イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

目黒寄生虫館に展示されている寄生虫(1)

公益財団法人 目黒寄生虫館

フタゴムシ

 目黒寄生虫館の展示物を紹介します。今回は、目黒寄生虫館の創設者である亀谷了(かめがいさとる)博士がお気に入りだったフタゴムシです。プラナリアと同じ扁形動物の仲間で、雌雄同体の1cmほどの寄生虫です。卵からふ化した幼生はフナやコイの鰓(えら)に到達し、吸血して成長しますが、発育が途中で止まってしまい成熟できません。
 そこから先がこの寄生虫の変わったところで、合体する相手を探して鰓の上を徘徊し始めるのです。運よく相手が見つかると、お互いに中央背側にある突起を相手の腹側にあるボタン穴にはめ込みます。すると、2体が癒合し始めます。フタゴムシは哺乳類と違って、同種なら自分以外でも異物として拒絶されません。驚くべきことに、その後は互いの消化系、神経系もつながってしまいます。こうなってはもう、ひとつの生命体といってもよいでしょう。
 生殖系では、卵巣から出た管が相手の輸精管に接続します。自らの卵を相手の精子によって受精させるわけです。一種の他家受精ですが、複数個体と精子のやり取りはできません。未熟のときに出会った相手と文字通り一体化して一生を過ごすのです。おそらく出会いの確率は低く、相手を選り好みする余裕はないでしょう。フタゴムシの癒合に愛を感じるのは、人間の思い過ごしです。
(2017年8月号掲載)

タイノエ

 目黒寄生虫館1階の左手に、魚の寄生虫のコーナーがあります。そこにタイノエの雌雄が展示されています。タイノエはオオグソクムシやダンゴムシと同じ仲間で、節足動物、甲殻類のうちの等脚類に属します。同形同大で先端が鉤爪(かぎづめ)状の7対の脚を使ってタイの口腔壁に寄生します。なぜタイノエと呼ぶかというと、タイがこの甲殻類を餌として食べているように見える、つまり「タイの餌」から来ています。実際は逆で、タイノエがタイを餌にしているのですが。
 雌のほうが大型(最大5cm)で、腹部には卵を抱えた保育室があり、幼生(ようせい)が泳ぎ出ていくまで育てます。タイがまだ稚魚の時にタイノエ幼生2虫が寄生してペアを作ります。等脚類は雌雄同体ですが、タイノエでは初めに寄生した個体が雌、後から来たものが雄になるといわれています。雌はタイの上顎に、雄はその横に陣取って一生をタイの口の中で過ごします。長く寄生された結果、顔が変形してしまうタイもいます。タイの成長も遅れるようです。
 ただし、タイノエはタイを殺すことはありません。宿主が死んでしまったらタイノエの「夫婦」も一緒にはいられないわけですから。なぜか養殖タイには寄生していません。有名な寄生虫ですが、その生態は十分にはわかっていないのです。
(2018年2月号掲載)

ハリガネムシ

 夏から秋にかけて、カマキリやキリギリスなどの昆虫のお腹を破って、長さ数十cmにもなる細長い虫が出てくるのを見たことがあるかもしれません。これはおそらく、ハリガネムシ(針金虫)の仲間です。
 ハリガネムシ類の成虫は池や川の中に棲んで産卵し、卵からかえった小さな幼虫は水生昆虫(カゲロウやユスリカなど)の幼虫に寄生します。羽化したカゲロウなどがカマキリのような肉食性の昆虫に食べられると、次はその体内で数cm~数十cmに成長します。そして、宿主である昆虫の神経に働きかけて行動を操作し、水辺に誘導して水に飛び込ませて、ハリガネムシは水中に脱出します。行動操作の詳しいメカニズムはまだ明らかではありませんが、森林と川を含む生態系の維持に、寄生虫であるハリガネムシが案外重要な役割を担っているらしいこともわかってきました。
 最近の研究によれば、ハリガネムシ類は日本には15種が生息します。目黒寄生虫館には、オオカマキリに寄生したニホンザラハリガネムシと、幼児から吐出されたハリガネムシ類の標本が展示されています。ハリガネムシは人間には寄生することはありませんので、後者はハリガネムシが寄生した昆虫を、幼児が偶然に口に入れてしまった例であると考えられます。
(2018年7月号掲載)

槍形吸虫

 槍形吸虫(やりがたきゅうちゅう)は大きさ1cmほどの寄生虫で、成虫がシカなどの大型哺乳類の胆管に寄生します。この寄生虫は一生をまっとうするために、幼虫時代をカタツムリとアリの体内で過ごします。
 成虫が産んだ卵は、哺乳類の糞とともに外に排出されます。その卵がカタツムリに食べられると、体内で孵化(ふか)してセルカリア幼虫になります。そしてセルカリア幼虫は、カタツムリの肺へと移動します。さらに粘液に包まれてボール状になり、カタツムリの呼吸孔から外に排出されます。
 この粘液のボールをアリがエサと間違えて巣に運んで食べると、その腹部でメタセルカリア幼虫となります。感染を受けたアリはメタセルカリア幼虫にコントロールされて、夕方から朝方にかけての時間帯だけ植物の上に移動し、葉っぱをくわえて離さなくなります。これにより、メタセルカリア幼虫が草食の大型哺乳類に食べられやすくなるというわけです。
 日が昇るとアリは地面に帰っていきますが、これも寄生虫のコントロールによるもので、日光を浴び続けたアリが熱死して共倒れになることを防いでいます。この信じがたくも思えるような生活史は、寄生虫学者の忍耐強い研究によって、少しずつ明らかにされてきたのです。
(2018年8月号掲載)

メジナ虫

 目黒寄生虫館の展示室2階の一角に、「メジナ虫」という人体寄生虫の標本があります。この寄生虫は足の皮下に寄生し、長さ数十センチメートルに成長して皮膚に水ぶくれをつくります。人が痛みを和らげようとして足を水につけると、水ぶくれが破れて幼虫が水中に放出されます。
 幼虫はケンミジンコ類に食べられて発育し、人が水と一緒にケンミジンコ類を飲み込むと感染します。アラビア半島のメディナに患者が多かったために「メジナ虫」と呼ばれ、寄生虫の学名も「ドラクンクルス・メディネンシス(メディナの小さな龍という意味)」と名づけられました。西アフリカのギニア湾地域も流行地だったため、「ギニア虫」とも呼ばれます。
 メジナ虫症は、WHOが定義した「顧みられない熱帯病」のひとつです。メジナ虫症には治療薬もワクチンもなく、治療は細長い虫体を棒に巻き付けてゆっくりと引き出す方法だけです。傷口からの細菌感染にも注意が必要です。清潔な飲み水の確保や、患者が水に入らないようにするなどの予防対策により、1986年にはアフリカ・中東・インドなどに推定350万人いた患者が、2017年には30人になりました。今後数年以内に根絶できると予想されています。ただし近年、イヌの感染例も発見されたため、さらに調査・研究が続けられています。
(2019年1月号掲載)

奄美クドア

 1975年に、沖縄海洋博(正式名称は沖縄国際海洋博覧会)が沖縄北部の本部(もとぶ)町で開かれました。その際、ブリを飼育して、訪れた人に見てもらうという企画がありました。ただしブリは沖縄には分布しないので、高知県から活魚輸送しました。魚は丸々と育ったのですが、すべての魚の筋肉に数ミリの白い点が無数にできていました。このため、魚はすべて廃棄処分されました。
 白点は、粘液胞子虫という寄生虫の胞子の詰まった袋でした。その後、この寄生虫はクドア属の新種であることが判明し、初めて見つかった場所にちなみ「奄美(あまみ)クドア」と名づけられました。
 クドアという属名は、寄生虫学者の工藤六三郎に由来します。現在、奄美クドアに感染したブリの筋肉組織が目黒寄生虫館に展示されています。標本ビンのラベルを見ると、「1975年、沖縄県本部、ブリ」と書かれています。つまり、この標本の魚は沖縄海洋博で飼育されていたブリで、いわば歴史的標本なのです。奄美クドアは人には感染しませんが、感染したブリは売り物になりません。ブリやカンパチを奄美と沖縄の限られた水域で飼育すると感染するので、そこでは養殖ができないという厄介者です。クドアがどのようにして魚に感染するのかはわかっておらず、不思議な寄生虫でもあります。
(2019年4月号掲載)

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