弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男
日本には、コオロギ科とキリギリス科に属する秋の鳴く虫が、146種も生息しています。オスの前翅には発音器があり、鳴き声でメスを誘います。翅脈の下面に並んでいる歯状突起を、片方の翅の爪でこすることによって音を出す弦楽のしくみです。鳴き声を聴く耳は、前脚の脛節(すね)にあります。エンマコオロギは、3通りの鳴き声を巧みに使い分けています。「さえずり鳴き」で求愛と縄張り主張をし、メスがそばに来るとやさしい「さそい鳴き」になり、オス同士の喧嘩の時には「争い鳴き」で相手を脅します。
セミも鳴くのはオスだけです。腹にある発音機は、発音筋とそれにつながる発音膜、音を大きくする共鳴室、リズムをつける複弁から構成されており、鳥や哺乳類の声帯も顔負けのつくりになっています。コオロギの弦楽に対してセミの歌は声楽です。聴覚器(耳)は腹部にあります。
ホタルは光で会話をする昆虫です。日本を代表するゲンジボタルのオスは、群飛しながら周期を揃えていっせいに光ります。この「集合同時明滅」は、配偶行動の効率を高めるためでしょう。草の葉にとまっているメスは、呼応した光を放ってオスを受け入れます。
オスの発光周期は西日本で2秒に1回、東日本では4秒に1回で、その境界は糸魚川(いといがわ)-静岡構造線ということがわかりました。
(2010年3月号掲載)
昆虫の中には、メスに贈り物をプレゼントして歓心を買うオスがいます。この求愛行動を「婚姻贈呈」といい、シリアゲムシやオドリバエの仲間に見られます。
長翅目に属するシリアゲムシのオスは、腹の先端に鋏(ハサミ)状の把握器をそなえており、和名のようにこれを背面に上げています。求愛のとき、口吻(こうふん)から栄養価に富んだ唾液を出して玉をつくり、これをメスに与えます。メスが食べ始めると、鋏でメスの腹をとらえて交尾が成立します。交尾中にも玉づくりを追加するという執念です。
アブに近い双翅類のオドリバエには、日本だけで数百もの種類に「婚姻贈呈」の習性が見られます。オスは群飛しながらユスリカやガガンボなどの昆虫を捕らえて脚でかかえこみ、群飛に加わってきたメスに獲物を渡し、草や木にとまって交尾します。交尾の間、オスは前脚で小枝をつかんでぶら下がり、中脚と後脚で贈り物を食べているメスを抱きかかえています。
また、オスが前脚から分泌した糸状の物質で贈り物を包む種類があります。小さな贈り物を大きく包装してメスにプレゼントする要領の良いオスがいるのは驚きです。昆虫は大脳が発達していないといわれますが、このオドリバエの行動は虫とは思えない狡猾な知恵といえましょう。
(2010年3月号掲載)
昆虫が飛ぶときの「羽ばたき数」は1秒間に、チョウ8~10回、バッタ18~20回、トンボ20~30回、ミツバチ190回、イエバエ200回、蚊では500回を超えます。飛びながら器用に花の蜜を吸うハチドリの羽ばたきは、毎秒30~50回であり、蚊はハチドリの10倍以上の数字になります。
蚊、ユスリカ、ハエなどの双翅類では、後翅が変形した小さな平均棍(こん)で体の安定をはかり、羽ばたきは前翅を強靭な飛翔筋で伸縮させて行います。蚊やユスリカの前翅は、飛ぶことだけでなく、羽音を仲間同士の交信、とくに雌雄の会話に利用しています。蚊の羽音は周波数350~600Hz(ヘルツ)の正弦波で、種類によって決まっており、メスとオスとで違います。メスの羽音周波数はコガタアカイエカ380Hz、シナハマダラカ340Hz、ヒトスジシマカ512Hzです。
蚊やユスリカの聴覚器(耳)は、触角の付け根の梗節(こうせつ)というふくらんだ部分にあり、発見者にちなんでジョンストン器官と呼ばれ、たくさんの弦音感覚子を内蔵しています。メスの羽音を受容したオスはメスに近づき、交尾が成立するので、羽音は子孫繁栄に必須なものです。
漢字の「蚊」は羽音に由来し、虫偏(むしへん)に文の旁(つくり)は、「ぶーんと鳴く虫」の意味だそうです。俳句でも、蚊の羽音は「蚊の声」と詠まれています。
(2011年3月号掲載)
アブラムシ(アリマキ)の中には、年2回の定期的な引越しを生活環に組み込んだ種類があります。引越しの目的は、寄主植物※ の転換です。典型的な例は、アブラムシ科タマワタムシ亜科に属するトドノネオオワタムシに見られます。和名は「トドマツの根にすむ大きな綿虫」という意味です。成虫は体長約5mm、白い綿毛上の蠟(ろう)質で覆われています。晩秋に夏寄主のトドマツの根から這い出た有翅虫が、冬寄主のヤチダモへ向かって飛ぶ姿を雪に見立てて北国では「雪虫」と呼びます。
ヤチダモにたどり着いた雪虫は、成熟したメスとオスの仔(こ)を樹皮の裂け目に産みます。成虫が成虫を産むのは実に奇妙なことです。数日後に雌雄は交尾、産卵を果たします。越冬した卵から翌春ふ化した幼虫は、ヤチダモの若葉の汁を吸って育ち、次世代の有翅虫は春の移動虫になって夏寄主のトドマツに引越し、根際(ねぎわ)で産仔(さんし)します。トドマツの根から吸汁して繁殖したトドノネオオワタムシは、秋に有翅の移動虫、すなわち雪虫の誕生を迎えます。年2回の引越しを伴う生活環の完成です。
晩秋の両性世代(雌雄で有性生殖を営む世代)を除いて、この虫はメスだけの単性生殖で増え、オスは存在しません。
井上靖さんの小説「しろばんば」に登場する小さな白い生きものは、綿虫の仲間です。
(2011年3月号掲載)
※ 昆虫の餌となる植物
3月5日は二四節気の「啓蟄」であり、寒いあいだに土の中で冬眠していた虫たちが這い出してくるころのことです。高浜虚子の句に、「啓蟄の 蟻が早引く 地虫かな」があります。
早春のころ、アリの中で真っ先に餌集めに精を出すのはクロヤマアリです。クロヤマアリは日本全土にすむ体長約5mmのアリで、土の中に営巣し分布域が広く、平地から標高3200mの高山にまで生息しています。カタクリやスミレなどの種子を運ぶことでも知られているアリです。
「地虫」とは土にすむ昆虫やワラジムシ、ヤスデなどの総称で、クロヤマアリは啓蟄のころからこれらの虫を捕えて巣に運びます。
秋に土中で羽化し、春を待っているツチハンミョウという甲虫も地虫のひとつですが、有毒なためクロヤマアリに攻撃されません。ツチハンミョウの体液には、猛毒のカンタリジンが含まれており、外敵から身を守る防御物質の役目を果たしています。カンタリジンは、わずか0.03gで人への致死量になる毒物です。
成虫で冬を越すオオクロバエやイエバエは早春から活動し、ヒメフンバエも啓蟄のころに現われて、牧場や畑地で牛糞などにたかります。また、ヒメフンバエにはガガンボやユスリカなどの小昆虫を食べる捕食性が見られ、益虫としての価値も評価してよいハエです。
(2012年3月号掲載)
ハナアブとヒラタアブには「アブ」という名前はついていますが、血を吸うアブの仲間とは異なり、ハエのグループに入る昆虫です。ハエ類でありながら成虫が汚物にたかることはなく、花の蜜を求めて訪花(ほうか)します。ハナアブもヒラタアブも早春のころから活動し、花粉媒介者としての役割はミツバチに劣りません。両者とも分類学上はハナアブ科の所属で、ハナアブ亜科とヒラタアブ亜科に分かれています。ハナアブ科の昆虫はいずれも無毒ですが、ハナアブ類はミツバチかマルハナバチに、ヒラタアブ類はアシナガバチに擬態して外敵から身を守っています。
ハナアブ亜科でおなじみの種類はハナアブ、オオハナアブ、シマハナアブで、幼虫は尿溜めや下水溝にすみ、水生のため尾端(びたん)に長い呼吸管を持ち、尾長蛆(おながうじ)と呼ばれています。その形は不快感を与えますが、ハナアブを積極的に増やして種子の実りをよくしようという試みが具体化した事例もあります。ヒラタアブ亜科ではホソヒラタアブ、ナミホシヒラタアブが代表的な種類であり、幼虫は蚜虫(あぶらむし)を捕食して育つので、「食蚜(しょくが)バエ」の別名がついています。幼虫は蚜虫の天敵で、成虫になると花粉の媒介者です。
ハチに擬態する戦略は、逆効果を招くこともあります。人間からハチと勘違いされ、その恐怖感から叩き潰された気の毒な例もあるからです。
(2012年3月号掲載)
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