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10/16

2025

三浦半島の自然と歴史(45)半島北側横浜市電とJR根岸線

 1921年、現在の横浜市交通局は横浜電気鉄道を買収し、生麦・白楽・弘明寺・阪東橋から杉田に至る広い範囲に市電を走らせ、市民の重要な足として利用されていました。磯子の海岸近くには、海軍の後押しで運動場まで備えた大規模な料亭「偕楽園」があり、景勝地としても知られていました。しかし、1964年に京浜東北・根岸線が磯子駅まで延伸されたことで経営が悪化、1972年にバス路線へと転換されました。現在、滝頭には旧市電の博物館があり、当時を偲ぶことができます。
 根岸線は横浜駅から大船駅までを結びますが、実質的には桜木町駅が境目となります。根岸駅の海岸沿いには石油タンカーが入港するENEOSの石油基地があり、そのため石油運搬車が出入りし、桜木町駅までは根岸線を共有しています。そこからは貨物線となり、鶴見駅で再び合流します。また、根岸駅近くの海岸(現在は道路沿いに記念碑あり)には、1940年に大日本航空が開設した飛行艇専用の海上飛行場がありました。敷地は約2万坪。大きな格納庫をはじめ、ターミナルビルの1階には待合室や食堂などの接客設備、2階には所長室や通信室など関係者用のスペースが設けられ、屋上にはガラス張りの管制室があったといいます。サイパンやパラオ※ への定期便が週2便就航していましたが、太平洋戦争の開戦に伴い、わずか2年で運航を終えました。

※ 当時日本の委任統治領だった

参考文献:
「かつて横浜からパラオ行きの定期航空便が飛んでいた」https://bunkichiojisan.blog.fc2.com/blog-entry-48.html『降りて、見て、歩いて、調べた、京浜東北・根岸線47駅』鼠入昌史著 イカロス出版(2024)

NPO法人 バイオメディカルサイエンス研究会 常任理事前川秀彰

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