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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

蚊が媒介する感染症

国立感染症研究所 昆虫医科学 客員研究員(執筆当時) 渡辺護

国内で感染が疑われるデング熱

 2013年の夏にドイツ人女性が日本国内を旅行中に蚊に刺され、デング熱に感染した疑いがあることが2014年1月10日に公表されました。日本国内での感染の大きな根拠は発症までの潜伏期間(多くは3〜7日)と、ドイツへの帰国が日本からの直行便であったことによります。ほかにも、航空機の機内、両国の国際線空港での蚊の刺咬が考えられています。
 本誌2013年8月号に”気がかりな感染症“ として、本症と媒介するヒトスジシマカを紹介しましたが、国内での患者発生が現実味を帯びてきたと感じます。国内では2008年からこの数年間に海外で感染し帰国してから発症した患者が1000人を越えており、しかもデングウイルスを媒介するヒトスジシマカが活動する5月から10月に帰国した患者は75%に達しています。これらの人たちが発熱中にヒトスジシマカ(北海道、青森県以外に広く分布。本誌5月号参照)に刺され、その蚊が次の人を刺すとデングウイルスをうつす可能性があります。その懸念が今、拡がっているのです。また、デングウイルスを媒介する主役のネッタイシマカが成田国際空港に侵入していることが、2012年と2013年の検疫所などの調査によって確認されています。
 海外旅行歴がなくても、急激な発熱や皮膚発疹などの症状が出た場合には、熱帯や亜熱帯で流行している感染症を疑う必要もあるでしょう。
(2014年7月号掲載)

感染症を媒介するマダニとヤブカ調査の難しさ

 2014年もマダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)が西日本で続発しており、さらに8月下旬以降、ヒトスジシマカが媒介するデング熱の国内感染が流行しました。
 これら感染症の流行を抑えるためには、感染ルートを見極めなければなりません。第一の作業はマダニや蚊の採集調査を行い、生息状況とウイルスの保有を確認することでしょう。いずれの場合も採集する作業は難しくありませんが、採集地点の選定が難しいといえます。わずかな距離でもたくさん採れる場所とほとんど採れない場所があります。さらに厄介なのは採れたマダニや蚊の分類同定です。ヒトスジシマカの同定は比較的容易で肉眼でもわかりますが(酷似種がまれに混じる)、マダニの分類同定はよほど見慣れた研究者は別として、実体顕微鏡が必要です。数種類がウイルスを保有しているために分類同定が必須となります。
 感染症を媒介する昆虫やダニの調査の基本は、目的とするそれらの生息状況を正確に把握することで、採集作業と分類同定の的確さが求められます。また、ウイルスなどの検出を行う場合には、迅速さも必要になります。
 野外調査が少なくなる冬はじっくりと標本を観たり、文献を調べたりするには良い季節です。
(2014年12月号掲載)

ヤブカの発生源調査は、春が最適?

 ヤブカはデング熱を媒介するヒトスジシマカの代名詞ですが、実際の襲来場面ではヤマトヤブカも混じります。幼虫の生息環境もほぼ同じなので、よく一緒に採集されます。
 ヤブカの典型的な生息場所(発生源)は雨水舛(ます)や放置タイヤなどですが、大規模公園ではすべての発生源を探し出すのは容易なことではありません。とくに草が生い茂る夏期の調査は厄介で、予想外の場所に設置された雨水舛や茂みの中に放置された容器類、さらには樹木の洞(うろ)や叉(また)※ などにできた小さな水溜り(樹洞(じゅどう))を探すのは大変なことです。
 ところが春を迎えるこの季節は公園の隅々まで見通しがよくなり、調査も容易にできるようになります。探し当てた水溜りがヤブカの発生源になっているかどうかは、次のように調べることができます。
 溜り水とともに枯葉も一緒に持ち帰り、バットなどに移し換えて水を加えて、おおよそ室温24℃、日長(照明)を15時間明るく、9時間暗くして放置します。
 しばらくは枯葉に隠れていたヤマトヤブカのボーフラの回収作業が続きますが、3、4週間後には微小なボーフラが出現します。それらが卵で越冬したヒトスジシマカの孵化(ふか)幼虫です。
 春は、公園などでヤブカ類の生息を確認する良い季節でしょう。
(2015年3月号掲載)

※ 枝同士あるいは枝と幹の連結部

ヒトスジシマカと気がかりな感染症

 蚊が媒介する感染症で毎年患者が発生しているのは、国内では日本脳炎が少例あるのみですが、患者の発生が懸念されている感染症にはウエストナイル熱、デング熱、チクングニア熱など数種類があります。
 その中でもデング熱、デング出血熱は、海外で感染し国内で発症する輸入症例として、2010年から3年間で567名の届け出があります。近隣のフィリピン、タイ、ベトナム、カンボジアなど東南アジア地域だけで、2012年の報告例は35万人を超え、死者は1100名にも達しています。
 このデング熱、デング出血熱は、ネッタイシマカとヒトスジシマカが媒介します。前者は国内には常在していませんが、後者は一般に薮蚊(やぶか)と呼ばれ、秋田県や岩手県以南に広く分布します。特に茂みがある神社仏閣や公園で吸血飛来が多く、庭がある一般住宅でも朝夕によく刺されます。最近の調査では、あらゆる場所に設置されている雨水枡(うすいます)が幼虫の重要な発生源になっていることが明らかになり、多くの人たちが刺される可能性が高くなっています。輸入症例患者の約3分の2はヒトスジシマカが活動する期間に帰国していますので、ウイルスが媒介されることが強く心配されます。予防方法は、国内外で蚊の発生を抑えるのが一番だと思います。
(2013年8月号掲載)

ジカウイルス感染症を媒介するヒトスジシマカ

 海外渡航の際に注意が喚起されているジカウイルス感染症(ジカ熱)は、ヤブカ類によって媒介されます。一昨年に東京を中心として流行が見られたデング熱も、世界的にはネッタイシマカが主な媒介蚊ですが、近年の日本を含めた世界的流行にはヒトスジシマカが大きく関与したと考えられています。
 チクングニア熱も同様の理由で国内での侵入・流行が強く懸念されています。黄熱(おうねつ)はネッタイシマカが主な媒介蚊で、ヒトスジシマカの関与は低いとされています。今回のジカ熱も主な媒介蚊はネッタイシマカですが、ヒトスジシマカも媒介します。また、ミクロネシアやポリネシアの流行では土着のヤブカが媒介したことが確認されていますので、日本の流行にはヒトスジシマカが強く関与することが暗示されます。
 厚生労働省はデング熱の流行を受け、平成27年4月28日付で「蚊媒介感染症に関する特定感染症予防指針」を告示しました。その中で蚊の発生対策について国県市町村の役割が示され、早速、蚊の発生監視を始めた自治体もあります。国際的交流が盛んな今日、ジカ熱の感染者も26年の3名に続き今年もすでに2名確認されています※ し、デング熱の流行が台湾、ハワイで続いています。多くの自治体で発生源調査を含めたヒトスジシマカの発生監視が望まれます。
(2016年5月号掲載)

※ 平成28年3月現在

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