特集

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。

安富和男先生の面白むし話(17)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

いきもの 安富和男先生の面白むし話(17)働き蜂の分業

 11月23日は「勤労感謝の日」です。昆虫の世界における働き者ナンバーワンのミツバチのなかの働き蜂について、生い立ちや仕事の内容などをさぐってみましょう。
 3万匹もの大家族をかかえるミツバチの巣では、女王を中心として整然とした暮らしが営(いとな)まれています。7年も生きる女王は卵を産み続け、働き蜂は40日の短い命のあいだ、仕事に明け暮れる労働階級です。
 働き蜂は女王と同じ素質をもった卵から生まれながら、幼虫時代に与えられる餌(えさ)の違いで生殖力のないメスになってしまいます。新女王に進む幸運児は王台(おうだい)という特別室で王乳(おうにゅう)を食べて育ちますが、働き蜂になる幼虫では栄養価の低い花粉と蜜が主食です。
 働き蜂は多種類の仕事を次々に行います。まず、羽化して3日間は巣部屋の掃除にあたり、次いで送風や発熱による巣の温度調節を担当し、そのあと哺育係になって幼虫への餌やりをします。さらに、羽化後10日たつと先輩たちが集めてきた蜜の受取り役と巣の修理に携わります。
 羽化後20日たつと外勤に転じ、訪花(ほうか)を続けて一生を終えます。私たちがふだん見かける、花から花へと勤勉に蜜集めをする蜂たちは「熟年蜂(じゅくねんばち)」です。彼らには大雨の日以外に休日はありません。オス蜂は全く労働を行わず、唯一の仕事は女王に精子を与えることです。
(2012年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(17)吸血昆虫の誘引物質と忌避剤

 草原を走っている自動車にウシアブ、アカウシアブ、シロフアブなどの吸血性アブが群らがってきて衝突する現象が起こります。これは車の排気ガスに含まれている二酸化炭素(炭酸ガス)が虫たちの誘引源になるからです。そして、太陽熱で温められた車体の熱もアブを引き寄せる役をします。アブ、カ、ヌカカ、ブユなどの吸血昆虫やツツガムシ、マダニなどのダニ類が吸血源の動物を発見する手がかりとしては、まず化学物質による誘引があげられ、そのひとつで重要なのが呼吸によって放出される二酸化炭素です。二酸化炭素以外の化学物質ではL(エル)―乳酸にカを誘引する活性が証明されており、その活性は二酸化炭素と共存すると強力になります。L―乳酸は人の筋肉で糖からつくられ、汗とともに皮膚の表面に分泌されます。この量は人によって違い、カに刺されやすいかどうかという個人差の一因になっています。吸血昆虫が二酸化炭素やL―乳酸を感知する器官は触角上に分布する感覚子(かんかくし)です。
 江戸時代の句に「蚤ふせぐ菖蒲(しょうぶ)の莚(むしろ)つくらばや」があります。菖蒲でつくった莚にはノミがつかないことを先人(せんじん)たちは知っていました。菖蒲の粉を畳下(たたみした)にまいてもいたようです。
 現在の防虫スプレーはジエチルトルアミドが主成分になっており、3~5時間くらい、カやブユを防ぐ効果を発揮します。
(2012年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(17)昆虫の血液

 昆虫は無色か、うすい緑色や黄色の血液を持っていますが、その性状や循環の仕組みには人類などの脊椎動物と大きな違いがあります。脊椎動物では血液が心臓→動脈→毛細血管→静脈→心臓と、つねに血管の中を流れる閉鎖系であるのに対し、昆虫では心臓に相当する背脈管(はいみゃくかん)を出た血液は直接に組織の間を流れるので開放血管系と呼びます。
 脊椎動物の血が赤いのは、液体成分の血漿(けっしょう)に多数の赤血球が浮遊しているためです。赤血球は血色素(けっしきそ)のヘモグロビンを含み、酸素や養分の供給、老廃物の除去を行います。昆虫の血液も酸素、栄養物、老廃物を運ぶほか、変態ホルモンの運搬などの重要な役目を果たします。昆虫の血液には銅が含まれており、ヘモグロビンに匹敵する「ヘモシアニン」の存在が示唆されています。
 昆虫の血液に赤血球はありませんが、ユスリカの幼虫には赤い色をした種類が多く、アカボウフラの別名があります。それは血漿中にヘモグロビンを持っているからで、セスジユスリカは酸素の乏しい都市河川で大量発生し、生物公害の虫として有名になりました。大型のアカムシユスリカは霞ヶ浦、諏訪湖などにすみ、幼虫は効率の良いヘモグロビンの恩恵で育って晩秋の11月に大量の羽化を起こし、巨大な蚊柱を作ります。夏の間は四齢幼虫が沼の底に潜って休眠する生活環です。
(2013年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(17)2つのナミテントウ

 日本に175種生息するテントウムシ科の甲虫で最も代表的なナミテントウは、ナナホシテントウとともにアブラムシ(アリマキ)を捕食する益虫であり、4つの斑紋型が存在することもよく知られています。
 テントウムシの分類学者、故・佐々治寛之(ささじひろゆき)氏は1971年に学会の大会で「2種のナミテントウ」と題する講演を行い、おなじみのナミテントウに2種類が混ざっていることを発表されました。
 古く1917年に栗崎真澄(くりさきますみ)氏はナミテントウに近縁な新種を記載したのですが、区別が認められないという理由でシノニム(同物異名)として葬られていました。シノニムとは同じ種類にあとから違う学名が付けられることです。その後、北澤一紀(きたざわかずのり)(旧姓谷岸(たにぎし))氏はアカマツとクロマツの松林にすむナミテントウの幼虫には2つの型が存在すると指摘しました。それがきっかけとなって、松林だけに生息する種類は発見者の名前を記念して、クリサキテントウと呼ばれるようになりました。
 両者は生態的にも違います。クリサキテントウは夏に羽化したあと姿を消して集団越冬をしませんが、ナミテントウは晩秋になると大集団を作って越冬する生活環の持ち主です。屋内にも大挙侵入するので不快害虫とされる事例が起こります。人に好かれるテントウムシとしては、残念なことといえましょう。
(2013年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(17)農業をするアリ

 中南米の熱帯雨林にすむハキリアリ(葉切蟻)は木の葉を噛み取り、行列をつくって土中の巣に運びます。その姿は緑の帆掛船(ほかけぶね)が競争しているように見えます。道しるべフェロモンは毒腺(どくせん)でつくられて腹部先端から分泌され、成分はメチル-4-メチルビロール-2-カルボキシラートと同定されています。この道しるべフェロモンは葉の切り取りや巣への運搬に欠かせないものです。
 強力なフェロモンの偉力はわずか1万分の3.3gで、地球1周の大旅行が可能という計算になるといわれています。巣にはキノコ農園があり、運び込まれた葉は噛み砕かれてスポンジ状のキノコに育って食料とされます。また、スポンジ状キノコは普通の形をしたキノコにも成長します。
 ハキリアリの巣は大きく、最大のものでは広さ100平方メートル、深さ5メートル、1000か所以上の出入口を備え、数百万匹の大家族が暮らし、巣と餌場間の距離は数百メートルに達することさえあります。育てられるキノコは栄養価に富み、アリとの歴史は数百万年に及びます。ハキリアリの若い女王は、新しい群れをつくるときに栽培用のキノコを携えていきます。
 アリは、アブラムシが分泌する甘露(かんろ)が大好きで巣に運び込んで養います。アブラムシの別名アリマキは「蟻の牧場」に由来するものです。
(2014年11月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(17)蓼(たで)食う虫も好き好き

 「蓼食う虫も好き好き」は、中国の古書「鶴林玉露(かくりんぎょくろ)」の「蓼虫(りょうちゅう)苦きを知らず」に由来する諺(ことわざ)で、蓼の葉を食べる虫はそれを辛いとは思わない、十人十色で、人も好きになるとなんでも苦にならないというたとえです。蓼を好んで食草とする昆虫はいかつい虫ではなく、甲虫類ゾウムシ科、サルゾウムシのグループに属する体長わずか3~3.5mmのタデサルゾウムシやタデノクチブトサルゾウムシなどの小さな虫たちです。
 「鶴林玉露」には4つの動物が取り上げられ、蓼食う虫のほか、「山中の霜雪(そうせつ)中に生まれる氷蚕(ひょうさん)は霜雪を寒いとは思わず、南方の深山(みやま)に棲(す)む火鼠(ひねずみ)は火を熱いとは思わず、腐植土にいるムカデはそれを臭いとは思わない」と書いてあります。
 昆虫の求愛行動で決め手になるのは色彩、音(鳴き声や羽音)、性フェロモンの匂いなどです。国蝶オオムラサキの紫色に輝くオスの翅(はね)は縄張り確保のほかメスへの求愛にも効果を発揮します。コオロギやセミのオスは鳴き声でメスを誘い、蚊は羽音で交信をします。
 芭蕉の名句「牛部屋(うべや)に蚊の声闇(くら)き残暑哉(かな)」に詠まれている蚊の声は「蚊の羽音」であり、雌雄間の会話に用いられます。蚊の耳は触角の付け根・梗節の中にあります。漢字の蚊も羽音に由来するもので、「ぶーんと鳴く虫」の意味だそうです。
(2014年11月号掲載)

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