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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

安富和男先生の面白むし話(13)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

水生半翅(はんし)類の害と益

 水に棲(す)む半翅類は陸生のカメムシと同様にカメムシ目(半翅目)異翅亜目に属し、アメンボ、タガメ、マツモムシ、コミズムシ、ナベブタムシなどが代表的な種類です。水面を滑走するアメンボは夏の風物詩として親しまれていますが、水性半翅類のなかには害虫も少なくありません。
 池、沼、水田に生息するマツモムシは体長約13mm、腹面を上にして泳ぎます。鋭い口吻(こうふん)で刺されると、激しい痛みと皮膚炎が起こります。タガメは水田や沼に棲む日本最大の異翅半翅類で、体長65mm、褐色、大きな鋏(はさみ)状の前脚で獲物を捕えて口吻で体液を吸うので養魚池の大敵です。田植のときに、手や足にケガをさせられる害虫でもあります。水生半翅類の大部分は翅(はね)で飛翔することも可能です。体長6mmのコミズムシや体長約10mmのミズムシなどは、正の走光性をもっており、灯火に誘われて室内に多数飛来するので、不快害虫とされています。
 水生半翅類には役に立つものがいます。信州・伊那地方の天竜川の名産「ざざむしの佃煮」は珍味として賞味されています。その内訳を調べてみると、大部分はトビケラ類の幼虫ですが、ミズムシやナベブタムシも含まれています。海外でも、たとえばタイワンタガメはタイやベトナムなどの東南アジアでは、蒸してコエビのソースを加え、香料を添えて高級料理に作り上げられています。
(2009年6月号掲載)

昆虫の父性愛

 魚の中には、オスが巣を作ってメスの産んだ卵を守るトゲウオ(トミヨ、イトヨ)や、オスが腹部の育児嚢(いくじのう)に産みこまれた卵を守るタツノオトシゴがあります。父性愛の権化と言われますが、昆虫の世界にはもっと徹底した卵の保護行為を行うオスがいます。それは水田や沼にすむ半翅(はんし)類(カメムシ目)のコオイムシ(子負虫)です。コオイムシは本州、四国、九州に分布し、体長17~20mmで褐色、同じグループのタガメやミズカマキリと同様に、小魚や水生昆虫を前脚で捕らえ尖(とが)った口吻(こうふん)で体液を吸って暮らしています。
 初夏の頃、交尾のすんだメスはオスの背中にびっしりと卵を産みつけると立ち去ってしまいます。50個以上もの卵を背負ったオスは水中を満足に泳ぐことができなくなり、餌も食べずに卵を守ります。敵が近づくと水草の間にもぐりこんで身を隠し、卵の保護を続けます。10日経って背中の卵から幼虫がふ化し、巣立っていくと、ようやく自由の身となり、久しぶりで餌にありつく暮らしに戻るわけです。
 ふ化したコオイムシの幼虫は、ミジンコやコガタアカイエカのボウフラなどを食べて育ち、夏の終わりに羽化します。
 近年、環境の変化などでコオイムシやタガメなどが姿を消しつつあるのは、大変残念なことです。
(2010年6月号掲載)

テントウムシ

 あるアンケート調査で女子大生にたずねたところ、「好きな虫」の第1位はテントウムシ、「嫌いな虫」のトップはゴキブリでした。
 テントウムシを手にとまらせると指の先まで這い上がり、太陽(お天道様)の方に向かって飛び立つので、「天道虫(てんとうむし)」の名がつきました。
 昔、ヨーロッパの若い娘さんは、テントウムシを手のひらに乗せて「おうちへお帰り」と呼びかけました。テントウムシが飛んで行った方角から素敵な恋人が現れるという幸福を招く虫だったようです。
 中生代白亜紀に登場したテントウムシは、進化の過程で捕食性から食性を変えたグループが二度出現しました。植物のカビを食べるカビクイテントウと植物の葉を食べるマダラテントウです。現在、日本にはテントウムシの仲間が171種生息しています。
 テントウムシは危険を感じたとき、脚の関節から黄色い汁を出します。特有の匂いをもつこの分泌液には、体内で生合成したアルカロイドのコシネリンが含まれ、アリなどの天敵を撃退する防御物質として働きます。テントウムシの美しい色彩、斑紋(はんもん)は敵にアルカロイド毒の存在を示す「警戒色」です。
 ナミテントウは「生きた農薬」とも言われ、ナナホシテントウなどとともに、アブラムシ(アリマキ)を食べてくれる益虫です。
(2011年6月号掲載)

雨が好きなムシ

 昆虫の表皮は雨をはじくワックスで覆われているので濡れなくてすみますが、雨の日には昆虫の姿をあまり見かけません。それは、雨で飛翔活動が妨げられ、また雨の日は晴れた日よりも気温が低くて不活発になるからです。しかし、ゲンジボタルの幼虫は川の中で育ったあと、春、雨の降る夜に発光しながら水から這い上がり、川辺の土に潜って蛹化(ようか)します。雨は蛹化を助ける「恵みの雨」です。
 デンデンムシの愛称をもつカタツムリは、軟体動物腹足類に属する巻貝の仲間であり、雨の日や湿度の高い環境を好み梅雨時によく活動します。乾燥した日には体を殻の中に引っ込めて休眠し、慈雨(じう)を待ちます。
 日本には約100種類のカタツムリが生息しており、頭には一対ずつの大きな角と小さな角があって、これを伸ばしたり縮めたりする様子が舞いの姿に似ているので舞々(マイマイ)と呼ばれます。
 カタツムリは歯舌(しぜつ)という歯を使って植物をなめるように食べます。畑の農作物を食害するので有害なムシといえましょう。
 カタツムリは雌雄同体で1匹がメス・オスの器官をもっていますが、生殖には2匹が必要です。梅雨の頃、湿った土に穴を掘り1回に約80個の卵を産み、1か月ぐらいで幼生がふ化します。ウスカワマイマイなどは1年で育ちますが、ミスジマイマイは2、3年がかりで成長をとげる生活環です。
(2011年6月号掲載)

ゲンジボタルの方言

 日本には45種のホタルが生息しており、そのうち14種に成虫の発光が見られます。光る目的は主にオスとメスの信号、すなわち「光の会話」です。ゲンジボタルやヘイケボタルなどの成虫は明滅光を放ち、発光間隔と発光持続時間は種類ごとに異なり、雌雄差もあります。
 ゲンジボタルのオスは、群れで飛びながら周期を揃えていっせいに光る「集団同時明滅」を行い、メスは草葉の上で、オスとは違う発光パターンの信号を送って応答します。秋の鳴く虫やセミは、オスだけが発音してメスを誘いますが、ホタルはオス・メスともに光り合う会話です。
 群飛しているオスのゲンジボタルにおける「発光周期」には、東日本と西日本とで差があります。東日本では4秒に1回、西日本では2秒に1回発光し、その境界は「糸魚川(いといがわ)―静岡構造線」です。
 2600万年前の昔に、大規模な断層運動が繰り返されて大陥没が起こり、本州を東西に両断する大地溝帯(フォッサマグナ)が形成されました。糸魚川―静岡構造線は、その西縁(せいえん)です。ゲンジボタルの「光の方言」は、生殖的な隔離から、種の分化につながって行くでしょう。
 人間社会における交流電気の周波数(サイクル)は、東日本では50ヘルツ、西日本では60ヘルツであり、その境界がホタルの方言を分ける線と符合しているのは面白いことです。
(2012年6月号掲載)

アメンボとミズスマシ

 アメンボは半翅(はんし)目(カメムシ目)の昆虫でカメムシと類縁が近く、特有の臭気を出します。それを飴の匂いとして「飴ん棒」の和名が生まれました。日本には23種のアメンボが生息しており、主な種類はオオアメンボ、アメンボ、ヒメアメンボ、シマアメンボです。
 アメンボ類は、水上生活によく適応した体をしています。長い中脚と後脚の跗節(ふせつ)先端には細かい毛が密生し、分泌された脂肪で水をはじきます。中脚は水かき、後脚は舵とり役をつとめ、脂肪をつけていない小さな前脚は餌の捕獲と異性への信号波づくりに使います。
 配偶行動のときには、まずオスがメスを呼ぶ波を立て、メスも信号波で応答する仕組みです。交尾を終えたメスはオスを背中に乗せたまま潜水して、水中の植物に産卵します。ふ化した幼虫は水面に浮上し、溺れかけている小昆虫の体液を吸って育ちます。アメンボ類は、魚の攻撃を受けません。飴に似た匂いが防御物質の役割を果たすからです。
 ミズスマシは水面の暮らしに適応した甲虫で、日本では16種類記録されています。前脚は大きくて水面を回転するときの舵とりに、中脚と後脚は扁平で短く、櫂(かい)として働きます。ミズスマシの複眼は、上下2つの部分に分かれ、あわせて4つの目になっています。水面から上の景色と水の中の様子を同時に見ることのできる独特の目です。
(2012年6月号掲載)

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