ状で、干満潮線間の砂泥(さでい)中で育ちます。
ヤブカやヌカカの吸血を防ぐには、ジエチルトルアミドの防虫スプレーが有効です。
(2010年8月号掲載)
海に暮らす昆虫として第一に登場させたいのは、トウゴウヤブカです。この和名は学名Aedes togoiの種名トウゴイに由来し、日本海海戦の名将・東郷平八郎元帥(げんすい)に奉献されたものです。幼虫が塩分に極めて強く、海岸の岩礁(潮だまり)で育つ海の蚊であるのは面白いことだと思います。以前は内陸部の防火用水などにも発生していましたが、現在では分布が潮だまりに限られているようです。成虫の体や脚には白帯(はくたい)があり、日本全土に生息しています。昼も夜も吸血しますが、無吸血でも産卵可能な蚊です。
アメンボは半翅(はんし)類に属し、カメムシと類縁が近く特有の臭気を放ちます。それを飴の匂いと見立てて「飴ん棒(アメンボウ)」と命名されました。日本に23種生息するアメンボの多くは湖沼(こしょう)や渓流にすみ、飴の匂いが防御物質の役目を果たすので魚に食べられません。アメンボの中には海に進出した種類もあります。ウミアメンボは岩礁に生息し、水面で溺れかけたユスリカなどを食べます。ツヤウミアメンボは海洋性の種類です。また、塩田から発生するシオアメンボは絶滅危惧種の指定を受けました。
「糠(ぬか)のような蚊」というヌカカの仲間は、わずか1mmの微小な吸血鬼です。イソヌカカは岩礁や干満潮線(かんまんちょうせん)間の砂泥(さでい)で育ちます。蚊帳の目をくぐり寝巻の間から潜りこみ、髪の中にも侵入して血を吸う厄介者です。
(2013年7月号掲載)
昆虫生態園で、蝶とのふれ合いができるようになりました。化粧をした女性が入園すると、沖縄産で白地に黒い斑紋(はんもん)をちりばめた絣(かすり)模様の大きな翅を持つオオゴマダラのオスが顔や首すじにとまり、口吻(こうふん)で肌を吸います。西田律夫博士によれば、誘引源は化粧品のクリームなどに使われている防黴剤(ごうばいざい)※ のパラベンであり、果物に寄生するカビの生産したメレインにも誘引され、これらを性フェロモンの材料にするのだそうです。
次に、オオゴマダラのオスはムラサキ科のヘリオトロープに集まり、茎や葉を脚の爪でひっ掻いて傷つけ、唾液で溶かしたアルカロイド毒のピロリディンを摂取します。これを天敵からの護身と、一部は性フェロモンに変えてメスへの媚薬としても利用します。さらに、オスは交尾中にこの毒をメスに渡すので卵まで毒の恩恵を受けることになります。
クヌギの樹液を餌にする国蝶(こくちょう)オオムラサキのオスが畑の尿素肥料に集まり、またミヤマカラスアゲハのオスが人の排尿した所に飛来して尿素を吸いとるのを見かけます。尿素の行方はやはり惚れ薬の材料でしょうか。
パラベン、メレイン、ピロリディンや尿素に誘引されるのは、すべてオスです。自然界は女性優位といわれますが、オスも自然の恵みを巧みに活用している証を覗き見ることができたようです。
(2013年7月号掲載)
※ カビの発生を防止、除去する薬剤
幼い頃から虫好きだった筆者は、小学校4年生の頃に自宅から歩いて行ける小倉城(こくらじょう)の堀端(ほりばた)で昆虫採集を始めました。トンボでは勇ましく飛ぶギンヤンマ、ひらひら舞うチョウトンボや可憐なイトトンボ、蝶ではナガサキアゲハやジャコウアゲハに魅力を感じました。旧制中学に入ると、昆虫採集の行き先が小倉の東に聳(そび)える足立山の麓(ふもと)に延びました。目当てはクヌギの樹液に集まるカブトムシ、クワガタムシや蝶のルリタテハなどでした。さらに高学年になると小倉の南に位置する尺岳(しゃくだけ)や福智山(ふくちやま)に通いました。樹液に飛来する国蝶オオムラサキや山道の枯木に潜むカミキリムシやミツギリゾウムシに感動したものです。昆虫の宝庫といわれる英彦山(ひこさん)に行く機会にも恵まれ、行動範囲をさらに広げました。
小学生の頃、標本作りや保存法について近所に住む親切な須田のおじさんから手ほどきを受けることができたのは幸運でした。その要点は次のようにまとめられます。(1)針は昆虫用のものを使う。(2)蝶や蛾などは展翅板(てんしばん)で翅をひろげる。(3)密閉できる標本箱に収めて、ナフタリンやパラジクロールベンゼンを入れてカビや虫害を防ぐ。(4)ラベル(名札)をつける。筆者が学生の頃に採り集めたカメノコハムシの標本は、幸いにも半世紀以上を経た現在まで保存され続けています。この標本を自分の分身のように感じている昨今です。
(2014年7月号掲載)
筆者の生家は現在の山陽新幹線、福岡県の小倉(こくら)駅にほど近い商店街にありましたが、物心つく昭和の初め頃にはコオロギの鳴き声に恵まれていました。エンマコオロギを虫籠(むしかご)に入れ、キュウリを与えて飼っていると、前翅(まえばね)をすり合わせながら「コロコロコロリー…」と美しい鳴き声をだしているのが面白い驚きでした。鳴かないメスと違ってオスの翅には渦巻き模様があり、目印のひとつになった特徴です。
虫籠を床の間に置いて、エンマコオロギの鳴き声を聞きながら眠りについた日々でした。幼くして両親を亡くした筆者の淋しさを補って余りある天使の声でした。小学校の高学年から中学生の頃には、採集してきたカブトムシやクワガタムシを飼育しました。熱帯魚用の水槽を準備して底に砂を敷き、止まり木にする木の枝を入れて、餌には西瓜(すいか)や水で希釈した蜂蜜を与えて食べる様子を観察したのです。また、キリギリスやコオロギの幼虫を育て、羽化して鳴き出すと嬉しさいっぱいでした。
やがて、カメノコハムシとマダラテントウの魅力にとりつかれ、生活環を調べたり、食草(しょくそう)選択の実験に熱中するようになったのです。食草の入手に苦労することもありましたが、それも虫を飼う楽しさにつながるものといえましょう。飼育には植物の知識が必要なことを学んだのも、貴重な教訓だったと思います。
(2014年7月号掲載)
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