イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

イルカが教えてくれること(3)

イルカ研究家・日本ウエルネススポーツ大学 特任教授 岩重慶一

濁った川でも泳ぎのプロ

 多くのイルカはその昔、生きるために陸から川、川から海へ向かいましたが、海の環境になじめず再び川に戻ってきた種類があります。それが、カワイルカやカワゴンドウのグループです。現在は、メコン川、ガンジス川、インダス川、アマゾン川、ラプラタ川に生息しています。
 この中で、私が保護活動をしている絶滅種に指定されたメコン川イルカは、カンボジアのクラチェ州だけに生息しています。25年前の数十頭から100頭ほどに増加し、現地はイルカ観光地として発展しています。
 川に生息するイルカは、視覚がほとんど退化し、目も小さく、自然に衰えたといわれています。そのかわり、音波による音響定位の能力を発達させ、濁った川でも自由に音波を使って餌を捕食できます。さらに、流木などの被害から身を守ることもできます。
 メコン川は、およそ4400キロメートルにわたって流れています。この川にはラオス、カンボジア、ベトナム、タイ、中国などの国が関係しています。アンコールワットの壁画に描かれているように、かつてはメコン川支流に多くのイルカが生息していました。イルカは、カンボジアではプサウ、ラオスではパヤピと呼ばれ、川でおぼれた女性の生まれ変わりとされ、神聖な生き物として愛されてきました。村々にはイルカと鳥の伝説などが、今も語り継がれています。
(2018年4月号掲載)

なぜ、海の中で授乳できるの?

 御蔵島の初夏の海では、よく子育て中のイルカに遭遇します。イルカの授乳の時間は数十秒と、とても短いです。理由は簡単で、赤ちゃんイルカは肺活量が少ないので、水面上に浮上し呼吸をしなければならないからです。
 実際、授乳の様子をよく見ると、水面下数メートルの深さで泳ぎながら行われています。赤ちゃんイルカは、45度ほど横向きになった母親の下腹にぴったりと口をつけて母乳を飲むのです。このとき母子が一体となってゆっくりと泳ぎ、ときどき押し上げるように浮上しては呼吸を繰り返します。その光景はなんとも微笑ましく、母イルカが赤ちゃんイルカの動きに優しく合わせているかのように見えます。
 さて、母乳が出る仕組みですが、赤ちゃんイルカの口が乳頭に吸いついたときの刺激で、母イルカの腹部の筋肉が収縮し、その圧力で噴射されるようです。子イルカが母親から離れた瞬間、母乳が白い煙のように水中に噴出されるのを私も何度か目撃しています。吸いついたときに母乳に海水が混じらないかと心配になりますが、イルカの舌先端には小さな突起があり、水中での授乳が漏れないようになっていて成長すると自然に消えてしまいます。まさに授乳のためにだけに用意された特殊な機能であるようです。
(2018年5月号掲載)

イルカの目の不思議

 イルカの目は、空気中では近視になるとよくいわれます。私たち人間の目が水の中で遠視の状態になるのと、ちょうど正反対です。しかし、私が現場で観察するかぎりイルカの目にはなんらかの補正機能があり、空気中でも非常に物がよく見えているように思います。
 たとえば、空中に高く上げられたボールをいとも簡単に見つけてジャンプし、体当たりできます。遠く離れた場所からでも、私たちが小さく手を動かしてサインを送るとしっかり確認してエサを食べにきます。水を入れたコップに箸を入れると水面を境に折れて見えますが、これは水中と空気中では、光の屈折率が異なるからです。この誤差を、イルカはどのようにして調節し、目標を正確にとらえて動くことができるのでしょうか。空中に出る直前に行うのか、出た後に行うのかはわかりません。いずれにしても、彼らはこの問題を克服して進化してきたのでしょう。
 実際、北の海にいるベルーガ※ やメコン川にいるイルカは、流氷や流木を避けながら川を遡上し回遊することが確認されています。このとき水面に頭を出して首を回し、自分の位置を確認しながら安全に泳ぎます。これらの行動は「スパイホッピング」と呼ばれ、川や入り江の複雑な地形を覚え、身の安全を守り航行しているといわれています。もしイルカが空気中で極度の近視だったら、こんな行動は困難でしょう。
(2018年6月号掲載)

※ シロイルカの別名。北極海の周辺に棲息するクジラ目の哺乳類の1種で、シロクジラとも呼ばれている

イルカと遊ぶシーワールド

 アメリカ・フロリダ州オーランドのシーワールドに行ってきました。この巨大なテーマパークは、ビーチや海や川などの自然を見事に再現して訪れる人たちを驚かせています。美しい園内ではさまざまな動物たちと触れ合うことができ、ゆったりとした時間を過ごせます。鳥や花が鮮やかさを競い合い、ハイビスカスの花の先には白い砂浜が続き、エメラルドグリーンの浅瀬には1メートルほどの大型エイがヒラヒラと泳いでいました。
 私も浅瀬で泳いでいると、エイのほかにもカリブ海の固有種であるクイーンエンジェルなどの熱帯魚が優雅に泳いでいました。普通の水族館のようにガラス越しではなく、魚たちと一緒に泳いで、潜って、ともに眺め合うという自然体験型のスペースです。
 シュノーケリングの後には、渓流の流れに身を任せて川を下ったり、鳥たちに餌をあげて遊んだり、再び海に戻れば今度はイルカに乗って泳ぎ、心が解放されリラックスしてイルカセラピーを受けることもできます。特にイルカ体験は、小さな子どものいる家族連れに大人気でした。
 広大で豊かな自然を有するアメリカが、最新技術を駆使して大自然をコピーし、超自然の楽園を造り出すスケールに圧倒されました。訪れた人が身体ごと自然を感じることができる、贅沢なパラダイスでした。
(2018年8月号掲載)

人とイルカの理想郷、モンキーマイア

 オーストラリアの西海岸、ペロン半島の北の保養地モンキーマイアにパース経由で訪れた時のことです。シャーク湾※ にイルカが現れるのは、夕方と早朝です。泊りがけでイルカとの出会いに期待する人々が、岸辺に並んでいました。待つこと、1時間。湾の彼方から、イルカの背びれが見え隠れして、近づいてくるのが見えました。
 いつからか、イルカたちは漁師が捨てる小魚を目当てに、ここモンキーマイアの海辺に通ってくるようになったそうです。今ではオーストラリア政府が手厚く保護しており、渚の公園レンジャーがイルカの研究と保護をかねて毎日パトロールを続けています。海辺のラジオ局は毎日定時にイルカニュースを放送して、町全体と、ハイウエイを車で走る観光客向けに、その日に現れたイルカの頭数や海の状況を伝えています。よく現れるイルカには、背びれや体についた傷や形の違いから、すでに多くの名前がつけられて、個体認識されています。
 人間を恐れないイルカは、海に浸かっている私たちの足元までやってきて一緒に遊びます。公園レンジャーの指示によりイルカに小魚をあげるときも、人に慣れているので安心して接近でき、まったく問題ありません。ビーチではペリカンが散歩しています。ビーチの色はオレンジがかったピンクで、ライトブルーのインド洋に映えて輝いていました。
(2018年11月号掲載)

※ オーストラリアにある湾。ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されている

番外編 ~大氷河に生きる海洋哺乳動物

 初めて、アメリカ最大の世界遺産「グレイシャー・ベイ国立公園」にアラスカクルーズ客船で行き、1万年前の大氷河期の歴史を目の当たりにしました。標高5000メートルを超えるセント・イライアス山やフェアウェザー山脈からは16の氷河が流れ込み、高さ100メートルの氷河の前面から巨大な氷の破片が轟音(ごうおん)をたてて海に落ちていきます。
 途中、アラスカのジュノーで小型船に乗り、シャチの群れの観察に参加しました。子育て中の親子のシャチの背びれは鋭角で大きく、パンダの色と同じ白黒が目立つので発見しやすいです。陸側に沿って移動する多くの群れは、ポッドという小さな集団でできています。大きな背びれは安定感があり、特に大人のシャチには潜水艦のような迫力があります。チャタム海峡やアイシー海峡は、鯨の移動がよく見られるポイントです。流れる氷の塊の遠くに、移動する鯨の姿を眺めながら北に進み、グレイシャー・ベイ国立公園の中に到着しました。
 アラスカ沖合でのザトウクジラやミンククジラは、オキアミなどの餌を求めて北極へ移動します。成長した子ども鯨を中心に、家族が遠距離を旅する一大事業です。ハワイ沖を北上するルートとは異なる移動距離の長さには驚きます。アラスカクルーズ客船での氷河と、シャチ、クジラなどの海洋哺乳動物たちに出会えたことに感激しました。
(2019年2月号掲載)

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