Kanbunken 環境文化創造研究所

COLUMN

- コラム

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

異臭苦情問題を考える

公益社団法人 日本食品衛生協会 技術参与 佐藤邦裕

目に見えないので、よけいに不気味

 味や香りの感覚は一体となって認識されるため、異臭苦情は、異味苦情と区別することが困難です。
 「味や香りがおかしい、いつもと違う」という苦情は、食品の安全や安心に関する事件や事故の発生に敏感に反応して増減します。こうした傾向は、異物混入苦情にも見られます。食に関する事件や事故の報道によって消費者の食に対する不安が増すと、購入した食品を食べる前に目で眺め、匂いを嗅ぐことが増えます。目で見て感じた異常の申告は、異物混入苦情としてカウントされます。一方、目で見て異常は感じなかった場合でも不安を感じながら食べたり飲んだりすると、いつもと味や香りが異なるように感じたりするものです。この場合には、異味・異臭苦情としてカウントされます。匂いや香りの異常は異物のように目には見えないだけに、よけいに不安が増すようです。たとえ苦情を申告しなかった場合でも、途中で食べるのを止めて捨ててしまうこともあります。
 食品の中でも、農・水・畜産物などの生鮮品は人間が手を加えていないだけに、産地や収穫時期、天候などが味覚や香りに与える影響は少なくありません。こうした味や香りの変化は生鮮品である以上当然のことですが、消費者の食品に対する不安感が増大した際には、異味や異臭と感じてしまうようです。
(2018年8月号掲載)

人によって異なる臭いの表現

 皆さんは、「薬クサイ」という言葉を使ったことがあると思います。ところで、皆さんが「薬クサイ」と言ったニオイ原因物質と、お友達のAさんやBさんが言う「薬クサイ」の原因物質は、同じなのでしょうか。
 そもそも、「薬クサイ」とはどんなニオイでしょう。人はそれぞれの生活体験から、ニオイや香りを認識して言葉にしていることが多いものです。これはニオイや香りなど、臭気最大の特徴であり、対策を考えていく際には常にインプットしておかなければならないポイントです。
 消費者からの苦情対応でたびたび感じることですが、調査して原因物質が特定されてから振り返ってみると、原因物質が同じ場合でも消費者からの苦情内容がさまざまであることは珍しくありません。異臭苦情は異物混入苦情と比較すると広範に同時多発(ロットクレーム)する場合が多く、発生初期に予兆を捕らえることが最重要課題ですが、苦情の表現が異なることがこの作業を困難にしています。
 異味や異臭の苦情発生に対して、消費者への初期対応や原因物質・発生原因の特定、発生防止対策をしっかりと遂行していくためには、消費者苦情として頻度の多い異臭原因物質についての最低限の知識と、実体験を通した官能体験をしておく必要があります。苦情対応者のためのトレーニングを目的とした体験キットなども、市販されています。
(2018年10月号掲載)

人間の鼻は優秀なセンサー

 異臭苦情のような目には見えない原因物質を扱うときには、どうしても機器分析に頼りがちになります。分析機器にかけた結果のグラフを示されると、なんとなくわかったような気になるものです。分析機器は、目には見えないものを目に見える形にしてくれる効果が大きいのだと思います。
 ところで皆さんは、分析機器と人間の鼻と、どちらが臭気感知能力が高いと思いますか。「分析機器に決まっているじゃないか」との答えが聞こえてくるような気がします。けれど、それは本当に正しいのでしょうか。実際にはニオイの種類により異なりますが、高価な分析機器よりも人間の鼻のほうがはるかに優秀に異臭を感知できることは少なくありません。人間の鼻が感知できる臭気の最低濃度のことを「嗅覚閾値(いきち)」と呼んでいますが、この嗅覚閾値が、分析機器で検出できる最低濃度よりさらに低い場合がたくさんあります。
 嗅覚閾値の低いニオイ物質には、カビ臭の原因物質である2-メチルイソオボルネオールや2,4,6-トリクロロアニソール、腐敗臭の原因物質のトリメチルアミン、油の酸化臭の原因となる2,4-デカジエナールなどがあり、苦情品でかすかに異臭を感じる場合でも分析結果は検出せずということが起こります。私たちの鼻は、立派なセンサーなのです。
(2018年11月号掲載)

「美味しさ」と「におい」は表裏一体?

 食べものは、舌で感じる味覚と香りが一体となって美味しさを感じるものですが、コクや滋味(じみ)※ ・風味といった領域には、においと密接に結びついているものが少なくありません。特に滋味は、初めて食した時にくさみが鼻について食べにくくても、繰り返し食べているうちに、はまってしまうものです。酒のつまみとして珍重される「くさや」、近江地方の「鮒(ふな)寿司」などが代表格ですが、納豆なども食べる習慣のない地方ではあまり好まれない食品のようです。こうした食品は世界中に存在しているようで、中国の「腐れ豆腐(フーチー)」やスウェーデンのニシンを発酵させた缶詰「シュールストレミング」が有名です。いずれも発酵食品で、においには微生物が関与しています。
 最近は肉もよく食べますが、日本人の食文化のルーツは魚介類にあるようで、豚肉の臭気(獣臭)にはとても敏感です。繁殖豚で老齢となったものを大貫豚(たいかんぶた)といいますが、日本人は特にオスの大貫豚に不快臭を感じることが比較試験で確認されています。日本では、豚のオスは繁殖用以外は去勢して飼育するのが普通ですが、外国では去勢していないのが普通です。全国各地で「〇〇豚」といった銘柄豚が飼育されていますが、そのキャッチコピーでは、ほとんどが例外なく「においがない」ことを謳(うた)っています。
(2019年1月号掲載)

※ うまみ、味わい

カビ自身が作り出す本来のカビ臭

 カビ臭には、カビ自身が作り出す本来のカビ臭と、カビが特定の物質を変化させて発生するカビ臭の2通りがありますが、今回はカビ自身が作り出すカビ臭についてです。
 カビ臭の原因物質としては、2-メチルイソボルネオール(2-MIB)やジオスミンがよく知られています。淀川水系など、各地の水道水で発生したカビ臭の原因物質となったことから全国的に認知されるようになりました。淡水中で生育しやすい放線菌や、ラン藻類による影響が指摘されました。金魚や熱帯魚などの観賞魚を飼育している方もいると思いますが、水換え頻度が不足したときや、餌を与えすぎて水質が悪化したときなど、水槽底面に敷いてある砂利などに緑色の海苔状苔類が張り付くように発生した経験はありませんか。一大決心をして水槽の大清掃を決行すると、猛烈なカビ臭がしたと思います。それが、2-メチルイソボルネオール(2-MIB)やジオスミンの臭いです。
 養殖池の管理不良による水質悪化が原因で、海外産養殖エビのカビ臭や泥臭の苦情が多く発生しています。また、国内でもシジミやウナギで同様の苦情が発生しています。水産物に限らず海外の食品工場では、水源からの影響で水道水にカビ臭が発生し、製造用水を通じて原料や製品に移行する場合があるので注意が必要です。
(2019年2月号掲載)

特定の物質を変化させて発生するカビ臭

 カビ臭の2回目は、カビが特定の物質を変化させることで発生するカビ臭についてです。世界最強のカビ臭物質として知られているTCA(2-4-6トリクロロアニソール)は、このメカニズムで発生します。
 物流倉庫などで貨物の移動や運搬に活躍するフォークリフトとともに使用されるパレットにはいろいろな材質のものがありますが、労働安全上、滑りにくい木製のものが多く使用されています。木製のパレットにカビが生えることを防ぐ目的でTCP(トリクロロフェノール)が防黴剤として広範に使用されています。そして、もともとそこにいたペニシリウム(アオカビ)属・アスペルギルス(コウジカビ)属・トリコデルマ(ツチアオカビ)属などのカビ類が、防黴剤として使用されたTCPを無毒化するためにメチル化し、TCA(2-4-6トリクロロアニソール)などに変換されることが明らかになっています。もとのTCP自体にも消毒臭がしますが、それがTCAに変換された途端、けた違いに強いカビ臭を発するようになります。もともとカビを防ぐ目的で使用されたTCPがカビ臭の原因となってしまうという、なんとも皮肉なことです。
 また、輸入ワインでカビ臭が大発生したことがありますが、コルク栓を使用する以上、完全に防止するのは困難※ ですので、もしあたってしまったら栓を捨てずに購入店に相談してみましょう。
(2019年3月号掲載)

※ ワイン大国のフランスではこの現象は昔からよく知られていて、ブショネ(コルク臭)と呼ばれている

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