イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

安富和男先生の面白むし話(16)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

飛蝗(ひこう)

 「飛蝗」はトノサマバッタやサバクバッタの集団大移動で、何億もの大群が黒雲のように群飛して地上に舞い降り、緑の植物を瞬く間に食べ尽くすという猛威を振るいます。アフリカにおけるサバクバッタの飛蝗は昔からしばしば報道され、南アルジェリアで発生した飛蝗は3200kmの旅をしてイギリスに到達したという報告もあります。
 日本でもトノサマバッタの飛蝗が江戸時代に関東、明治初期には北海道で記録され、1986年には南九州の馬毛島(まげしま)で大発生した飛蝗が海を渡って種子島にまで被害が及びました。トノサマバッタの幼虫は、普通の密度で育つと緑色に富んで背中の盛り上がった成虫になりますが、過密な状態で育つと色黒で翅(はね)の長い活発な成虫(ワタリバッタ)に変身し、前者を孤独相(こどくそう)、後者を群集相(ぐんしゅうそう)と呼びます。
 長い間なぞとされていたワタリバッタ誕生のしくみが近年解明され、フェロモンが主役を務めることがわかりました。このフェロモンは幼虫の糞に含まれている揮発性の強い「ロカストール」という物質です。幼虫が高密度で育つと糞に混ざって放出されるロカストールの空中濃度が高まり、気門から体液中に取り込まれて変身を起こす引き金になります。
 ロカストールはバッタの食草に存在するリグニンの分解産物であり、腸内の共生微生物が生産にかかわっていると考えられています。
(2012年10月号掲載)

逆境に強い昆虫たち

 常識では考えられないような過酷な逆境を生き抜く昆虫がいます。火山の硫気孔(りゅうきこう)地帯にすむユスリカやハンミョウ、40℃を超える温泉で育つユスリカやミギワバエ、南極に生息するユスリカやトビムシなどですが、極めつけはナイジェリア砂漠のポリペディウム(眠りユスリカ)の幼虫でしょう。日照りが続いて水が干(ひ)上がるとミイラのように縮んだ姿になって雨を待ち、旱天(かんてん)の慈雨(じう)に恵まれると蘇り、本来の姿に戻って発育を再開します。実験室で13年間乾燥させて貯蔵した幼虫を水に入れたら、20分で蘇生したそうです。
 アカヘリタマムシは、アメリカマツの材部を食べて育つ美しい甲虫です。小さな幼虫のいるマツが伐採されて建材になると、「発育の間(ま)のび現象」が起こります。建築後50年もたった家屋の柱や食器戸棚などから、ひょっこりタマムシの成虫が現われるのです。幼虫期が長くなる理由は木材の乾燥であり、厳しい逆境により命が延びたともいえるでしょう。
 熱帯地方には、食虫植物ウツボカズラの捕虫袋の中で生息するヤブカのボウフラがいます。ウツボカズラの袋には昆虫の体を溶かして栄養源にするための液体、すなわち皮膚のキチン質を分解するキチナーゼなどを含む酵素液がたまっているので、虫にとっては地獄のはずです。それを克服できるのは、酵素阻害剤を皮膚に持っているからだと説明されています。
(2012年10月号掲載)

3つの鳴き声を使い分けるエンマコオロギ

 エンマコオロギは日本を代表するコオロギで、成虫の体長は3~4cm、黒色、その風貌を閻魔(えんま)さまに見たてたのが和名の由来ですが、むしろ愛嬌たっぷりの顔に見えます。北海道の中部以南、本州、四国、九州、対馬に分布し、草原、畑、水田の畦(あぜ)などにすみ、成虫は夏の終わりから秋に現れます。エンマコオロギのオスは3通りの鳴き声「さえずり鳴き」、「さそい鳴き」、「あらそい鳴き」を巧みに使い分けます。「さえずり鳴き」は本鳴きともいい、縄張り主張やメスを引き寄せる目的で「コロ・コロ・コロ・コロ・リッ・リッ・リッ」と力強くさえずります。
 メスがそばに来たときには「コロ・コロ・コロ・リー…」と優しく聞こえる「さそい鳴き」に変わり、やがて交尾が成立するのです。
 「あらそい鳴き」はオス同士が喧嘩するときの脅しで、「キリ・キリ・キリッ」という怒ったような鳴き方になります。人間なみの喜怒哀楽の情を持っている虫といえば言い過ぎかもしれませんが、諺(ことわざ)の「一寸の虫にも五分の魂」を示してくれる好例でしょう。
 筆者の「虫との出会い」は、物心がつく頃のエンマコオロギでした。オスの前翅(まえばね)には渦巻きのような模様があり、それをすり合わせて美しい鳴き声を出すのに虫の面白さを感じました。エンマコオロギは、筆者を昆虫の研究に導いてくれた天使だったと思っています。
(2013年10月号掲載)

秋に活動するクロナガアリ

 日本には200種以上のアリがすんでおり、早春、啓蟄(けいちつ)の頃に餌集めを始めるクロヤマアリに続いて、春から夏にかけてがアリの季節というのが常識です。ところが、好都合なはずの「アリの季節」には巣口(すぐち)を閉じて巣の中で休眠(春眠(しゅんみん)、夏眠(かみん))し、涼風の吹く秋になって巣口を開いて活動を始め、餌集めに精を出す変わったアリがいます。それはクロナガアリです。クロナガアリは本州、四国、九州に分布し、働きアリの体長は約5mm、体は黒色、脚の脛節(けいせつ)と跗節(ふせつ)は黒褐色、頭部には多くの縦じわを持つのが特徴です。秋は私たちにとって収穫の季節であり、クロナガアリも収穫期を迎えます。クロナガアリは秋の野に豊富なイネ科植物の種子を集めて、地中深くの巣に運んで食料にします。活動の時期と餌資源がうまく一致した見事な適応に、絶妙な自然の仕組みを感じます。
 アリは群れを作って行動します。集まり(アツマリ)が詰まって、「アリ」になったのがアリの語源だといわれています。
 「蟻の道 雲の峰よりつづきけん」
 長い長いアリの行列をとらえた、小林一茶の名句です。行列を作るアリの群れは決して「烏合(うごう)の衆」ではなく、道しるべフェロモンによる整然とした集まりです。腹の先から分泌されたフェロモンを仲間が触角で受容します。
(2013年10月号掲載)

ヤママユの絹

 養蚕(ようさん)は昆虫の生産物を利用する産業として太古の時代に始まり、蜂蜜の採取とともに栄えてきました。養蚕は古代中国から日本に伝わり、弥生時代には絹織物が用いられていたといわれています。以来、製糸技術も進歩、発展を重ねており、群馬県の富岡製糸場が世界遺産に登録されたのも快挙といってよいでしょう。カイコの生糸(きいと)にはナイロンなどの合成繊維にない良さがあります。
 近年、ヤママユ(天蚕蛾(てんさんが))の生産する絹にも愛好者が増えて注目を浴びるようになっています。日本におけるヤママユの飼育は江戸時代の天明(てんめい)年間に長野県穂高地方で始められ、その絹糸には美しい光沢があって「繊維のダイヤモンド」と呼ばれ、ネクタイ、マフラー、ショール、財布、ブローチなどに加工され、高級品として販売されています。
 ヤママユは1年に一度成虫の現われる年一化性で、秋に羽化する成虫は黄色、または褐色の翅に4個の目玉模様を持つ大きな蛾です。成虫の蛾は口器(こうき)が退化しているので餌を食べることができず、交尾産卵して一生を終えます。越冬した卵から翌春ふ化した幼虫はクヌギの葉を食べて五齢幼虫に成長し、6月の上・中旬頃、緑色に輝く大型の繭を作ります。
 1個の繭からは長さ600~700mの高価な絹糸がとれます。ヤママユの飼育は、「養天蚕」と呼んでもよいでしょう。
(2014年10月号掲載)

昆虫の変身術

 10月31日はハロウィンです。欧米の人々は秘策をこらして変装し街中が賑わいますが、昆虫は成長過程でもっと鮮やかな変身をとげます。変身の引き金役をつとめるのは、「変態ホルモン」です。
 昆虫の変態ホルモンには「脳ホルモン」、「前胸腺(ぜんきょうせん)ホルモン(エクダイソン)」、「幼若(ようじゃく)ホルモン(ジュベナイルホルモン)」の3つがあり、これら3種のホルモンの相互作用により脱皮と変態が進行します。まずアラタ体という器官から分泌される幼若ホルモンと前胸腺ホルモンがともに働いて幼虫の脱皮を繰り返しますが、幼虫期の終りごろには幼若ホルモンが低下して蛹になり、幼若ホルモンが全くなくなると前胸腺ホルモンのみが作用して成虫への大変身が起こるのです。実に巧妙な仕組みといえましょう。ハロウィンの変装などの比ではありません。
 蛹のステージを持たない不完全変態の昆虫、特にバッタやイナゴなどでは成虫の姿に似た幼虫が、最後の脱皮で翅の生えた成虫になります。しかし蝶や蛾では、親とは似ても似つかぬアオムシ、イモムシ、ケムシが蛹を経て大変身をとげて美しい成虫が羽化します。蛹のある完全変態は、進化の途上で現われました。
 アリとシロアリは近縁だと誤解されがちですが、シロアリはゴキブリに近い起源の古い昆虫で、蛹の時期はありません。
(2014年10月号掲載)

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