特集

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。

安富和男先生の面白むし話(4)

日本昆虫学会 名誉会員(執筆当時) 安富和男

いきもの 安富和男先生の面白むし話(4)害虫防除事始め

 害虫防除技術は、植物の利用に始まりました。古代ギリシヤ・ローマ時代、シラミ駆除にヤグルマギクの種子(粉末)を使用しました。オリーブ油の絞粕(しぼりかす)を籾殻(もみがら)と練り合わせて穀物倉庫の壁に塗ってコクゾウムシを防いだり、衣類の防虫剤にしました。また、バイケイソウをミルクやワインに浸出した液でハエを誘殺しました。後に、タバコの浸出液が半翅類の駆除に利用され、硫酸ニコチン剤の開発につながりました。
 今でも日本各地に見られる「虫送り」「虫追い」の行事は、村から害虫を退散させ、五穀豊穣を願った農民たちの素朴な祈りでした。1200年以上前の「万葉集」に蚊火(かび)、蚊遣火(かやりび)、蚊いぶしの歌が載っています。蚊火は、陰干ししたヨモギや柑橘類の皮などをいぶして蚊をよける生活の知恵でした。大分名産のカボスは、蚊いぶしが転化した名前です。
 稲作害虫のウンカに対して鯨油(げいゆ)を水面に注ぐ方法(注油駆除法)は、1670年、福岡県の篤農家(とくのうか)が考案しました。世界の害虫防除史の中で先駆的なもので、その後、油は松根油(しょうこんゆ)、馬酔木(あせび)の成分を配した豊年油(ほうねんゆ)などへと変遷しましたが、1950年頃までウンカ退治の主流でした。
 近代的な殺虫剤の始まりは、明治14年(1881年)に輸入された防虫菊からです。有効成分のピレトリンは、近年のすぐれたピレスロイド系殺虫剤のもとになりました。
(2009年9月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(4)昆虫とニコチン

 植物の中には昆虫の食害を避けるために有毒物質を備えたものがあります。ニコチンは、タバコの葉に含まれる神経毒のピリジンアルカロイドです。ニコチンは、ヨーロッパで200年以上前から殺虫剤として用いられ、日本でも江戸時代以降タバコの煎汁(せんじゅう)や製剤化された硫酸ニコチンが普及しました。近年開発されたイミダクロプリドという有望な殺虫剤は、ニコチンと近縁な化合物です。
 畑でタバコの葉を食べて育つタバコスズメガとキタバコガの幼虫は、体内に入ったニコチンを急速に排出するしくみを持ち、ニコチンが神経に回るのを防いでいます。
 ワモンゴキブリやチャバネゴキブリも、中毒しません。ゴキブリ類のニコチン克服の方法は、タバコスズメガの場合と違い、有毒なニコチンを無害な化合物に解毒分解してしまう機構を持っています。
 実は野菜類の大害虫モモアカアブラムシの好む植物はタバコで、葉や茎から吸汁します。そのニコチン毒の回避法は、「排出」でも「解毒」でもないことがわかりました。
 タバコのニコチンは根で生成され、導管を通って葉に運ばれます。このアブラムシは、ニコチンを含まない篩管(しかん)だけから汁を吸うために、ニコチンの害を受けずにタバコを寄主(エサ)にすることができます。
(2009年9月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(4)ゴキブリ用のバタートラップ

 明治40年(1907年)の6月、日本昆虫学の先駆者の1人・佐々木忠治郎博士は、昆虫学雑誌2巻5号に「あぶらむし駆除に有効な罠(わな)」を紹介されました。漬物を入れるロ径18~20cmの筒型陶器を準備し、その内側の上部に菜種油をうすく塗ります。これをゴキブリの出没する場所に仕掛けておくと、夜間にゴキブリが入りこみ、油で滑り落ちて逃げられず、翌朝にたくさん捕獲できると書いてあります。
 菜種油のような食用油には、ゴキブリの好む匂いと味が含まれています。カプリル酸などの脂肪酸類や、メチルミリステートなどのエステル類で、現在の知識に照らしても合理的な罠です。
 佐々木博士の発表から半世紀経過した昭和26年に、「バタートラップ」が登場しました。漬物用陶器が腰高(こしだか)シャーレに、菜種油がバターへとやや近代化されましたが、同じアイデアです。月刊の昆虫専門誌「新昆虫」(4巻2号、1951)によれば、腰高シャーレまたは広ロガラス瓶の内側にバターをうすく塗って調理場の隅などに設置しておくと、ゴキブリが罠に落ちて、生息密度調査と駆除の両方に使えます。
 バタートラップにより、「ゴキブリ指数」を求めることができます。1日1トラップ当たりのゴキブリ捕獲数(ゴキブリ指数)を、1以下に抑えるのが駆除目標になります。
(2009年9月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(4)昆虫の味覚

 昆虫の味覚を司るのは微細な感覚子(かんかくし)で、口器(こうき)や種類によっては脚のふ節にあります。ハエは脚にも舌を持ち、口吻(こうふん)と同じ30~300μmの毛状(もうじょう)感覚子がふ節先端の褥盤(じょくばん)に生えており、食べ物にとまった瞬間に「脚の舌」で味を感じます。とくに甘味に敏感で、ショ糖と麦芽糖に最も反応が強く、次いで果糖、ブドウ糖、乳糖の順です。タテハチョウも前脚の先に舌を持ち、樹液に反応して口吻が伸び、吸汁(きゅうじゅう)します。
 ゴキブリの好む食品成分は、油脂類のカプリル酸やメチルミリステート、炭水化物の麦芽糖や澱粉などです。好きな匂いに誘われたゴキブリは、食物にふれた小顎(こあご)ひげや下唇(かしん)ひげの毛状感覚子が味を感知して摂食行動を起こし、食べ続けることになります。
 オスのチャバネゴキブリは、翅(はね)を上げて腹部背面からメスを誘惑する分泌液を出します。これは「オスの性フェロモン」であり、オリゴ糖とリン脂質で構成された味覚物質として働き、メスの食欲を促します。メスが舐めている間に交尾が成り立つしくみで、高カロリーの栄養物を結納品に使う知恵と言えましょう。
 モンシロチョウの幼虫(アオムシ)は、キャベツやダイコンなどの葉を食べて成長します。アブラナ科植物に含まれるカラシ油配糖体(ゆはいとうたい)のシニグリンがアオムシの摂食刺激物質として働き、成長に導く鍵となります。
(2010年9月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(4)昆虫の運動能力

 昆虫の体の組立ては、脊椎動物と根本的に違います。体の中に骨を持たない代わりに、表皮が硬化して骨の役目を果たしており、これを外骨格と呼びます。外骨格には筋肉の付着点が多く、小さな体の割に強い運動能力を発揮します。
 昆虫の跳躍力を測ってみると、1跳びの距離がトビムシ20cm、ノミ30cm、コオロギ60cm、トノサマバッタ75cmです。ノミの30cmは身長の200倍で、人間の身長に直すと300m以上になり、富士山を12跳びで登れる計算になります。強いジャンプ力の源は、先祖の持っていた飛翔筋(ひしょうきん)に由来するようです。
 飛行速度では、イエバエが時速8km、オオムラサキ19km、オニヤンマ40kmですが、逃走や餌を追いかけるときのヤンマは、時速140kmにもなります。飛蝗(ひこう)(ワタリバッタ)は、9時間の連続飛行が可能です。
 昆虫界における短距離競走のチャンピオンはクロゴキブリで、1秒間に50cmも走って逃げます。人間の身長なみにすれば100m/五秒の計算となり、オリンピックの金メダリスト顔負けの速さです。
 昆虫は平均して体重の20倍の重さを引っぱることができます。一番の力持ちはカブトムシで、体重の100倍以上の物を牽引でき、物に車をつけると記録はさらに20倍伸びます。
(2010年9月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(4)岩礁海岸に双翅類

 岩礁海岸にすむ双麹類のベッコウバエやウミユスリカは、月に起因する潮汐(ちょうせき)周期に同調した暮らしを営んでいます。
 潮間帯(ちょうかんたい)にいるフジツボベッコウバエのメスは春、大潮の引き潮のときフジツボと岩の隙間に卵を産みつけます。ふ化した幼虫はフジツボの内部に潜りこんで中身を食べ、2週間後に二齢に育つと、3か月の休眠に入ります。この休眠は、冬の冬眠に対して「夏眠」といえるでしょう。9月から10月に目覚め、摂食と成長を再開して、空になったフジツボの殻で蝋化(ようか)し、翌春に成虫が羽化するという生活環です。
 岩礁地帯で暮らす双翅類の中で、種類や個体数が多いのはウミユスリカの仲間です。ヤマトイソユスリカの幼虫は海草を食べて育ち、成虫は引き潮のとき岩の上を歩行しています。生涯ウジ状のメスは自力で羽化できず、オスに蝋の殻を脱がせてもらう変わり者です。
 ウミユスリカ類には、怖い天敵がいます。アシナガバエ類は幼虫も成虫も肉食性で、ウミユスリカや海浜性ガガンボの幼虫を捕食します。アシナガバエ類の代表種キタイソアシナガバエは年一化性で、成虫は初夏から10月の中旬にかけて岩礁海岸で見られます。ハエ成虫の摂食法は餌を舐めるか吸う方式ですが、アシナガバエ成虫は餌全体を食べてしまいます。この摂食法は、ハエ仲間では他に例を見ません。
(2011年9月号掲載)

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