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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

植物と人々の暮らし(2)

東京学芸大学 名誉教授・植物と人々の博物館 研究員 木俣美樹男
▼植物と人々の博物館▼
http://www.ppmusee.org

早春に香る蝋梅(ろうばい)と梅

 薄茶色の冬景色の中、東京都三鷹市の野川公園を散策していると、目覚めのまどろみのような甘い香りにふと気づきます。周りを見渡すと、薄黄色の曇りガラスのような蝋梅の花が目に留まりました。
 蝋梅は中国原産の落葉樹で、17世紀の江戸時代に伝来しました。早生種は12月頃に、晩生種は2月にかけてやや下向き加減に咲きます。蝋梅の名は、本草綱目(ほんぞうこうもく)によれば、半透明でにぶいツヤのある花びらがまるで蝋細工のようであり、かつ臘月(ろうげつ)※1 (旧暦12月)に咲くことにちなむといわれています。
 日本では晩冬、小寒(しょうかん)から立春の前日までの間の季語とされています。花言葉は、「ゆかしさ」、「慈しみ」、「先導」、「先見」です。花やつぼみから抽出した蝋梅油を、華佗膏(かだこう)※2 の香料として使用します。
 まだ寒い早春の頃に、南風にのって薫る薄桃色の梅が咲きます。梅も中国から伝わったのですが、それがいつなのかは諸説あります。それでも、在来種のようになじんでいます。和歌には多く梅香が読まれています。梅の花言葉は、「高潔」、「忠実」、「忍耐」です。英語でも「約束を守る」、「忠実」、「美と長寿」の象徴のようです。
 香り高い両種の花言葉のように、高潔で想いやりのある人柄を敬愛します。
(2022年2月号掲載)

※1 旧年と新年をつなぐ月
※2 殺菌、かゆみ止めなどに効果がある薬

春爛漫(らんまん)の桜の香り

 春爛漫の象徴といえば、桜花(おうか)でしょう。ソメイヨシノの蕾(つぼみ)がほころび始め、満開になり、そよ風に舞い落ちる花びらが路を敷きつめるさまは比類ない美しさです。ところが、花見の宴に桜の香りを愛でる人は少なかったようです。同じ頃に咲く沈丁花(じんちょうげ)の香りが強いので、気にも留められなかったのでしょうか。ただ、桜花の中でもオオシマザクラなどには香りがあります。ある化粧品会社の調香師が職人気質から桜花の香りに関心を持ち、「花桜」という香水を作りました。これは市販されず、お得意様のみに贈られたそうです。
 桜茶(さくらちゃ)は、桜の花びらを梅酢と塩で漬けたものを、お湯で戻した飲みものです。湯の中で花が開くさまが美しく、結納や結婚式の待合など、めでたい席で供されます。また、桜の葉で餅菓子を包んだ桜餅は、良い香りのする雛(ひな)菓子のひとつであり、春の季語でもあります。また、日本では、燻製を作る際に用いるスモークチップには、燻香が強く主にヤマザクラから作られる桜チップがよく使われています。
 このように桜は花だけではなく、葉や枝の香りも大切に用いられてきました。桜の花言葉は、「精神美」、「優美な女性」、「純潔」です。日本人の美意識を象徴する花と称えられ、また、日々の暮らしの中でも親しまれ、愛されてきたことがとても嬉しいです。
(2022年4月号掲載)

雨間(あまま)に匂う梔子(くちなし)

 梅雨の時期に咲き競うのは多彩な色合いのアジサイですが、雨間に匂うのは梔子です。静岡以西の山地で自生していますが、園芸品種もよく見かけます。私が植えた梔子はオオスカシバの大きなイモムシに食べられ、なかなか花が咲きません。その後、大きな蛾に変態したオオスカシバが枝にとまっていて、本心ではとても悔しいです。それでも、柚子(ゆず)でアゲハチョウの幼虫がたくさん育つなど、街中(まちなか)の小さな庭でも生物多様性保全に貢献していると思います。
 梔子は果実が裂開(れっかい)しないので、口がない実の意味から「クチナシ」と呼ばれます。将棋盤や碁盤の足の形は梔子の実をかたどっており、「打ち手は無言、周りの人は勝負に口出し無用」の意味が込められているのです。梔子の果実は、薬や布の染色に用いられます。天然色素として、食品の黄着色にもよく使われています。花は湯がいて三杯酢などで食されます。ジャスミンに似た匂いをもち、香水にも用いられます。
 梔子は、詩集や歌の題名に多く見られます。花言葉は、「優雅」、「喜びや幸せを運ぶ」、「胸に秘めた愛」などです。渡哲也さんのヒット曲『くちなしの花』は、多くの歌手にカバーされました。海軍に志願して戦死された宅嶋徳光さんの手記を遺族がまとめられた『くちなしの花』は英訳もされて内外に広く知られ、ドラマや芝居にもなりました。
(2022年6月号掲載)

暑熱(しょねつ)も清涼に香る縮砂(しゅくしゃ)

 真夏の陽射の中でも咲く花といえば百日紅(さるすべり)と夾竹桃(きょうちくとう)ですが、半日陰では、縮砂が甘く香っています。
 縮砂に初めて出会ったのは、静岡県三島市にある国立遺伝学研究所の御手洗でした。掃除をしてくださっていた方の暖かい心遣いを察して、この花が好きになりました。
 縮砂はジンジャーリリーとも呼ばれるように、ショウガ科の多年草です。インドのヒマラヤ山麓が起源で、カトマンズにはたくさん植えられており、祭事には神々を飾ります。調査旅行で訪れた南インドのニルギルヒルの森の中でも見ました。縮砂は、ポリネシアからハワイに伝わりました。ハワイでは蝶々のような形をした白い花でレイを作り、結婚式で花嫁にかけて幸せを祝福します。キューバにも伝わり、国花(マリポーサ)にもなっています。
 日本には江戸時代に伝わり、神奈川県鎌倉市の常栄寺や東慶寺などでよく見かけます。東京都小金井市の武蔵野公園の水田跡碑の脇にも咲いています。香水の材料にするのはもちろんですが、漢方薬としても用いられています。
 花言葉は「豊かな心」、「慕われる愛」です。平穏な暮らしを願って、心も美しく香るようにありたいです。
(2022年8月号掲載)

キンモクセイの香りと実

 キンモクセイ(金木犀)は晩秋に芳香を放ち、樹下に美しく金色の花を敷きつめます。
 モクセイの品種には、キンモクセイ、ウスギモクセイ、ギンモクセイ、ヒイラギモクセイがあり、品種により花の色と香りの強さに違いがあります。キンモクセイは最も香りが強く、庭木としてよく植栽されています。モクセイは雌雄異株あるいは両性花と雌花をつけますが、キンモクセイは、江戸時代に中国から花つきが良い雄株のみが伝播してきたので実をつけることはありません。
 静岡県三島市にある三嶋大社には、樹齢1200年と推定されている国の天然記念物のキンモクセイがあります。実をつけないはずのキンモクセイに三嶋大社では実がなっていたので、私が学生の頃には大発見したと思っていました。しかしよく調べてみると、「品種:ウスギモクセイ」という注意書きがありました。雄株ばかりのキンモクセイはやはり実がつくことはないのですが、ウスギモクセイには雌花もあるので実がなるのです。
 キンモクセイは香水、生薬、花茶、ワイン漬け、蜜煮などにして利用されています。花言葉は「謙遜」、「気高い人」、「真実」、「誘惑」、「陶酔」などで、なんとなく矛盾していて甘く謎めいています。
(2022年10月号掲載)

冬に香る枇杷(びわ)の妙味(みょうみ)

 枇杷は冬に白い小さな花が咲き、寒風の凪(な)いだ陽だまりに、バニラアイスクリームのような甘い香りを漂わせます。訪花昆虫などの少ない季節でも自家受粉で結実し、初夏、黄橙色に熟します。
 果実は甘く、旬に食したいです。そのまま食べたり、缶詰にしたりします。茶色い種子は生薬の杏仁の代用、葉は薬用として枇杷茶や入浴剤にします。薬用効果にあやかり縁起物の長寿杖として、また、激しく打ち合わせても折れることがないので、剣道用の高級な木刀としても利用されています。
 種子からの成長は遅く、「桃栗3年柿8年、枇杷13年」などとも言われています。食べた後の種子を大学の農場で播いてみたところ、大きく育ちました。たわわに実がなるので、授業の教材として、幼稚園児から大学生の皆さんに好きなだけ採って食べてもらいました。脚立に乗っても採れない高い所の美味しい実は、悔しいですがカラスにやりました。
 種子には青酸配糖体であるアミグダリンが多く含まれていますが、果実の成熟とともに分解されるため、熟した果肉や加工品を通常量摂取する場合には、安全に食べることができます。
 花は立冬から大雪まで、実は仲夏から小暑までの季語になっています。花言葉は「温和」、「あなたに打ち明ける」。言い得て妙です。
(2022年12月号掲載)

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