イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

安富和男先生の面白むし話(15)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

秋のチャドクガと毒成分

 ドクガ科に属する毒蛾類の中で、痒い皮膚炎を起こすために特に注目されているのは、ドクガとチャドクガの2種です。混同されがちな両者は、生活史に大きな違いを持っています。ドクガは年1回の発生で、成虫は夏に現れ、生育途中の幼虫が落ち葉の下で冬を越し翌春に活動を再開して6月頃に蛹(さなぎ)になります。幼虫は多食性ですが、サクラ、ウメ、バラなどのバラ科を好む傾向が見られます。一方、チャドクガは年2回の発生で、成虫は6~7月と秋の9~10月に出現します。ドクガの幼虫が成熟すると分散するのに対して、チャドクガの毛虫は全生育期間を通じて、集団生活を続けるという習性の違いもあります。食草はチャ、ツバキ、サザンカで、秋の成虫は葉裏に卵塊を産み、その卵が越冬します。
 ドクガやチャドクガによる炎症の原因物質は0.06~0.1mmの微細な「毒針毛(どくしんもう)」に含まれているヒスタミンなどであり、タンパク質に由来する毒物です。ふ化直後の一齢幼虫には卵殻に付着している毒針毛が移行していて、二齢になると毒針毛群生部が生じて、齢を重ねるごとに数を増やしていきます。幼虫時代の毒針毛は繭の内側に残されており、成虫が羽化するとき尾端などに取り込んで、メスはこれで卵塊を覆うので、卵、幼虫、蛹、成虫の一生を通じて毒針毛を持つ仕組みが出来上がります。外敵への巧みな防衛戦略といえましょう。
(2012年9月号掲載)

シバンムシ

 甲虫目・シバンムシ科に属するシバンムシの仲間は、日本で74種記録されています。小型の甲虫で成虫の体長は2~6mm、短い円筒形で、頭部は下方を向いているために胸の下に隠れ、背面からは見えないのが特徴です。家屋内に住むシバンムシの多くは、建材、乾燥食品、生薬、煙草、畳表や古本などの害虫として注目されています。
 和名の「シバンムシ」にまつわる逸話を紹介しましょう。食材性のシバンムシには、孔道(トンネル)の中で発音して異性への信号に利用している種類があります。この音は孔道の壁に頭を打ちつけて発するものです。古い時代のイギリスでは、深夜に「コチ・コチ・コチ………」と聞こえてくるこの音が死を告げる時計だと考えて、death watch と呼びました。日本では明治の頃、著名な昆虫学者がwatch(時計)を「番」と誤訳して「死番虫(シバンムシ)」という名前をつけてしまいました。この間違った名前が定着した現在、正しい「死時計虫(シドケイムシ)」には直せないでしょう。
 最も代表的なシバンムシは、ジンサンシバンムシとタバコシバンムシの2種です。ジンサンは人参を意味し、薬用人参を食害するために付けられた和名で、クスリヤナカセの別名もあります。タバコシバンムシは、特に煙草を食害することに由来します。シバンムシに寄生するシバンムシアリガタバチに刺される被害が、近年、都市部で頻発しています。
(2012年9月号掲載)

ツヅレサセコオロギ

 日本は秋の鳴く虫に恵まれた国で、146種を数えます。コオロギ科に属するのはツヅレサセコオロギ、スズムシなどの62種です。
 オスは前翅(まえばね)の発音器をすり合わせて鳴き声を出すために、セミの声を声楽とすればコオロギの音楽は弦楽にたとえられ、メスを誘う大切な役目を果たします。また、鳴く虫の名前は時代とともに変わり、江戸時代までの和歌や俳句に詠まれているキリギリスは今のコオロギのことです。
 初秋の9月上旬に聞くツヅレサセコオロギの鳴き声には華やかさを、晩秋に聞く鳴き声には淋しさを感じますが、この原因は気温の差です。たとえば28℃では1秒間に4回、「リ・リ・リ・リ」と鳴きますが、16℃では毎秒1回の「リー」になり、周波数も下がって哀れに聞こえます。
 昆虫は変温動物であるため体温が気温によって変化し、翅のすり合わせ運動の早さにも差が生じて鳴き声に影響するわけです。
 新古今集の和歌「きりぎりす 鳴くや霜夜(しもよ)のさむしろに 衣(ころも)肩(かた)しき ひとりかも寝む」は百人一首でも有名です。昔の人は晩秋のツヅレサセコオロギの鳴き声を、「肩させ裾させ」と聞き、衣の綴(つづ)れ(破れ、ほころび)を刺せ(針と糸で縫え)という冬への支度を促す声と受け取りました。「つづれさせ」の言い伝えが、そのままコオロギの標準和名になった珍しい例といえましょう。
(2013年9月号掲載)

9月の長雨とコナダニの繁殖

 「9月の長雨」といわれるように9月には雨が降り続くことが多く、「秋霖(しゅうりん)」ともいわれます。これは梅雨と同じ原因によるもので、大陸高気圧と太平洋高気圧の間に挟まれて居座った停滞前線の仕業(しわざ)です。
 6~7月の梅雨に似た高温多湿の環境は、コナダニ類にとっての楽園です。コナダニの繁殖に最も好適な条件は室温25~28℃、湿度75~85%といわれています。
 食性の幅が広いコナダニの仲間には、ケナガコナダニ、アシブトコナダニ、ムギコナダニ、サヤアシニクダニ、チビコナダニなどがあり、穀類、穀粉、菓子、粉ミルク、煮干し、かつおぶしをはじめ、多くの食品を加害します。特にケナガコナダニは、畳の芯の藁(わら)にも大量発生してダニ騒動を起こす元凶です。体長0.5~0.8mm、乳白色、半透明で、2週間以内に1世代をくり返し、繁殖が進むと部屋の中が白い粉で覆われる状態を招きます。
 近年、住宅が洋風化し、室内に湿気がこもりやすくなりました。欧米式の建物に畳を敷くという日本独特の生活様式が、コナダニを増やす大きな原因でもあります。コナダニが人の皮膚を刺すことはありませんが、大発生すると皮膚炎が起こるのは、コナダニを捕食するツメダニが繁殖して皮膚を傷つけるからです。
(2013年9月号掲載)

台風・集中豪雨を予知する昆虫

 「トンボが多く飛べば暴風が吹く」、あるいは「大雨になる」。昔からのこんな言い伝えや諺(ことわざ)には信憑性の高いものがあり、気象学者の宮澤清治(みやざわせいじ)博士も、我々の祖先たちの生活の知恵から生まれた諺には今でも天気を予知するときに役立つことが多い、と述べておられます。
 「アリが巣の出入口を塞ぐ時は大雨になる」や「ハチが河原の高い所に巣を造ると洪水が起こる」はいずれも真実味に富んでいて、感覚の世界に生きる昆虫の超能力を感じます。冒頭で紹介した暴風や大雨を予知するトンボはウスバキトンボです。旧盆の頃から多くなるので「盆トンボ」、あるいは「精霊(しょうりょう)トンボ」と呼ばれています。橙(だいだい)色の体に透明な翅をもつ中型のトンボです。集団で群飛したあと、姿を消すとやがて強風や豪雨が訪れます。荒天を予知して安全な場所に逃避するのでしょう。
 人類は湿度を感知する専用の器官を持っていませんが、昆虫には湿度の受容器があります。触角上の微細な感覚子(かんかくし)が湿度の上昇や気圧の変化を感知するのです。昆虫は大脳の発達には恵まれなかった代わりに、「感覚の発達」に恵まれ、超能力を発揮します。
 雨とは逆に、晴れを告げてくれるのはエゾハルゼミです。梅雨どきに1匹のエゾハルゼミが鳴き出して森中の大合唱につながると、雨は上がり、梅雨晴れの青空が広がってきます。
(2014年9月号掲載)

稲の稔(みの)りを支える虫たち

 秋は稔りの季節です。稲の稔りを妨げる代表的な害虫としては、第1にウンカやヨコバイ、第2にニカメイチュウ、次いでアブラムシ(アリマキ)、イネツトムシ(イチモンジセセリの幼虫)、アワヨトウ、泥負虫(どろおいむし)(クビボソハムシの幼虫)、イネミズゾウムシ、カラバエなどがいます。これらの害虫を退治して稔りを支えてくれる捕食性天敵を紹介しましょう。
 稲の若い穂から吸汁(きゅうじゅう)して加害するアブラムシを捕食してくれるのはナミテントウ、ナナホシテントウ、ヒメカメノコテントウなどのテントウムシです。テントウムシは成虫も幼虫もアブラムシを食べてくれます。
 可愛いテントウムシと違ってクモはとかく嫌われがちの生きものですが、水田にすむクモはウンカ、ヨコバイ、ニカメイガ、イナゴなどの貴重な天敵の役目を果たしています。近年、ウンカやニカメイガは殺虫剤、特に有機リン剤に抵抗性を発達させているので、農薬散布によりクモが犠牲になり害虫が増えてしまう事例が多くなりました。
 悪臭を放つカメムシの親戚すじにあたるサシガメの仲間は、害虫を捕えて体液を吸い取って退治する益虫です。ズイムシハナカメムシは和名のとおりズイムシ(ニカメイガの幼虫)を攻撃します。
 アシナガバチ、ジガバチなどのハチや、あまり好感を持たれていないようなカマキリも、害虫の狩りをして秋の稔りを支える虫たちです。
(2014年9月号掲載)

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