特集

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。

安富和男先生の面白むし話(1)

日本昆虫学会 名誉会員(執筆当時) 安富和男

いきもの 安富和男先生の面白むし話(1)チャタテムシ

 チャタテムシ目に属する昆虫は日本から92種記録されています。太古の時代、チャタテムシの仲間は森の中で樹皮に生えた菌類、地衣(ちい)類やトリの巣の羽毛を食べていましたが、のちに人家に棲(す)みついた種類はカビを主食とするようになりました。
 屋内性のチャタテムシには無翅(むし)で微小な種類が多く、体長1~1.5mmです。小茶立(コチャタテ)の翅(はね)は前翅の痕跡(こんせき)だけになり、粉茶立(コナチャタテ)科には翅が全く消失した種類があります。一方、野外性のスカシチャタテは体長約5mmで、先祖から継承した二対の完全な翅を残しています。家屋内で、もっとも普通に見られるヒラタチャタテは、メスだけの単為(たんい)生殖で繁殖します。
 チャタテムシの仲間は穀粉や煮干、鰹節(かつおぶし)、乾麺などの食品、昆虫や植物の標本、生薬を食害(しょくがい)し、混入異物にもなります。
 チャタテムシは発音し、和名は茶筅(ちゃせん)で茶をたてる音に因(ちな)んだものです。発音部位は種類によって違い、大顎(おおあご)や小顎(こあご)ひげで紙を叩く種類、腹端(ふくたん)で壁面を叩く種類や後脚の基部(きぶ)に発音器官をもつ種類などがあります。発音は異性へのシグナルで、繁殖期の6~7月にかけてピークを迎えます。
 チャタテムシの大繁殖は高湿度(こうしつど)を告げる指標です。通風、採光をはかり、食品工場や倉庫には湿度調節装置を設け、家庭では貯蔵食品を乾燥剤とともに容器に入れて密封する対策をたてるようにしましょう。
(2009年7月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(1)ヌカカの仲間

 ヌカカは双翅(そうし)類の糸角群(しかくぐん)、ヌカカ科に属し、世界では約5300種、日本でも224種記録されています。蚊帳(かや)や防虫網の目を通るほど微小で、和名の糠蚊(ヌカカ)は糠のように細かな蚊という意味です。ヌノメモグリヌカカなどの体長は0.6mmしかありません。肌着の間から侵入し、頭髪の中にまで潜(もぐ)りこんで吸血します。刺された時よりも、2~3日後に激しい痒(かゆ)さと腫(は)れを起こすのがヌカカ刺咬症(しこうしょう)の特徴です。
 ヌカカの食性(しょくせい)は種類によってさまざまで、第一に人、噛乳類、鳥類から吸血するもの、次いでトンボ、蛾、カマキリ、カメムシなどの昆虫に外部寄生して体液を吸うもの、さらに花の蜜を吸う食植性の種類もあります。幼虫は灰白色(かいはくしょく)の細長いウジ状です。大部分は水生(すいせい)で水田、沼、湿地、小川や樹洞(じゅどう)の溜り水に生息しています。イソヌカカは海辺の砂泥中で育ちます。
 ニワトリヌカカは大群で鶏舎に飛来し、ニワトリから吸血して産卵率を低下させ、さらに、危険な伝染病のロイコチトゾーン病を媒介します。また、ミヤマヌカカはウシのウイルス性疾患の媒介者です。
 ヌカカ類の幼虫は広大な発生源で育つため、根本的な防除対策をたてるのは困難です。成虫による吸血を防ぐには、ジエチルトルアミドの忌避力(きひりょく)を利用した防虫スプレーを、皮膚や衣類に処理します。
(2009年7月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(1)カタツムリのくらし

 カタツムリは陸にすむ巻貝の仲間で、語源は潟(かた)[内海(うちうみ)]の巻貝(つぶり)という意味です。カタツムリは、腸にアルギン酸の消化酵素を持っています。アルギン酸はコンブやワカメに含まれている物質で、カタツムリが大昔、海の中で海藻を食べていた証拠です。したがってカタツムリは梅雨時(つゆどき)の雨の日や湿気の多い所を好み、乾燥すると体を殻(から)の中に引っこめて殻の口を膜でふさいで休眠します。デンデンムシの和名は「出、出ムシ」から転化したものといわれ、マイマイは角(つの)を伸ばしたり縮めたりする様子が「舞い」の姿に似ていることに由来します。大小一対ずつの角を持ち、大きな角の先には目玉がついています。
 カタツムリは軟体動物の腹足類に属し、足の裏の筋肉を波のように動かして粘液を出しながら這(は)います。這った跡が光るのは、分泌した粘液が乾燥したものです。また、カタツムリは歯舌(しぜつ)という歯を使い、大根卸(おろ)しの要領で植物の葉やキュウリ、ニンジンなどを舐(な)めるように食べます。
 日本に約100種いるカタツムリはいずれも雌雄同体ですが、生殖時には2匹を必要とし、精子の入ったカプセルを相手の生殖孔(こう)に押し込みます。やがて約80個の卵を湿った土中に産み、1か月後に殻を持った幼生(ようせい)がふ化します。ウスカワマイマイは1年で、ミスジマイマイは2~3年で成熟する生活環です。
(2010年7月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(1)昆虫の暑さよけ戦略

 真夏の山中の湿地や泉で、アゲハチョウ科やシロチョウ科の仲間が群らがり、吸水しているのを見かけます。ミヤマカラスアゲハは口吻(こうふん)を伸ばして水を吸いつつ、お尻から水滴をぽたぽたと間断なく垂(た)らしています。不思議なこの行動は、巧みな暑さよけの戦略なのです。炎天下のチョウは、太陽熱を受けて体温が上がり死の危険につながるので、飲んだ水が消化管を素通りして排出される水冷式クーラーのしくみをあみ出しました。体温の下がったチョウは再び日向(ひなた)に飛び立って行きます。
 「夏眠(かみん)」という生理的な眠りで厳しい暑さをしのぐ代表的な種類は、晩秋から初冬に成虫が飛びまわるフユシャクです。幼虫の尺取虫(しゃくとりむし)は春の若葉を食べて育ち、初夏に蝋化(ようか)して数か月の夏眠に入ります。
 晴れた冬の日に雪の上を歩くセッケイカワゲラは、低温に適応した酵素系を持ち、幼虫は春から秋まで渓流で夏眠した後、晩秋の頃に落葉を食べ始めて急速に成長します。
 赤トンボのアキアカネは北方系の昆虫で、暑い夏を山で過ごす生活環を組み立てています。山へ移動した成虫は、卵巣や精巣の未成熟な「生殖休眠」の状態です。9月に生殖休眠が解け、故郷の平地にUターンして交尾・産卵をとげます。真夏でも涼しい北海道では生殖休眠はなく、山への渡りもしません。
(2010年7月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(1)晴れを告げるセミ

 梅雨明け近くに晴れを告げるのは、エゾハルゼミとヒメハルゼミです。体長4~4.5cmのエゾハルゼミは北海道から九州にまで分布し、5月末~6月に現れて「ミューキン・ミョーキン・ケ・ケ・ケ」と聞こえる愛嬌に富んだ声で鳴きます。ヒメハルゼミは体長約3.5センチ。関東付近から南は奄美大島までに分布し、7月の始め頃に現れて「ギーア・ギーア…」と鳴くセミです。エゾハルゼミの生息地はブナ、ミズナラなどの落葉広葉樹林(らくようこうようじゅりん)であり、緯度の高い北海道では平野部に見られ、九州では標高1,000m付近の山地に発生します。一方、ヒメハルゼミはシイやカシなどの照葉樹林帯(しょうようじゅりんたい)をすみかにしています。
 セミの天気予報は、青森県南八甲田(みなみはっこうだ)の原生林でよく体験します。梅雨の季節に菅沼畔(すげぬまはん)の東屋(あずまや)で雨宿りしている時、1匹のエゾハルゼミが鳴きだして森中の合唱につながっていくと雨が上がり、青空が広がって日射しが出ます。
 ヒメハルゼミには音頭取りがいるらしく、大合唱が起こると晴れを告げてくれます。翌日の天気予報までは無理かもしれませんが、これらのセミが鳴いている限り、その日の天気は大丈夫です。たぶん、明るさや気圧の変化に敏感なためでしょう。「雨蛙(あまがえる)が鳴けば雨」という言い伝えの確率は低いそうですが、セミの「晴れ」は100%近い高率を示します。
(2011年7月号掲載)

いきもの 安富和男先生の面白むし話(1)盆(ぼん)トンボ

 北米大陸で壮大な渡りをするのはオオカバマダラ(帝王蝶)ですが、日本でもこれに劣らない長距離の渡りをするトンボがいます。その主人公ウスバキトンボは橙色の体に透明な翅(はね)を持つ中型のトンボで、お盆の頃に多いので「盆トンボ」、あるいは「精霊(しょうりょう)トンボ」とも呼ばれるおなじみのトンボです。盆トンボは日本各地にたくさんいますが、沖縄、あるいはさらに南の地域からはるばると2000kmもの旅をしてきたものです。
 盆トンボの渡りには2つの方法があり、1つは南から北へ一気に飛ぶ渡りです。体のわりに翅が大きくて飛翔筋(ひしょきん)も強いので、季節風や熱帯性低気圧の風に乗れば大群で海を渡ることができます。南方定点(なんぽうていてん)観測船上で多数確認されているのは、その証明でしょう。
 もう1つの方式は、九州南部などに上陸したあと、世代を繰り返しながら北上して北海道にまで達する渡りです。幼虫のヤゴがわずか1か月で育つことがこれを可能にしています。
 しかし、亜熱帯性の盆トンボはせっかく日本に来て産卵しても、冬の水温が4℃以下になると、ヤゴは全部死んでしまいます。帰りのない一方通行の渡りであり、子孫を残せない片道切符の謎は人間には解けません。
 北米の帝王蝶は、北の繁殖地と南の越冬地を往復する合理的な渡りをします。盆トンボの一方通行とは大きく違う渡りです。
(2011年7月号掲載)

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