特集

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。

安富和男先生の面白むし話(6)

日本昆虫学会 名誉会員(執筆当時) 安富和男

いきもの 安富和男先生の面白むし話(6)昆虫の蛹(さなぎ)

 昆虫は、成長にともなって姿を変えていく変態を行います。とくに、甲虫、ハチ、ハエ、カ、チョウなどの進化した昆虫は、幼虫と成虫の間に蛹というステージを持っています。これを完全変態といい、蛹を境にして食べ物や生活様式までも変わる種類があります。
 完全変態をする昆虫の出現は、古生代の終わりの二畳紀(にじょうき)で、それまで温暖だった気候が寒くなり、氷河期を迎え、その逆境に耐える手段の1つとして蛹を獲得したようです。蛹の体内では、変態ホルモンの働きで幼虫の組織を成虫に変える大変身が起きます。幼虫は体を作る世代、成虫は生殖によって子孫を残す世代という分業ができました。
 蛹は食物を摂取しませんが、唯一の例外はブユで、渓流を流れてくる微生物などを餌とします。ハエの蛹は、硬化した終齢幼虫の皮殻(ひかく)内に形成されます。丈夫な殻(から)に囲まれているので「囲蛹(いよう)」と呼びます。カの蛹には、オニボウフラの別名があります。胸背部に持つ1対2本の呼吸管を鬼の角に見たてた名前です。オニボウフラは、くるっくるっと回転レシーブのような動きをします。
 ヘビトンボの幼虫は孫太郎虫(まごたろうむし)といい、渓流にいます。水辺に潜んでいる蛹は、鋭い大顎(おおあご)で敵に咬(か)みつきます。蛹は餌をとらないので、大顎は咬みつく目的だけの武器です。咬みつく蛹は、他に例を見ません。
(2009年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(6)尺取虫(しゃくとりむし)

 シャクトリムシは、シャクガ(尺蛾)科に属するガの幼虫です。種類が多く、世界で約2万種、日本からは827種が記録されています。
 鱗翅類の幼虫は、3対の「胸脚」と5対の「腹脚」を使って歩きますが、シャクトリムシでは、第3~第5節の腹脚が退化、消失し、欠落しているため、尺を取る、すなわち長さを測るようなユーモラスな歩き方になります。寸取虫(すんとりむし)、量虫(はかりむし)とも呼ばれます。英名のメジャーリング・ワームというのは、洋の東西を通じて、同じ見方による命名です。
 シャクトリムシは、草や樹木の葉を食べて育ちますが、花や種子を食べる種類もあります。擬態をして敵を欺く昆虫で、腹端(ふくたん)で枝につかまり、体をまっすぐに伸ばして静止し、小枝そっくりに化けるので、土瓶割りの別名があります。間違えて小枝に土瓶を掛けて壊したという事例に由来します。また、アオシャクのグループは、葉の小片を体につけて身を隠すのが得意です。クロモンアオシャクの幼虫は、ハギの花を身につけて敵を避けるカムフラージュ術を持っています。
 シャクガのオス成虫が発香器官の持ち主であることは、あまり知られていません。オスは、後脚の脛節基部にある毛束から匂い物質を放って、求愛行動に使うようです。性フェロモンの一種らしく、幼虫時代に摂取した食草の成分から生合成されるものと思われます。
(2009年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(6)集中豪雨を予知する甲虫

 1975年8月19日の午後、青森県南八甲田山麓で、ある昆虫の奇妙な行動に遭遇しました。ブナ林に密生するリョウメンシダの葉に食糞性の虫が群れていたのです。マエカドコエンマコガネという甲虫で、体長6~7mm、シダの根元で野生動物の糞を食べて暮らしているので、普段は人の目に触れません。それがなぜ葉の上で大群を作っていたのでしょうか?踊っている格好にも見え、また、飛び立とうとしているものもいました。この不思議な行動の謎は5時間後に解けました。
 旅館で夕食を食べていたら、雷鳴とともに激しい雨が降り出して落雷、停電、洪水が起こり、路線バスも不通になりました。マエカドコエンマコガネは、林床の浸水から逃避する行動をとっていたのです。
 後日、天気図を調べてみると、この日は九州の南方に台風、中国東北部に高気圧があり、日本海から津軽海峡にかけて停滞前線がかかる不安定な気象条件でした。南から湿潤な空気が流れ込み、北からは強い寒気が流入して、巨大な対流性の厚い雨雲が形成されます。コガネムシに逃避行動を起こさせた気象条件の主役は、「湿度の上昇」でしょう。
 大脳の進化に恵まれなかった昆虫は、感覚の世界に生きています。湿度の受容器は人類などの脊椎動物にはありませんが、昆虫では触覚上の感覚子(かんかくし)が湿度を感知します。
(2010年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(6)夫婦仲の良い虫

 11月22日は、語呂合わせによる「いい夫婦の日」です。昆虫の世界にもトンボの仲間に、人間が手本にしたいような種類があります。各地の池や沼、湿原をすみかとするアオイトトンボのメスは水草に「潜水産卵」を行うとき、交尾の後、連結を解かずオスも一緒に30cmの深さまで水没して15分かけて植物に卵を産みこむという仲の良さです。
 代表的な赤トンボのアキアカネは、山で成熟して9月の中、下旬に故郷(ふるさと)の平地へ里帰りの渡りをします。このときは雌雄がそれぞれのペアを組んでの壮大な群飛です。沼や水田で交尾後も連結が続き、上下運動を繰り返しながら、メスは腹端で水面を叩いて「打水(だすい)産卵」をします。トンボ釣りでおなじみのギンヤンマも、連結したままメスが水際の植物に卵を産みます。
 シオカラトンボのオスは、植物や棒、杭の先にとまって縄張りを作り、メスの産卵を見守るような行動をとります。他のオスや敵が近づくとスクランブル発進をかけて追い払い、元の場所に戻り監視を続けます。
 多くのトンボは成虫になってから30日から長くて120日の寿命しかありませんが、最も長寿のトンボは、アオイトトンボと同じ科のオツネントンボです。成虫越冬のため、10か月も生存します。晩秋から冬季に雑木林を丹念に探すと、冬越し中の成虫を発見できるでしょう。
(2010年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(6)晩秋のチョウと食草

 モンシロチョウは、関東地方などでは10月まで、南の暖地では11月末まで発生を繰り返します。芭蕉の句に、「胡蝶にも ならで秋経(ふ)る 菜虫哉(かな)」があります。菜虫は、モンシロチョウの幼虫(青虫)のことです。晩秋までに、成虫は卵を産んで天寿をまっとうして姿を消し、菜虫は蛹になり休眠して越冬に入ります。
 モンシロチョウのメスの成虫がキャベツや大根などのアブラナ科植物を発見する手がかりは、カラシ油とその配糖体の匂いです。ふ化した幼虫は口器(こうき)のひげで食草を識別し、カラシ油配糖体に刺激されて葉を食べ続けます。秋の青虫は寒さが来る前に蛹化(ようか)を果たします。計算されたような本能の知恵は、実に見事です。アゲハ、クロアゲハ、ナガサキアゲハなどはシトラールを含むミカン科のミカン、ダイダイ、カラタチ、サンショウを食べて育ちますが、キアゲハの幼虫の食草はメチルノニルケトンを含むセリ科植物です。以前にはミカン類を寄主としていたキアゲハは、シトラールとメチルノニルケトンの両方を含むサンショウに移り、さらにセリ科へと寄主転換して進化したと考えられています。
 アゲハやキアゲハの幼虫は、晩秋までに蛹化して越冬します。秋に育った蛹は翌春に羽化し、成虫は「春型」と呼ばれます。「夏型」に比べて、小型のチョウになります。
(2011年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(6)冬眠する虫、しない虫

 日本のような温帯地域にすむ昆虫は、四季の移り変わりに合わせた生活環を組み立てており、厳しい冬を巧妙に耐え忍びます。
 昆虫は、日長(にっちょう)の短縮で冬が近いことを察知します。晩秋になり、次第に日照時間が短くなると、冬越しの支度に取りかかります。体内にグリセリンやソルビトールなどの糖アルコールを溜め込み、これが「不凍液」となって低温に耐える仕組みを作るのです。さらに、ホルモンが働いて「休眠」という生理的な深い眠り(冬眠)をしている間に、冬が通り過ぎていきます。巧みな戦略です。
 穀類、穀粉や加工品の菓子類を加害する昆虫には、日本原産の在来種の他にも外国から侵入してきた渡来種がいます。江戸時代から菓子害虫として知られるノコギリヒラタムシ(甲虫のヒラタムシ類)は、熱帯原産で休眠性を持たず、冬でも温度さえ高ければ活動し繁殖を続けます。一方、螟蛾(めいが)類のノシメマダラメイガは終齢幼虫※ で、休眠して冬を越します。
 温帯の虫でありながら逆の生活環を組み立てた変わり者は、フユシャクです。夏から秋の間は蛹で休眠(夏眠)し、晩秋に目覚めて蛾になり、オスは昼間に冬の林を飛び回ります。無翅(むし)のメスはフェロモンでオスを誘うので、交尾が成立します。フユシャクは日本に約20種生息し、天敵の少ない冬を選んで活動するように進化した珍しい昆虫といえるでしょう。
(2011年11月号掲載)

※ 次の脱皮で蛹になる幼虫

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