- 日替わりコラム
Thu
9/3
2026
家族で食卓を囲む、それは本当に「共食」でしょうか。たとえば、各家庭が毎朝直面するさまざまな「制約条件」は年々増加しているように見えます。就学前の子どもを何時までに保育園に連れていく、学齢期の子どもを始業時間に間に合うように朝食を済ませて送り出す、夫婦は各々の職場への通勤時間を考えて食事をとる、さらに高齢の親と同居していれば、状況により介護支援者の来宅時間を考える。一般家庭の朝は、多能工が一度に複数の作業を仕上げるのに等しい複雑な様相を呈しています。同じテーブルにいても、別々にその日の予定を考え、スマホを眺め、洗面・歯磨き・トイレなど次の動作を無意識に考えることも多いでしょう。夜も同様です。多忙な現代社会では家族が一緒に食事を楽しむ時間は意外と少なく、何かのイベントのときくらいかもしれません。
逆説的ですが、仕事での会食、むしろこちらのほうが「共食」の機能を果たしているときもあります。実際、情報交換や信頼形成など、「共食」の社会的機能の一部は家庭から外部へシフトしているのかもしれません。一方で、一人暮らしのため毎食を一人で食べている方もいるでしょう。
現代社会は、「共食」と「孤食」の境界が曖昧になりつつあるのかもしれません。このあたりで一度、立ち止まり、ゆっくり「食」の時間と意味を考えてみませんか?
実践女子大学 食科学部 教授/宮城大学 名誉教授・特任教授三石誠司
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