Kanbunken 環境文化創造研究所

COLUMN

- コラム

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

お宝をまもる営み

放送大学 客員教授・九州国立博物館 名誉館員・一般財団法人 環境文化創造研究所 顧問 本田光子

7月7日は「虫払い」の日?

 7月7日は、七夕です。平安時代から江戸時代までは、陰暦7月7日に行われました。平安時代末の有職故実(ゆうそくこじつ)書※1 では、7月の条、7日に「同日払拭御物事※2 」とあり、7月7日は宝物の虫払いを行う日でもありました。
 虫払いは虫干しとも呼ばれ、梅雨明け後に仏像や経典などの宝物を風に曝(さら)し湿気や虫を払い、必要に応じて修理を行うという一連の点検処置作業のことです。奈良時代の正倉院では曝涼(ばくりょう)といわれ、6月~9月に行われていました。その後、7月の年中行事となり、鎌倉、室町、戦国時代の公家の日記にも、7月7日に「払文書※3 」の記述がたびたび登場します。
 日本では、お宝は季節や行事に合わせて使用と収納を繰り返し、世代を超えて伝えられます。丁寧に扱い、遮光・防塵・外気緩和のため、箱に収め、蔵に収めます。お宝に限らず、衣食住の多くの品々で程度の差はあれ共通する手法でしょう。「扱い・収納・曝涼・修理」という日本式お宝保存システムともいうべき伝統的保存法ですが、なかでも曝涼=虫払い・虫干しは、定期的な保守点検の機会として重要な営みなのです。
 明治時代以降、宝物の曝涼・虫払いは気候の安定した秋の実施が多くなりました。俳句では「虫払い」は晩夏の季語でもあり、一般には、虫払いは夏の土用干しのイメージが定着しているかもしれません。7月7日が、かつては「虫払いの日」であったことは知られていないでしょう。
(2020年7月号掲載)

※1 朝廷や公家・武家における礼式や法令などが記された書
※2 「同日ニハ御物(ぎょぶつ)ヲ払イ拭ウ事」は、宝物の虫を払い、汚れを拭う意。
「払い去る・すっかり取り除く」意味の払拭(フッショク)の語源ともいわれる
※3 「文書(もんじょ)ヲ払ウ」は、文書の虫を払う意

社寺の宝物虫払い行事

 社寺の虫払い行事は、普段は公開されない宝物を拝観するまたとない機会です。江戸時代の記録からも、大勢の参拝者で賑わう様子が伝わってきます。近年は、気候の安定した秋に多く開催されますが、5月の連休、7~8月の土用(どよう)や8月の盆に行われることも少なくありません。
 毎年8月16日には、滋賀県大津市の聖衆来迎寺(しょうじゅうらいごうじ)で、盆行事として虫干(むしぼ)し会(え)が開かれ、寺宝が公開されます。織田信長の比叡山焼討を免れた寺であり、国の重要文化財の表門は明智光秀の坂本城から移されたと伝えられており、多くの人々が歴史を物語るこの地を訪れます。
 同寺の国宝「六道絵(ろくどうえ)」※1 は、15幅(ふく)の掛物(かけもの)で、13世紀後半(鎌倉時代)の作と考えられます。鎌倉から江戸時代まで、8度の修理銘(めい)も旧軸木(きゅうじくぎ)※2 に記されています。日付は6月から9月が多く、あるいは、虫払い行事で修理完了のお披露目なども行われたかもしれません。戦乱の世を経て続けられた修理は、人々の篤(あつ)い信仰の賜物といえましょう。
 虫払いは、当初、虫菌害の軽減や損傷点検が目的でした。やがて、社寺の虫払い行事が催され、参拝者が宝物を間近に拝み、信仰心を深める場となりました。同時に年1度の楽しみともなり、今も全国各地で地域の風物詩として定着しています。温暖化によるさまざまな変化の影響も含め、宝をまもる営みの継続にはさらなる工夫が必要かもしれません。
(2020年8月号掲載)

※1 六道とは、地獄道、餓鬼道、畜生道、人道、阿修羅道、天道の6つの世界をいう。
一切のものは前世の行いに応じて六道を輪廻転生する、という仏教の教えを絵画化したもの
※2 修理により軸木を新調した場合、取り替えて除去する古い軸木の呼称

曝涼・曝書の秋 ~足利学校の曝書~

 栃木県足利(あしかが)市の国指定史跡足利学校では、毎年9月の中旬頃から11月の下旬までの間に曝書(ばくしょ)が行われます。足利のまちでは、秋の風物詩となっています。例年、10月に入るとすぐに、テレビの全国ニュースでその様子が放送されますので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
 たくさんの書籍の曝涼(ばくりょう)や虫払いを、特に曝書といいます。足利学校ではこの時期に、適切な天候・湿度の日を選び、書籍を広げて風を通して湿気をとり、虫喰いやカビや汚れ、綴じ糸の解(ほつ)れや切れなどを点検し、保存状態を確認します。同学校が所蔵する国宝および重要文化財各4件を含む約1万7000冊の書籍のうち、毎年1000冊程度を対象として実施されます。その年に初めて曝書が行われる書籍もあり、新たに書き込みなどが発見されることもあるそうです。
 秋晴れの史跡の一角に佇む書院の中で行われる曝書の風景は、建物の外から見学できます※ 。マスクと白手袋の職員が、書籍を一頁一頁慎重にめくり、丁寧に点検する姿に触れた見学者からは、保存継承のための大切な作業への感動がSNSなどでも発信されるようになりました。
 今年もまた、足利学校の曝書のニュースは、秋の訪れをいち早く知らせてくれるでしょう。日本のお宝をまもる営みやその歴史などに、改めて気づく機会が多い季節、曝涼・曝書の秋到来です。
(2020年9月号掲載)

※ 足利学校の曝書の実施は、その日の天候や湿度で判断して決められるため、
曝書風景を見学ご希望の場合は、足利学校事務所へ事前にお問い合わせください

曝涼・曝書の秋 ~正倉院宝物の「曝涼」~

 今年(2020年)も10月の初めに、正倉院構内を厳かに進むモーニング姿の行列をニュースでご覧になったでしょうか。西宝庫(にしほうこ)の御開封(ごかいふう)の儀の1コマです。
 明治16年(1883)7月、新政府は年1度の定期曝涼(ばくりょう)の制を定め、その年の10月4日から実施しました。以降、校倉造(あぜくらづく)りの正倉(しょうそう)では、天候の良い日に、扉を開け放し、風を通し、容器の蓋を開け、宝物(ほうもつ)の曝涼(風入れ・虫干し)・点検が、毎年行われるようになったのです。
 昭和38年(1963)、宝物は、校倉から新築の鉄筋コンクリート製西宝庫へ移納されました。火災や地震、大気汚染から守るためです。宝物の点検は、空調設備の整った新宝庫で行われるようになり、定期曝涼は秋季定例開封と改められました。現在では曝涼という語は使われませんが、すべての宝物について、収納容器を開けて一つひとつ行う「人の目と手による」点検が、曝涼の時代から変わらず、引き継がれています。
 正倉院の初期の曝涼記録は、8世紀末から9世紀中頃までに4回あり、勅使(ちょくし)が派遣され、さまざまな立場や役割を持つ人々により行われました。近現代の曝涼も現在の点検も、部門や専門を越えた職員の方々が総力で宝物をまもる代々のバトンを継いでいるように感じられます。
 はるか奈良時代延暦6年(787)、正倉へ向かう勅使達の列、曝涼に勤しむ人々の姿が、1200余年後の今に重なるように目に浮かびます。
(2020年10月号掲載)

曝涼・曝書の秋 ~宮内庁書陵部図書寮文庫の曝書~

 皇居外周路は、人気のランニングスポットです。桜田門を出発し、大手門、平川門を過ぎ、竹橋からの登り坂の先に北桔橋(きたはねばし)門が見えてくると、お濠(ほり)の向こうの樹々から頭をのぞかせる建物に気づくランナーもおられるでしょうか。皇居東御苑に建つ宮内庁書陵(しょりょう)部の庁舎と書庫の屋根です。
 宮内庁書陵部は、皇室関係の図書や資料と陵墓の管理を行っています。書陵部図書課図書寮文庫には、千年を超えて皇室に集積された約34万点の文書や書籍が保管され、一般公開を行いつつ、未来へ守り継ぐ営みが続けられています。書庫は平成初期の建築ですが、空調設備は設けず自然換気方式です。天候や温湿度の良好な日に、大気汚染や塵埃(じんあい)・虫の防止フィルター付き窓を開け、職員の方々により換気が行われます。
 曝書は、自然換気の書庫内で、春秋の年間業務の一環として、人の目と手により実施されています。蔵書は木製箱から取り出され、虫菌害や損傷の点検と庫内での風通し、箱や棚の清拭(せいしき)、庫内の清掃が行われます。なお、書庫内での取組みは、放送大学のテレビ番組『博物館資料保存論』第7回「伝統的保存法※1 」で紹介されます。
 皇居東御苑は、都内有数の紅葉スポットです。平日の公開日※2 に訪れる機会がありましたら、書陵部庁舎の近くまで行かれてみませんか。仰ぎ見ると、大きく窓が開かれている光景に遭遇するかもしれません。
(2020年11月号掲載)

※1 放送大学『博物館資料保存論』BS232ch 2020年11月16日(月)15:45〜16:30放送
※2 皇居東御苑公開は月曜日と金曜日以外、時間は季節により異なる。詳細はHPを参照ください

年の終わりの「煤払い」、「お身拭い」

 12月は、社寺の「煤払(すすはら)い」や「お身拭(みぬぐ)い」の光景が、テレビや新聞で報道されます。1年の終わりを実感する風物詩のひとつでしょう。
 全国各地の神社では、竹竿の先に付けた笹の葉で煤や塵埃(じんあい)を払い、社殿拝殿を清め、歳神様を迎えます。本来の「煤払い」は、歳神様を迎える神事であり、この日から正月の準備を行う「正月事始め」に当たります。平安時代に始まるといわれ、江戸時代に12月13日に行うことが定まったものです。
 京都では、20日、知恩院で約800人の僧侶や門信徒が早朝より集まり「御煤払い」を行います。一斉に畳を竹の棒でたたき、舞い上がる埃を大きなうちわであおぎ外に出す様子が毎年のニュースに流れています。25日には、知恩院で「御身拭式」が行われます。読経のなか、門跡※1 が羽二重※2 で尊像を拭い清めます。奈良では、8日に法隆寺、15日に唐招提寺(とうしょうだいじ) 、29日に薬師寺で「お身拭い」が行われます。法要の後、仏像に積もった1年間の煤や塵埃が除去されます。仏像は、竹竿の先に和紙を付けたハタキや小さな刷毛(はけ)で風が送られ埃が払われます。薬師寺では、朝のもちつきの米を蒸したお湯を用い布で拭われます。
 年の終わりに執り行われるこうした行事には大勢の参拝者が訪れます。人々が手を合わせ祈る姿に、宝を守り継ぐ営みの長い歴史を感じます。
(2020年12月号掲載)

※1 法門を受け継ぐ僧
※2 高級な絹織物のひとつ

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