イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

コウノトリの過去・現在・未来

環境省 希少野生動植物種保存推進員・
一般財団法人 環境文化創造研究所 主席研究員 蘇雲山

絶滅から再生へ

 コウノトリはコウノトリ目コウノトリ科に属する大型水鳥で、特別天然記念物に指定されています。ロシアと中国東北地方の原生湿地で繁殖し、主に中国南部の長江流域で越冬する渡り鳥です。体の大きさはツル類とほぼ同じ、翼を広げると長さは2メートル以上に及びます。主なエサは魚類、両生類、爬虫類、昆虫類などです。ツル類との根本的な違いは営巣環境で、ツルは地面に巣材を敷いてその上で産卵、孵化(ふか)し子どもを育てますが、コウノトリは湿地周辺の大木を選んで営巣します。
 日本のコウノトリは1970年代に一度絶滅しましたが、2005年以降、兵庫県豊岡市では野生復帰を目指してコウノトリの放鳥を始めました。放鳥はすでに13年を経過し、地域住民の協力の下で野生復帰事業が順調に進められ、野外に生息するコウノトリの数は増え続けてきました。2018年2月時点で、野生下に生息するコウノトリの数は、100羽の大台を超えました。また、近年、豊岡のほかに千葉県野田市、福井県などの地方自治体もコウノトリの放鳥を行い、野生下の個体が増えて絶滅から再生へと順調に進められています。
 しかし、北東アジア原生湿地に生息するコウノトリとは違い、日本のコウノトリ個体群は渡らない留鳥(りゅうちょう)であり、営巣は人工巣塔※ に頼り、ほとんどが水田で採餌し、一年中、水田生態系に依存しています。
(2018年5月号掲載)

※ 国の特別天然記念物であるコウノトリのために、人工的に建てた巣づくりの土台となる塔。
コウノトリが営巣できる大木が少ないため、高さ12~13メートルの巣台を建てて営巣を誘致する

分布域の個体数変化

 コウノトリは、北東アジアのみに分布する大型の水鳥です。分布域は相対的に狭く生息数も非常に少ないため、IUCN(国際自然保護連合)は絶滅危惧IB類(EN)に分類し、近い将来、野生での絶滅危険性が高い種としています。IUCNでは以前、世界全体のコウノトリの個体数を1000羽以上、2500羽未満と推定していました。
 コウノトリは渡り鳥で、春季の4月前後よりロシア極東地域から中国東北地方の原生湿原で繁殖し、秋季の10月に中国長江流域中下流の湖沼(こしょう)地帯に渡って越冬します。昔は、大陸から日本や朝鮮半島に渡って越冬する個体がいましたが、現在では迷った個体(迷鳥)がときどき訪れます。その原因はまだ解明されていませんが、最近、少数個体が台湾へ渡って越冬しているとの報道がありました。
 コウノトリの分布域は拡大し、個体数は増加傾向です。中国の研究者が長江流域の八陽湖(はようこ)において1984年から2011年までモニタリングを行ったデータによると、八陽湖で越冬するコウノトリの数は28年間で平均1296羽、2010年に最大で3446羽でした。最近の調査では、4000羽を超えたという情報(私信)もあります。これはただ1か所の数字ですので、ほかの越冬地を加えると確実に4000羽以上になるでしょう。絶滅危機は、緩和されている傾向にあるのです。
(2018年6月号掲載)

重要な繁殖地「三江平原湿地」

 三江平原(さんこうへいげん)湿地は、中国とロシアの国境となる黒竜江(こくりゅうこう)とウスリー江、および松花江(しょうかこう)という大きな河川に囲まれた広大な湿地です。面積は約10万平方キロメートルで、アジアでは最大級の湿地として知られています。しかし1950年代から、農地拡大のために次々と干拓したことで湿地面積が減少し、2000年までに全体の6割が開墾されました。その後、未開発の原生湿地において自然保護区を設置しました。
 三江平原湿地はラムサール条約※1 の登録地として、コウノトリ、タンチョウをはじめ、多くの水鳥の重要な繁殖地となっています。毎年3~4月にコウノトリが越冬地からここに戻り、営巣、産卵、ふ化、育雛(いくすう)を行い、5~6月にヒナが巣立ちはじめます。10月下旬には三江平原の気温がマイナスになり採餌(さいじ)が困難になるため、親鳥はその年に生まれた幼鳥を連れて長江流域の暖かいところに飛び立ち、越冬します。
 コウノトリは胸高(きょうこう)直径※2 が30センチぐらいの大樹に営巣しますが、湿地周辺では大樹が少ないため、2000年以降、自然保護区では人工巣台を設置しはじめました。日本の人工巣塔と異なり直径10センチぐらいの丸太で、高さ3~4メートルの三脚を立てて上部に巣台を設置します。周囲の自然環境と調和させることが特徴です。人工巣台は多く利用されて営巣数は年々増え、コウノトリの最も重要な繁殖地となっています。
(2018年7月号掲載)

※1 自然保護に関する国際条約。水鳥の生息地として重要な湿地の生態系を守る目的で制定された
※2 人の胸の高さに当たる立木の樹幹部分の直径。材積(体積)測定に用いられる

黄河デルタ湿地のコウノトリ

 コウノトリは、毎年秋に三江(さんこう)平原などの繁殖地から長江(ちょうこう)流域の越冬地に渡る(南下する)とき、あるいは春に長江流域から三江平原に戻る(北上する)とき、途中で体力を回復するために何か所かでしばらく休憩します。これらの休憩場所は、「中継地」と呼ばれます。
 中国で2番目に長い河川である黄河(こうが)は山東省から海に注ぎ、河口に広大なデルタ地帯※ を形成し、多くの水鳥に魅力的な生息環境を提供しています。黄河デルタ湿地はコウノトリにとって重要な中継地のひとつで、衛星追跡調査でも多いときには600羽以上が確認できます。
 しかし2005年以降は、一部のコウノトリが繁殖地に戻らず黄河デルタ湿地付近の送電線で営巣、繁殖するようになりました。その後、自然保護区では人工巣塔を設置し始め、繁殖に加わった成鳥が年々増加しました。その数は2017年のシーズンには87ペアにものぼり、その内の82ペアが繁殖に成功し、248羽のヒナが巣立ったと報告されています。この13年間に、延べ1185羽の巣立ちを数えました。
 兵庫県立コウノトリの郷公園の山岸哲(やまぎしさとし)園長は、「コウノトリというのはかなりいい加減な鳥で、越冬に来ても条件が良いとそこに留まり続ける習性を持つようです。絶滅した日本のコウノトリ繁殖個体群の起源は、大陸からの渡り鳥の留鳥化かもしれません」と指摘されています。
(2018年8月号掲載)

※ 三角州のことで、河川によって運ばれた土砂が河口付近に堆積され三角型に形成された地形

最大の越冬地

 コウノトリは毎年12月頃、ロシア極東地方と中国の東北地方から数千キロ離れた中国長江流域に到着し、江西(こうせい)省の鄱陽湖(はようこ)と湖南(こなん)省の洞庭湖(どうていこ)などの湖沼(こしょう)地帯で越冬します。近年の研究者の観察によると、鄱陽湖湿地で越冬するコウノトリの数は世界全体の約8割を占め、さらに増加の傾向にあるということです。鄱陽湖湿地は、面積3900平方キロメートルにおよぶアジア最大級の淡水湖湿地で、渡り鳥の最も重要な越冬地として知られています。毎年約20万羽の越冬水鳥が飛来し、コウノトリのほか、310余種の渡り鳥と留鳥が生息しますが、絶滅危惧種のソデクロヅル、ナベヅル、ノガンなどの希少種は、その代表的なものです。1981年に締結された日中渡り鳥保護協定の対象種227種類のうち、全体の67.4%を占める153種がここで見られます。
 鄱陽湖は1992年にラムサール条約※1 に登録された国際的に重要な水鳥の生息地です。水面は季節によって大きな変化が見られ、雨季を過ぎると湖の表面積がだんだんと縮小されて水位が低下するとともに、湖底の高いところが露出され沼沢地(しょうたくち)や草地に変わり、水鳥、特に渉禽類(しょうきんるい)※2 の絶好の餌場になります。淡水魚の宝庫でもあり、希少種のヨウスコウカワイルカも生息しています。乱獲などで資源が減少しているため、現在は保護を目的に春と冬に一部が禁漁となっています。
(2018年9月号掲載)

※1 自然保護に関する国際条約。水鳥の生息地として重要な湿地の生態系を守る目的で制定された
※2 長いくちばし・首・脚を持ち、湿地などの浅瀬を歩いて採食する鳥の総称。コウノトリ、ツル、シギ、チドリ、サギ、クイナなどを指す

野生復帰の課題

 日本では1970年代から、絶滅したコウノトリを、再導入※1 により復活させようと試みてきました。2005年に兵庫県豊岡市での初放鳥以来、13年が経過した現在、但馬(たじま)地域を中心にすでに139羽のコウノトリが野生下で生息し、他地域でも野生復帰の試みを行っています。
 とはいえ、一度絶滅した種を再び復活させるためには長い歳月が必要であり、まだ多くの課題が残っています。絶滅の主因である生息環境の復元には、社会、経済、政策、生活等が深く絡んでおり、地域住民の協力のもとで人と自然が共生できるシステムの構築が必要です。コウノトリは水禽(すいきん)として、昔から湿地、湖沼等を最も重要な餌場として利用してきましたが、日本にはこれらの環境が乏しく、主に田んぼに依存しています。中国やロシアと比べると、日本の餌場の多様性は今後の大きな課題です。また、営巣に必要な大木が少ないために鉄鋼製の人工巣塔(すとう)を立てていますが、周囲の自然との調和から、さらに工夫する余地があります。
 種の保存と遺伝管理については、国内でコウノトリを飼育する各施設で構成したIPPM-OWS※2 が血統管理等で機能しているものの、将来近親交配を避けて健全な個体群を維持するためには、350羽以上の人工飼育個体を持つ中国や野生個体群の主な繁殖地を持つロシアとの遺伝子交流が、必要不可欠だと考えます。
(2018年12月号掲載)

※1 人間の飼育下で増殖させた個体を、野外に放鳥すること
※2 コウノトリの個体群管理に関する機関・施設間パネルの略称。
コウノトリの保全を全国的に進めていくにあたっての課題を共有し、解決にあたることを目的に、2013年に設立された

  • 全て
  • 感染症
  • 健康
  • いきもの
  • 食品
  • 暮らし