特集

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。

安富和男先生の面白むし話(5)

日本昆虫学会 名誉会員(執筆当時) 安富和男

いきもの 安富和男先生の面白むし話(5)秋に多いスズメバチの害

 スズメバチに刺される被害は、秋に多発します。10月ごろに働きバチの数が最も多くなるからです。働きバチの個体数は、1つの巣あたりにオオスズメバチで500匹、キイロスズメバチで1400匹、幼虫を育てる育房数(いくぼうすう)は1万室に達します。働きバチの数が増加するとともに、外敵から巣を守るため、攻撃性や餌場を占有する性質も強くなります。
 攻撃性は種類によって違い、オオスズメバチが最も強く、次いでチャイロスズメバチ、キイロスズメバチ、モンスズメバチ、コガタスズメバチの順になります。オオスズメバチやキイロスズメバチは、巣に敵が近づいて危険を感じたとき、空中で大顎(おおあご)を咳み合わせて、「カチ、カチ、カチ」という威嚇音を発しながら襲いかかり、毒針で刺します。攻撃に参加するハチはしだいに増え、激しく興奮すると、大顎で咳みついて何度も刺し、逃げても数十mも追撃してくることさえあります。
 とくに近年、スズメバチの生息する都市周辺地域の宅地化が進んで、人と接触する機会が増え、人家への営巣や刺症事故が増加しつつあります。スズメバチの気が荒くなっている秋季には、巣の付近を通行してハチを刺激しないように注意しましょう。いったん刺激を加えられると、その後数日間、つぎつぎと通行者を攻撃することも起こり、遠足の児童が集団で襲われる事例が少なくありません。
(2009年10月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(5)カレハガの毛虫と繭(まゆ)

 カレハガ(枯葉蛾)科に属する蛾の幼虫は、公園の樹木や果樹の葉を食べ荒らす毛虫ですが、なかには毒針毛(どくしんもう)を持つ種類があります。
 マツカレハの幼虫のマツケムシは、アカマツ、クロマツ、カラマツの葉を、ツガカレハの幼虫は、ツガ、モミ、エゾマツ、ヒマラヤスギなどの葉を食害します。いずれも胸部背面にある黒藍(こくらん)色の叢生(そうせい)部から多数の毒針毛が生えています。毒針毛にはセロトニンやヒスタミンが含まれており、皮膚に刺さると激痛があり、赤い腫れを起こします。赤い丘疹(きゅうしん)の痒みは、1~2週間も続くのが特徴です。
 繭にも幼虫時代の毒針毛がたくさん付着しています。蛾が羽化した後、樹間に残っている空の繭に触れても、皮膚炎を起こします。
 マツカレハは年1回の発生で、夏に羽化したメス成虫は、マツ類の小枝に200~700個の卵を塊状に産みます。秋の初めに孵化した幼虫は、群生して葉を食べたのち分散し、10月の末までに体長約2cmになって幹を降り、根元に潜りこんで越冬します。翌春、再び樹上に登って成長した幼虫は銀色で体長7.5cmに達し、初夏に繭の中で蝋化(ようか)します。
 10月ごろ、マツの幹に藁を腹巻状に巻きつけておくと、マツケムシがこの中に潜って冬を越すので、翌年の春先に取りはずして焼却処分します。効率のよいマツケムシ退治法です。
(2009年10月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(5)都市化とチカイエカ

 チカイエカ(地下家蚊)は、昔から薄暗い古井戸の中で細々と暮らしてきた蚊で、蕪村(ぶそん)の句に、「古井戸や 蚊に飛ぶ魚(うお)の 音闇(くら)し」があります。
 日本で初めて昆虫学者によって記録されたのは1943年で、「無吸血生殖系アカイエカ」と呼ばれました。吸血しなくても生殖可能なアカイエカの系統を意味します。1962年にチカイエカという和名が与えられ、アカイエカの亜種として扱われています。
 古井戸の蚊が1950年代以降、全国各地の都市で次々と害虫化しました。その理由は、近代的な都市化がビルの地下の溜り水(汚水槽、排水槽)、浄化槽、地下鉄の側溝など、好適な繁殖場所を提供したからです。チカイエカの多少は、都市化の度合を示すバロメーターといえるでしょう。
 温帯地方の蚊は秋の短日で休眠に入りますが、チカイエカは低温に強くて休眠もせず、室温が10℃を超えていれば冬も活動します。また、蚊は交尾に広い空間を必要としますが、チカイエカは狭い所で交尾できます。これは地下の閉鎖環境で暮らすのに適した性質です。
 チカイエカは、吸血しなくても1回だけ産卵できます。卵巣の卵を成熟させる栄養源は、幼虫時代に食べた餌のたんぱく質を成虫に受け継いで利用します。地下に密閉されたままでも、最低限の生活環は繰り返せる保証になります。2回目以降の産卵には、吸血が必要です。
(2010年10月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(5)昆虫の学名

 昆虫の種は、学名と和名で呼ばれます。通俗名の和名に対して、学名(scientific name)は、国際動物命名規約によって規定された名称であり、ラテン語の二名式です。たとえばヤマトゴキブリの学名、Periplaneta japonica Karny のように、属名、種名の順にイタリック体表示、次に命名者名が付記されます。亜種名を示す時は、種名の次に亜種名を加えた三名式になります。日本のイエバエをヨーロッパのイエバエと別亜種に区別する場合の学名は、Musca domestica vicina Macquart です。
 学名の種名(種小名)には、ギリシャ・ローマ神話に由来するもの、発見者などに奉献されたものや、食草、産地に因むものが多く見られます。クロミドリシジミFavonius yuasai Shirôzu は、この蝶を新種として記載した白水隆(しろうずたかし)博士が発見者の湯浅啓温(ひろはる)博士に奉献された学名で、モンシロチョウのPieris rapae Linné は幼虫の食草カブ rapa に因んだものです。食品害虫のノコギリヒラタムシの学名Oryzaephilus surinamensis (Linné)は、南米スリナム産の標本によって命名されました。産地由来の種名には-ensis をつける例が多いようです。また、命名者名がカッコに入れてあるのは、命名当時と属名が変わったことを意味します。
 新種発表の際には指定されたタイプ標本(完模式(かんもしき)標本)が基準となります。タイプ標本は、後世に残る貴重な価値を持っています。
(2010年10月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(5)秋のホタル

 日本には45種のホタルが生息しており、そのうち成虫が発光するのは14種です。初夏の昆虫というイメージが強いホタルの中にも、秋に成虫が現れる種類があります。
 ホタルは、水辺の環境に風情を添えます。しかし、世界のホタル約2千種のうち、幼虫が水中で育つのは日本のゲンジボタルとヘイケボタルなどの数種のみで、水辺のホタルは世界的に珍しい存在です。秋だけに成虫が羽化するアキマドボタルなども陸上で育ちます。
 対馬産アキマドボタルや八重山諸島産オオシママドボタルの幼虫は、カタツムリのウスカワマイマイを餌とし、成虫は強い連続光を放ちます。西表島の人里にすむイリオモテボタルは、ヤスデを食べて育ちます。メスは無翅で強い連続光とフェロモンの匂いによってオスを誘います。有翅のオスは発光しません。
 ヘイケボタルの生息環境はゲンジボタルよりも広く水田、河川、湿地や本州の高層湿原、北海道の釧路湿原にもすみ、幼虫の餌はモノアラガイからタニシや宮入貝(みやいりがい)に及びます。さらに発生期間の幅も大きくて、5月中旬から晩秋の11月まで成虫の羽化が見られます。
 俳句で「秋蛍(あきぼたる)」というのは、「秋のヘイケボタル」を詠んだものと思われます。
(2011年10月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(5)豊年虫(ほうねんむし)

 日本で145種記録されている蜉蝣(かげろう)の仲間は、グループの学名をエフェメロプテラといい、「はかない命の昆虫」を意味します。羽化後1日から2、3日しか生きていません。オオシロカゲロウ(別名アミメカゲロウ)は、秋に集団羽化して1時間で生殖行動を終え、命が尽きてしまいます。北は岩手県の北上川、南は大分県の番匠(ばんじょう)川に及ぶ各地の河川で大発生が起こりますが、長野県の戸倉・上山田地方では、このカゲロウの発生が多い年は豊年満作になるという言い伝えがあり、瑞兆(ずいちょう)(よいことがある前兆)とされてきました。カゲロウの大発生する気象条件が、豊年に結びつくのかもしれません。「豊年虫」は、先人たちの貴重な体験から生まれた言葉でしょう。作家の志賀直哉さんは、昭和3年に「豊年虫」という随筆を書いています。
 川の中にすむカゲロウの幼虫は、鰓(えら)で水中の酸素を呼吸しながらプランクトンや腐植質(腐りかけた落葉など)を食べて育ちます。生息密度は1平方メートルあたり平均120匹、最高値は656匹であり、河川全体ではものすごい数になります。同時集団羽化は、コウモリなどの天敵への戦略でしょう。成長をとげた幼虫は脱皮して亜成虫になり、陸上でもう一度皮を脱いで成虫に羽化します。オオシロカゲロウのメスは亜成虫のままで一生を終わり、真の成虫にはなれません。
(2011年10月号掲載)

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