Kanbunken 環境文化創造研究所

COLUMN

- コラム

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

展覧会に出かけると(2)

放送大学 客員教授・九州国立博物館 名誉館員・一般財団法人 環境文化創造研究所 顧問 本田光子

ウィズコロナのミュージアム

 1月の美術館・博物館は、例年、多くの館で新春にふさわしい作品が陳列されたり、地域ならではのお正月イベントも催され、家族連れや着物姿の訪れもあり、和やかな雰囲気です。今年は、世界中のミュージアムが、新型コロナ感染拡大防止に取り組みつつ迎える新年となりました。
 昨年(2020)2月末頃から、美術館・博物館は、展覧会の中止や延期または休館となりました。その後、感染拡大状況と各館の実情に応じた対策が行われ、再開館しました。会場の消毒・清掃・換気の徹底や三密(密閉・密集・密接)の防止、マスク・検温・手指消毒・大声回避、連絡先や健康状態のチェックリスト提出など、来館者の協力と職員の健康管理も含め各館の工夫や努力が積み重ねられています。混雑が予想される展覧会では、入館時間帯指定チケットの事前購入が一般的となりました。
 新型コロナは無症状のままで感染を広げ、誰もが罹(かか)り誰もが移す可能性のあることが特徴です。拡大防止には人と人との物理的距離の制限が必要ですが、心の繋がりを妨げるものではありません。ビフォアコロナの長時間行列・超混雑会場とは違い、適度な間隔で美や技を鑑賞できる今だからこそ、まなざしで笑みを交わすことができるような気がします。
 年の始めは、ウィズコロナのミュージアムで初春を寿(ことほ)ぐ展示を楽しみ、心穏やかで心豊かなひと時を過ごしてみませんか。
(2021年1月号掲載)

「快適な湿度」にまもられて

 冬は室内空気の乾燥が気になります。毎年、インフルエンザや風邪の予防のために、室温・湿度の管理が呼びかけられます。今年(2021)は、特に新型コロナウイルス感染対策として、さらなる注意喚起が行われています。
 一般に、ウイルスは低温低湿状態で活動が活発化するものが多いといわれ、新型コロナウイルスも例外ではありません。暖房による低湿化を防ぐことが重要で、湿度を40~60%に保つことが推奨されています。適切な湿度は、ウイルスの活動を抑制すると同時に、人の鼻・口・喉・目などを乾燥からまもり、感染を予防する効果を高めるからです。
 ところで、美術館や博物館は、作品や資料の保存のために、展示室や収蔵庫内の温度・湿度を空調装置で制御します。温度は季節により変えますが、湿度は年間を通して50~60%を維持する館が多いでしょう。展示ケース内の湿度だけが管理される場合もありますが、美術品が露出で展示されている展覧会場であれば、会場に温湿度計が設置され、湿度制御が行われているでしょう。美術品の種類にもよりますがその多くに適切な湿度環境は、ウイルスの不活性化に効果がある湿度であり、人への感染予防にも適した「快適な湿度」なのです。
 この冬は、適度な隔たりとまなざしの笑みを交わしつつ、展示品にも観覧者にも「快適な湿度」にまもられ、鑑賞を楽しみませんか。
(2021年2月号掲載)

ひなまつり、人形に願いを託して

 3月3日は桃の節句、女の子の健やかな成長と幸せを祈る「ひなまつり」の日です。緋色の毛氈(もうせん)にひな人形を飾り、桃の花を供えて祝う、旧暦のこの日のまつりがいつ頃から始まったのか、確かにはわかりませんが、少なくとも江戸時代には年中行事として広く行われていたといわれます。
 全国各地の伝統的なひなまつり行事は、例年、2月初めの立春過ぎから開催され、彩り華やかな街並みは大勢の人々で賑わいます。昨年(2020)に続き今年もまた、新型コロナウイルス感染症の影響で大規模なひなまつり行事の多くが中止となり、ひな巡りの楽しみも来年に持ち越されました。
 この時期には各地の美術館や博物館でも、ひなまつりにちなんだ展覧会が催されています。お近くの館で、静かな節句はいかがでしょうか。時代を経た旧家ゆかりのお人形やお道具は、観る人にこころ穏やかな時をもたらすと同時に、ひな人形に込められた願いや歴史に出会う場ともなるでしょう。今年は、ひな人形に加え、新型コロナ収束の願いを託し「疫病除け」の人形を紹介する館もあります。江戸時代以前、人形は疫病から人々を守る力があるとも考えられていたからです。
 今年は、8番目の孫の初節句に、彼女や同世代の子どもたちの健やかな成長を望む気持ちがこれまでの7人の孫の時とは比べようもなく強いことに気づき、人形に願いを託してきた歴史に想いを馳せています。
(2021年3月号掲載)

美術館・博物館の風除室

 春の強い風の日、美術館・博物館に到着し風除室に入るとホッとします。埃(ほこり)っぽい強風から逃れ、穏やかな空気感へ一歩近づいた気がします。
 風除室は美術館・博物館にとって重要な設備です。館内に風が直接入ることを防ぎ、温湿度変化や黄砂・花粉そのほか風に運ばれる塵埃(じんあい)など空気汚染物質流入の影響を低減する緩衝空間です。建物の出入り口の外側に小室を配し、その開口部から離れた位置に外との出入り口を設けます。外から最初の扉を開けて人が入ると風も一緒に入りますが、建物本体の扉が閉じていれば風はとまります。最初の扉を閉めた後に建物本体の扉を開けるようにすれば、外気の館内流入を低減できるでしょう。
 空調設備が整った建物であれば、空調効率を上げるためにも風除室は必ず配置されています。また、建物内の気圧が陽圧※ で維持されていれば、風除室の外気は館内に流入しないでしょう。風に運ばれる粉塵は館内発生の塵埃と同様、いつしか文化財の表面に摩耗や汚損を与えたり、カビや虫卵が含まれていれば生物被害につながったりもします。黄砂は大気汚染物質を吸着し、腐食や変色を起こす心配もあるのです。
 傘立てや靴底の汚れ取りマットも置かれる風除室は、外からの異物をこれでもかと食い止めているようです。風除室は、日々気づかない当たり前の積み重ねの大切さを教えてくれるようにも思えます。
(2021年4月号掲載)

※ 私たちが生活している通常の大気圧よりも高い圧力の状態

美術館・博物館の「前室」

 新緑の樹々、アウトドアレジャーの季節です。テントの前室は爽やかな風や柔らかな光の中、穏やかな時間を過ごす場所となります。
 前室とは、建物の主室の環境を一定に保つために入り口に設ける部屋のことです。テントの前室も外気の影響を軽減する空間ですが、テラスとしても活用されています。クリーンルームの前室は、一般環境の塵埃(じんあい)などを清浄環境へ持ち込まないようにするための場所です。劇場や音楽ホールの客席は二重扉になっていて、内側と外側の重い扉の間の空間が前室と呼ばれ、遮音のために設けられている場所です。
 4月号でご紹介した「風除室」も、冷気や暖気、粉塵の侵入軽減のための前室の一種です。美術館や博物館には、ほかにも前室の機能を果たす場所が複数あります。文化財公開施設では、展示室は観覧者の出入りによって外部環境の影響を受けないこと、文化財の出入り口は搬出入時の外気の影響を避けること、文化財を保管する収蔵庫には必ず前室の機能を持つスペースを設けることなどが求められるからです※ 。
 美術館・博物館は、空調の制御と前室により外部環境の影響を防ぎます。館入り口に風除室、展示室入り口に扉やスペース、あるいは二重扉による前室の機能を設けてさらなる影響の軽減をはかります。美術館・博物館の前室は、文化財が置かれた環境の穏やかさを支える場所なのです。
(2021年5月号掲載)

※ 「文化財公開施設の計画に関する指針」文化庁HPより

傘のある風景

 2年前(2019)の梅雨の頃、傘をさして展覧会に向かうと、遠くから入館待ちの色とりどりの雨傘の行列が見えました。陽射しの強い季節には列に並ぶ方々へ日傘を用意する館もありますが、コロナ禍前のミュージアムでは、たくさんの傘の連なりは展覧会の混雑状況を知らせる風景でした。
 館内には、季節や天候などにかかわらず傘のある場所があります。展覧会のもうひとつの楽しみ、ミュージアムショップです。根津美術館の国宝『燕子花図(かきつばたず) 』や箱根のポーラ美術館の『睡蓮(すいれん)』、館蔵品をモチーフとした傘は、両館の魅力的な人気グッズです。山形県鶴岡市立加茂水族館の『雨空を泳ぐクラゲの傘』はクラゲの透明な姿をイメージでき、水族館ならではと大評判。長崎県立美術館のビニール傘は、地元デザイナーが描く美術館の日常満載で好評です。MoMAニューヨーク近代美術館の『スカイアンブレラ』は、開くと内側に青空が広がり白い雲が浮かび、雨の日が愉しい超ロングセラー。台湾の国立故宮博物院には同館の碧玉(へきぎょく)製『白菜』のグッズが多数ありますが、薄緑色の濃淡で縁取られた白い傘は、折畳むと白菜になるお楽しみの一品です。
 今後、ウィズコロナのミュージアムでは、混雑状況を知らせる館外の傘の行列は消えるかもしれませんが、各館の特色が嬉しいミュージアムグッズの傘は、引き続きさまざまな風景を楽しませてくれるでしょう。
(2021年6月号掲載)

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