- 日替わりコラム
Tue
6/24
2025
「犬小屋」は第83回直木賞の受賞作の一つです※ 。この作品を読み切った人が口を揃えて言うのは、心に深く突き刺さるような後味の悪さにつきるということです。カッちゃんという愛情表現が不器用なキャラクターにより達子に対する恋慕のキモチと失敗を見事に描き切っています。
私がこの短編で注目したのは、場面展開の見事さです。「現在→過去→現在に戻る」という図式がきれいに描かれています。かつて映画カメラマンの宮川一夫さんが映画手法について語った際に、「ストレートに戻すことなく順々に観て、もう一回繰り返し見なくてもいい。映画も同じで、つらつらと描いていくと、山あり谷ありでも、観る人はもう一回戻らなくても(時系列で)理解できる」と言っていました。この作品は、それを向田さんが見事に表現したといえます。当時、直木賞の選考委員だった阿川弘之さんも「場面の転換、間の取り方、人物描写、小道具への目くばり、心憎いばかりのわざに感服した」と類似の選評をしています。
今回はカッちゃんという「世の中で背伸びをして生きる」人間が、単に失恋したという失敗談に終始するのではなく、エピソードの積み重ねの中に人間の多様性を描くことで、読者の想像力が立体化してきます。向田さんの「人間好き」がよくわかるお話だと思います。
※ 『思い出トランプ』(新潮社刊)のうち「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で第83回直木賞受賞
写真技術研究所別所就治
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