特集

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。

安富和男先生の面白むし話(7)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

いきもの 安富和男先生の面白むし話(7)鱗翅類(りんしるい)の鱗粉

 チョウやガの翅(はね)には鱗粉・鱗片が屋根瓦のように敷きつめられているので、この仲間を鱗翅目と呼びます。学名のレピドプテラも「鱗粉に覆われた翅」という意味です。鱗粉は体毛が変形したもので、1個の大きさは0.05~0.5mm、1枚の翅に数十万個の鱗粉を持っています。
 チョウやガの美しい色彩や斑紋は鱗粉の色で、色素色、構造色、結合色の3つがあります。プテリン色素は赤、黄、白の色となり、モルフォ蝶(太陽蝶)やオオムラサキの光り輝く青や紫は、超微細な線条の干渉による構造色です。さらに、色素色の黄と構造色の青の結びつきで結合色のエメラルドグリーンが発現します。鳥羽蝶の翅の輝きは、その例です。
 鱗粉が現わす色や模様は、仲間同士、とくに雌雄間の信号や縄張り確保に使われます。また、翅に鳥を威(おど)す「目玉模様」を備えている利口者もいます。
 果実を吸汁加害するアケビコノハの前翅は、枯葉そっくりの保護色によって怖い鳥を欺(あざむ)いていますが、もし鳥に見つかって危険を感じたときには、前翅をぱっと開いて後翅の目玉模様を見せて鳥を退散させます。人が鳥除けに使う目玉風船は、虫の知恵を借用した戦略です。
 鱗粉は、水をはじく性能を持っているので、雨に濡れません。ちょうどワックスで防水加工したレインコートのようなものです。
(2009年12月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(7)冬の昆虫観察

 冬は昆虫の姿を見かけませんが、消えてしまったわけではなく、さまざまなステージで冬が過ぎ去っていくのをじっと待っているのです。
 冬越しの姿は種類ごとに決まっていて、コオロギ、カマキリ、ヤママユなどは卵で、カブトムシ、オニヤンマ、オオムラサキなどは幼虫で、モンシロチョウ、アゲハ、クワガタムシなどは蛹(さなぎ)で、キチョウ、ルリタテハ、テントウムシ、ゲンゴロウ、スズメバチ、オツネントンボなどは成虫で越冬します。
 冬季に次のような場所を探すと、越冬中の昆虫を観察できます。
 スズメバチやアシナガバチは、晩秋に巣が空(から)になり、新女王だけが倒木の樹皮下に潜っています。オオニジュウヤホシテントウの成虫は、落葉の下で小集団になっています。ナミテントウの成虫は、樹皮下や岩の隙間に大集団を作っています。大型で美しいカメノコテントウが混ざっていることもあります。ナミテントウが脚(あし)の関節から出す黄色い分泌液は、外敵から身を守る防御物質のアルカロイドを含んでいますが、大集団を形成する集合、フェロモンの役目も兼ねているようです。
 カブトムシの幼虫は、厚く積もった落葉の下や堆肥の中で、アゲハやクロアゲハの蛹は、柑橘類(ミカン科植物)の枝の間で越冬しています。冬枯れの草原を探すと、カマキリの卵嚢(らんのう・卵の袋)を発見できます。
(2009年12月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(7)ユスリカの生命力

 ユスリカの仲間は、日本に約700種も生息しています。吸血はしませんが、都市河川に多発するセスジユスリカは、人家内の灯火に飛来して不快感を与えます。
 ユスリカのオスは、交尾の前に蚊柱を作る習性を持っています。霞ヶ浦のオオユスリカは初夏から秋に、諏訪湖のアカムシユスリカは晩秋の頃に繁殖期を迎えます。巨大な蚊柱は高さ20mに及び、竜巻のように何本も立ち昇るので、ユスリカの総数は数億匹になるでしょう。オスは羽音に反応したメスを蚊柱に誘い込んで、交尾が成り立つ仕組みです。
 蚊の幼虫(ボウフラ)は、腹端(ふくたん)の呼吸管から空気を吸いますが、ユスリカの幼虫は気管鰓(きかんさい)という鰓(えら)から水に溶けている酸素を血色素(けっしきそ)のヘモグロビンに取り込んで呼吸します。赤い色をしたユスリカの幼虫には、アカボウフラの別名があります。
 ユスリカは生命力抜群の昆虫で、摂氏50℃の温泉、火山の硫気孔、pH2の強い酸性の川や超低温の南極大陸にすむ種類があります。さらに極めつけは、ナイジェリアの砂漠にすむネムリユスリカです。日照りが続き乾燥すると土の中でミイラのように縮んだ姿になって眠り、雨の訪れを何か月も待ちます。雨に恵まれると元の姿に戻って蘇り、活動を始め発育を再開します。実験室では数年間の乾燥に耐えたそうです。
(2010年12月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(7)働き者の虫 ミツバチの働きバチ

 師走は大掃除などで忙しい月ですが、昆虫における働き者の代表はミツバチの働きバチでしょう。働くのは中性化したメスです。
 女王バチと働きバチはいずれもメスに育つ受精卵から生まれますが、女王バチになるか働きバチになるかの運命を決める鍵は、幼虫時代の餌の違いです。王台(おうだい)という特別室に産みつけられた卵からふ化した幼虫は、王乳(ローヤルゼリー)を与えられて新女王バチに成長します。
 一方、普通部屋(蜂房(はちぼう))の幼虫は、蜂蜜と花粉の餌で育てられて働きバチになります。働きバチは卵巣が発達していないためメスとしての能力を果たせず、労働に明け暮れて1か月の短い命を終えます。女王バチは長寿で、7年も生きて卵を産み続ける果報者です。働きバチの仕事は羽化後の日齢(日数)によって、次々に変わっていきます。まず、巣の掃除役をつとめ、次いで幼虫の哺育、蜜蝋を使っての巣作りを行い、羽化後20日たつと巣の門衛をしてから外勤に転じ、残された10日間は蜜や花粉集めに従事します。ミツバチのオスはまったく労働をしません。ただひとつの役目は、新女王と交尾して精子を与えることだけです。オスは単性生殖※ の不受精卵から生まれ、初夏の頃にひとつの巣で約3千匹が羽化します。晴れた日に巣を飛び出して新女王を待ち受け、幸運な1匹が空中交尾に成功しますが、すぐに死んでしまいます。
(2011年12月号掲載)

※ 卵が精子を受けずに幼虫に育つ生殖方法

いきもの 安富和男先生の面白むし話(7)昆虫の聴覚

 昆虫の中には、聴覚器官(耳)を意外なところに持っている種類がいます。例えばコオロギ科やキリギリス科の「秋の鳴く虫」では、前脚(まえあし)の脛節(けいせつ)に、セミでは腹部の第二節に「鼓膜器官」があります。この耳は、鼓膜と弦音(げんおん)感覚子で構成されており、鳴くオスにも鳴かないメスにも存在し、鳴き声は配偶行動や縄張りの誇示などに使われています。
 蚊の聴覚器官は触角の付け根にある「梗節(こうせつ)」という膨らんだ部分にあり、発見者の名に因んでジョンストン器官と呼ばれ、「羽音」を受容します。松尾芭蕉が詠んだ名句に、「牛部屋に 蚊の声闇(くら)き 残暑哉(かな)」があります。蚊の群れの羽音が、「蚊の声」と表現されています。メスは吸血のため、オスはメスの羽音に誘われて牛舎に侵入します。羽音による雌雄の会話は子孫を残すために必要不可欠なものです。
 ヤガの耳は後胸部にあり、可聴域は20~30キロヘルツの超音波です。これは怖いコウモリの出す音波域に当たり、ヤガはこれに反応して逃避します。至近距離のときは瞬時に翅を閉じて落下し、難を逃れます。これは擬死(死に真似)を加えた高等戦略といえましょう。
 ゴキブリの聴覚器は、触角と腹端の尾肢(びし)(尾角(びかく))にあります。一対の尾肢には感覚毛が生えていて、人間には聴き取れない低音を感知して逃走に役立てているようです。
(2011年12月号掲載)

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