Kanbunken 環境文化創造研究所

COLUMN

- コラム

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

展覧会に出かけると(1)

放送大学 客員教授・九州国立博物館 名誉館員・一般財団法人 環境文化創造研究所 顧問 本田光子

作品保護のさまざま、気になりますか?

 博物館や美術館の玄関に、「害虫侵入防止のため生花の持ち込みはできません」と掲示されていることがあります。展示室入り口には「作品保護のため室温を調節しています」、会場に入ると作品の横には「作品保護のため明るさを調節しています」、「写真撮影はOKですがフラッシュは使わないでください」という注意書の掲示があることにも気づくでしょう。
 このような掲示は、作品の保護に理解と協力を願うものです。害虫による汚損や食害、温度や光による劣化を抑えるためなのです。特に、光に弱い作品には照度を制限します。平成最後の歌会始めで、「ぎりぎりに光落とせる会場にボストン帰りの春信を観る(瀬戸口真澄)」が入選しました。暗さを厭(いと)わず限られた光で浮世絵を鑑賞する緊張感溢れる姿は、一方で、作品保護理解の社会的な普及も伝えてくれます。
 また、展示室や展示ケースの片隅にある温湿度計や虫捕獲用粘着トラップ、ケース内に置かれた表面に細かな穴があいた紙箱にも目がとまるかもしれません。保存環境の変化を常に記録するための温湿度計、虫の発生を知らせるトラップ、どちらも異常の早期発見早期対処に役立てるためです。紙箱には、湿度を調節する調湿剤が入っています。
 博物館や美術館では、さまざまな条件や用具などで資料や作品の保護を行い、安全・安心に次世代へ保存継承することに努めています。
(2020年1月号掲載)

「隅っこに座っている人」気になりますか?

 美術館の展覧会場の隅で、椅子に黙って座っている人がいます。観覧中に、展示品に関わる危害等が起きないように見守る監視業務の方々です。
 あってはならない「何か」を未然に防ぐため、「いざ」というときに席を立ち、声を発します。足元の白線を越えて展示品に身体が触れそうになる、鞄があたるかもしれない、シャープペンの芯が折れた拍子に飛ぶかもしれない等々に対して、こうした損傷を確実に回避すべく即座に丁寧な注意喚起を行います。大きな足音や声などによる鑑賞環境の迷惑回避、開封飲食物の持ち込みによる保存環境への影響回避にも声がけします。会場へ虫の侵入があれば、いち早く報告し予防保存にも協力します。
 岐阜県美術館の公式アカウントに、同館監視係の宇佐江みつこさん作4コマ漫画『ミュージアムの女』というブログがあります。「美術館の隅っこにいる人を知ってますか?」で始まり、100回以上連載されています(2017年単行本、KADOKAWA)。実録を基に監視の日常がきめ細やかに、そしてコミカルに語られているので、美術館がより身近に感じられ、展覧会に出かけるのが楽しみになります。
 「ミュージアムの女」や「ミュージアムの男」たちの存在理由が社会的にも共有されることで、作品保護への理解もまた進むでしょう。展覧会で「隅っこの人が静かに座っている」のは嬉しいことなのです。
(2020年2月号掲載)

「テグス」が気になりますか?

 博物館では、展示品の転倒や落下による損傷を防ぐため、テグスでとめたり、内部に重しを入れて重心を下げます。陶磁器などのように、振動や衝撃でひびや割れのおそれがある場合には必須の手法です。
 テグスはテグスサン(天蚕糸蚕)という蛾の幼虫の絹糸腺から作られ、半透明で強靭で、江戸時代から釣り糸として使われてきました。現代ではさまざまな太さや強度を持つ透明な化学繊維で作られています。丈夫なテグスを適切に張って展示品を固定することは、地震対策の基本のひとつです。東日本大震災でも、テグスで固定された展示品は無事だったそうです。
 もし展覧会開催中に地震が起きたら、博物館にとっては来館者や働く人々の命を守ることが最優先です。有事の際に、学芸員がまずは人命を守るためには、その時になって展示品や収蔵品の固定などの心配をしなくてもよいように、日頃の備えに励まなければなりません。特に地震対策は、その有無や多少が被害の大小に直結するからです。
 テグスはたしかに鑑賞の妨げとなるかもしれません。しかし、展示品の材質や状態をよく見極め、負荷をかけないよう巧みに張られたテグスは、見えていても、時に気にならないこともあります。学芸員の努力が伝わるそうした展示に出会うと、かつて釣りの歴史を変えた透明な糸、テグスにあらためて強く優しい力を感じます。
(2020年3月号掲載)

「展示ケース」が気になりますか?

 フランスのルーブル美術館で2019年、名画『モナ・リザ』のガラスケースが新調されたというニュースが報じられました。作品保護のガラスは高強度で防弾、極めて透明度が高く、作品がより近く感じられるそうです。
 日本でも、近年は、ガラスを感じさせない展示ケースが増えています。ガラスや表面に貼るフィルムの性能が急速に進歩し、低反射、高透過、高強度が可能になっているからです。透明なガラスに気づかずに、おでこや眼鏡をぶつけた方もおられるかもしれません。しかし、まだまだ会場の照明が映り込んだり、ガラスの継ぎ合せが邪魔したり、展示ケースそのものやガラスが気になる場合も多いのではないでしょうか。
 そもそもケースでの展示はさまざまな影響から作品を守るためですが、同時に鑑賞を妨げないことも重要で、デザインはもちろん、ガラスのほかにも材料や構造など、製作全体にかかわる関係者がそのための努力を重ねています。また、ケースの気密性も求められます。塵埃(じんあい)※ や虫などの侵入を防いだり、湿度環境維持のためです。一方で、内装材などからVOC(揮発性有機物質)が発生した場合は、高気密ゆえに影響が大きくなります。製作材料の吟味や日常的な内部環境の把握が欠かせません。
 「テグス」や「展示ケース」は展覧会の黒子といえるでしょう。観覧者からは「見えても見えない」ように、学芸員は常に気を配っているのです。
(2020年4月号掲載)

※ ちりやほこり

春から初夏の美術館や博物館と、小さな虫

 新緑の樹々を通り抜ける爽やかな季節の風の中、色とりどりの花々が咲く美術館や博物館に到着すると、館内はさらに穏やかな空気感です。
 美術館や博物館の多くは、館内の温湿度環境の急激な変化を避けるため、入り口に風除室を設けています。また、館内の空気圧を外気圧より高めにして塵埃(じんあい)や花粉や虫の侵入を防ぐようにもされています。歩行性の虫は、ドアの下につけたブラシで侵入を遮ります。こうした措置をしても、館内では時折、館外から侵入した虫が発見されることがあります。
 春から初夏にかけて、背中がまだら模様の小さな虫(1.8~3.2mm)が、特に白いマーガレットや淡い色のデージーの周りで飛び交う姿に気づかれるかもしれません。ヒメマルカツオブシムシという名の甲虫で、成虫は花の蜜などを餌としますが、幼虫は植物質・動物質を食害し、衣類の被害が顕著です。危険度の高い文化財害虫のひとつですが、成虫も幼虫もごく稀に館内で発見されることがあるのです。私もたった一度のことですが、入館者の肩についている姿を目撃し、捕獲したことがあります。
 美術館や博物館では、敷地内にヒメマルカツオブシムシが好んで集まるかもしれない植物を、念のために植えないようにしているところもあります。私は春から初夏に展覧会に出かけると、入り口で思わず肩を払ってしまう癖がついてしまいました。
(2020年5月号掲載)

雨の日の美術館や博物館

 梅雨の季節になりました。雨の日は来館者が減少することもあるので、展覧会はお勧めのお出かけスポットとしてよく紹介されています。また、この季節の雨の日ならではの樹々や花々の深い濡れ色に、魅力を感じる方もおられるでしょう。公園や館の庭の緑や青や紫のグラデーションが、展覧会に出かける楽しみを深めてくれるかもしれません。
 今年(2020年)は新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、多人数が集まる展覧会は中止・縮小・延期対応がなされ、地域の現況により休館の対策がとられています。休館中もSNSによる細やかな情報発信、学芸員の美術品解説の動画配信、ウェブ上で館内を自由に観覧するなど、インターネットの活用による積極的な取組みが行われ、今後はワークショップ等のオンラインイベントも期待されます。
 美術や音楽などの芸術鑑賞は、こころの栄養補給にたとえられます。自然災害の際には、美術館は「こころの避難所」としていち早く開館されました※ 。こころ和む空間と癒しの時間で、こころにも栄養が届いたのではないでしょうか。今年は、インターネット上の美術館や博物館も巡りながら、大いに栄養補給ができれば有り難いことです。
 来年の雨の日は、往来の樹々や花々がしっとりと雫をまとう姿に癒されつつ、美術館や博物館を楽しみたいものです。
(2020年6月号掲載)

※ 『地震のあとで After the Earthquake』熊本市現代美術館2018年

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