Kanbunken 環境文化創造研究所

COLUMN

- コラム

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

イルカが教えてくれること(2)

イルカ研究家・日本ウエルネススポーツ大学 特任教授 岩重慶一

イルカの海は香る

 私たち人間がこの世界で生きるということは、常に五感によって周囲を知覚し、それにもとづいて行動していることを意味します。これらの五感、特に嗅覚が私たちの生活に大きな影響を及ぼしているということは、香りが忘れられない思い出として心に残ることからもわかります。
 研究のために御蔵島(みくらじま)で過ごしていた頃、私は毎朝早く外に出て、民宿の煙突から流れてくる薪を燃やす煙の、目にしみるようなツンとくる青白い香りを楽しんだものでした。またあるときは、イルカの背が浮いたり沈んだりして現れる海辺に降りて行き、その空気を胸いっぱいに吸い込みました。いろいろな香りが混ざりあった海辺の空気に包まれていると、たとえ目の前にはなくても、島の至る所に自生しているサクユリの花、エビネの女王といわれるニオイエビネラン、面白い形をした島の生きものたちが鮮やかにイメージできました。
 やがて私が年老いて、長い間イルカや海から離れて暮らしたとしても、久しぶりに海辺に帰ることができたならば、海の香りを大きく吸い込んだとたんに、楽しかった島での日々やたくさんの忘れられない思い出がほとばしるように蘇ってくるのではないでしょうか。
 皆さんにも、思い出の香りがあることでしょう。今度ぜひ、久しぶりにその香りをかいでみてください。きっと心が元気になるはずです。
(2017年3月号掲載)

イルカのオーケストラ

 イルカの奏でる音楽は、環境を測るクリックス音※1 、喜びや驚きを表す層状(そうじょう)音、仲間との会話のホイッスル音と3つに分けられます。私はよく、子どもたちとシュノーケルをくわえて御蔵島(みくらじま)の青い海に出て、白滝(しらたき)の下やボロ沢※2 や元根(もとね)の中で、生まれたばかりの小さなイルカを連れた親子を見つけようと約束します。
 イルカの水中音は中高音域のオーケストラで、体中を脈打つように響きます。私たちが近づくと、海の深さごとに鋭く甲高い音色に変わり、仲間との交信が激しくなっていきます。そして楽しげな遊びの調べを奏でると、深く暗い海の底へと消えていきます。
 浮き袋とシュノーケルを頼りにイルカの音楽隊をたずね泳ぐひとときの冒険は、どんな子どもも大好きです。子どもたちは、海に浮かんで目をこらし、じっと待っている間に、海の神秘性と美しさを感じとり、自然がいかに生き生きとしているのかを知るのです。
 イルカたちの音楽を聴くときには、オーケストラ全体の音をとらえようとするよりも、親子なのか群れなのかの様子を見極めて、1つひとつの楽器を聴き分けるように、それぞれのイルカのいる場所をつきとめようとするほうが、より楽しめます。
(2017年4月号掲載)

※1 人間には聴くことのできない「超音波」で、低い部分だけが「ギ~」と鳴いているように聴こえる音
※2 白滝の源流

イルカの保母さん

 イルカは水の中で暮らしていても、魚のようなエラ呼吸ではなく肺呼吸を行っていますから、息を吸うときにはかならず水面上に出てこなくてはなりません。私たちが海に入る前にボートの上から見ていると、青い海の底からイルカが潜水艦のように浮上し、突然シュパーッと音を響かせて驚かされることがあります。
 ところで、イルカのお母さんは1人だけではないことをご存知ですか。イルカの群れは母系社会で、天敵のサメを警戒しながら、お母さん以外の雌イルカたちも交代で子育てを手伝います。新しい生命の誕生を祝って、手助けをしてくれる頼もしい仲間がいるというわけです。彼女たちは、母イルカの出産時から介助役として約2年間にも渡り母子を外敵から守り、種を守るための世話を本能的にするのです。私は、こんなイルカたちのことを「イルカの保母さん」と呼んで、陰ながら応援しています。
 みなさん、今度ぜひ、初夏の御蔵島(みくらじま)に行ってみてください。きっと、母イルカと養育係のイルカが、春先に生まれた子イルカを真ん中に挟んでゆっくりと泳いでいる姿を見ることができることでしょう。タイミングが合えば、のんびりと授乳する母子の微笑ましい姿も観察できるかもしれません。
(2017年5月号掲載)

水中出産の神秘

 リオデジャネイロオリンピックで活躍した競泳の池江璃花子(いけえりかこ)選手は、水中出産で生まれ、イルカのように速くしなやかなスイマーに成長されたそうです。水中でのお産の主な特長は、母子ともに痛みが少なく、羊水と同じ温度や水の環境で母体をリラックスさせるので恐怖の波動が少なくて安心だといわれます。日本でも昔から、海辺の海水温泉などを利用した痛みの少ないお産の事例があったようです。
 イルカは、人間と同じく1回のお産で1頭しか産まない単胎の哺乳動物ですが、陸上の動物と違って水中でお産をします。空気を吸う哺乳動物の胎児がいきなり海中に産み出されるのですから、これは心配です。母イルカのお腹からイルカの尾が出る、人間ならば逆子の生まれ方です。付き添っているのは産婆さん役の雌イルカです。無事に水中でへその緒が自然に切れると、みんなで元気な赤ちゃんイルカを水面へ押し上げてやり、最初の空気呼吸をします。人間のようにオギャーとは鳴きませんが、これがまさに最初の呼吸となり、すぐに泳ぎ出す力になります。
 私はこれまで、野生のイルカや水族館でのさまざまな出産シーンを見てきましたが、水中出産でゆったりとした時間を経て生まれるイルカの赤ちゃんの姿には、そこに立ち会った全員が「生きる喜びと力」をもらい、癒されます。
(2017年6月号掲載)

イルカの危機管理

 今回はイルカのお昼寝を通して、危機管理について考えてみたいと思います。
 イルカは水族館の人気者で可愛らしいイメージがありますが、海のギャングともいわれるサメが大嫌いです。イルカと泳ぐツアーなどで、食後のイルカが水面近くでプカプカと浮きながらお昼寝をしている場面によく出会います。けれど、近づくとすぐに動き出し離れていきます。もしぐっすりと眠り込んでしまったら、隠れるところのない海では、大嫌いな怖いサメに襲われるかもしれないことに細心の注意を払っているのです。
 携帯電話もパソコンもないイルカは、サメの動きや気配を事前に教えてもらうことはできません。ですから食事をするときも寝るときも、イルカは身体全体を使って「ご用心、ご用心」と自分に言い聞かせながら、すべての感覚器官を研ぎ澄ませています。特に聴覚でとらえた音波で危険を察知して、瞬時に身を動かして守る行動をとっているのです。
 イルカは、のんびりと楽しんで遊んでいるときにこそ、思いもかけない落とし穴が潜んでいるかもしれないと思い、決して油断しないのでしょう。たとえ今は安全な状況でも、物事を静止した状態で捉えてはならない。海で生きるイルカの行動は、私たちに安全に生きるヒントを与えてくれています。
(2017年8月号掲載)

イルカの心

 2017年の1月、フロリダ州南西部エバーグレーズ国立公園のホッグ・キー海岸に82頭のオキゴンドウ(ハクジラの仲間)が座礁し、大量死しました。これまでにも鹿児島県種子島、宮崎県日南海岸、茨城県の海岸など浅い砂浜などでイルカ群が集団で乗り上げる、いわゆる集団座礁が起きています。付近にいた人々や漁師たちが、溺れるイルカを救助して沖へ放しても多くのイルカは逃げようとせず、苦しんでいる仲間のもとへと泳ごうとして再び溺れ、死んでしまいました。イルカが集団でこのような行為をするのはなぜでしょうか。耳に寄生虫がいるために方向感覚を失うとか、超音波を出す機能が遠浅の砂州(さす)※ では反応しないなど、いろいろな説がありますが、まだよくわかっていません。
 イルカたちは日頃から仲間意識が強くチームワークで餌をとり、サメに襲われそうな仲間の危急を見殺しにはしないという本能にも似た相互扶助の習性があるのかもしれません。人間の社会でも、海水浴中の子どもが溺れかかったときに、見つけた人が助けに行き、自らは亡くなってしまうという事故がよく報道されます。そこには状況判断や危険防止などの理性的働き以前に本能的なものが働き、「助けなければならない」という心が生まれるような気がしてなりません。その心のレベルは、イルカと人間とでは、どれくらいの差があるのでしょうか。
(2017年12月号掲載)

※ 流水や潮流などが運んだ土砂が、海岸や湖岸にたまってできる砂の堆積構造

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