イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

食品衛生に取り組むあなたへ(3)

リテールHACCP研究所 山森純子

仕事における「態度価値」

 オーストリアの精神科医であり心理学者のヴィクトール・フランクルは、「人間は誰でも、人生において3つの価値を求めて生きている」と言いました。
 1つ目は、「創造価値」であり、ものを生み出すときに感じる喜びです。仕事でいえば、なんらかの商品やサービスを作り上げることや、自分なりに既存のものに工夫を加えて、世の中に送り出すときに感じる喜びといえるかもしれません。
 2つ目は、「体験価値」です。これは世の中から何かを受け取るときに感じる価値のことですから、自らの仕事に対してお客様から感謝の言葉をいただいたときや、仕事の過程や達成を仲間と分かち合うときに感じることができるでしょう。
 3つ目は、「態度価値」です。フランクルは、人間は前述の創造や体験ができなくなったとしても、「受け入れがたい運命に対して、どのような態度で臨むか」という態度価値だけは、最後まで取り上げられることなく残されていると述べています。
 私たちがもし、なんらかの受け入れがたい事実や環境に直面したときは、食品衛生を推進していくためにどのような「態度価値」を表していけばよいのか、一度立ち止まって考えてみませんか。
(2021年5月号掲載)

地平の融合

 哲学者のハンス・ゲオルク・ガーダマーは、人間は「先入見」という経験や環境によって形成された世界観のようなものに基づいて、理解や解釈を行っていると述べています。
 「先入観」という言葉はよく聞きますが、こちらが「良くない影響を与える固定概念」を示しているのに対して、「先入見」は否定的な面だけではなく肯定的な面も含んで使われることが多いようです。
 現在、コロナ禍で、かつてないスピードでさまざまな変化が起きています。私たちも今後、食に関わる未経験の事柄と数多く向き合うことになるかもしれません。
 さらにガーダマーは、人間は未経験の事柄に出会ったときにも、そのことをきっかけとして向上し得る能力を備えていることを「地平融合」というたとえによって示唆しています。人間は未知のものに出会ったとき、今持っている先入見をすべて捨て去るべきだということではありません。ガーダマーは「自分が現在いる地平」と「未知のものが属している地平」が一層大きなスケールで融合して、「新しい地平」が創造されると述べました。
 脳裏に浮かんでくるその壮大な光景は、そのような大きな力が人間には備わっていることを信じさせてくれます。
(2021年6月号掲載)

「今、ここ」

 仏教の本質を、「今、この時、自分がいる場所で実践することだ」とする考え方があります。
 曹洞宗の開祖である道元は、鎌倉時代に海を渡り、中国で修行しました。道場には、師匠や修行僧の食事、仏様への供物のすべてを預かる「典座(てんぞ)」という役割がありました。
 あるとても暑い夏の日に、歳をとった典座が、きのこを干していました。その姿を見た道元は、「なぜこんなに暑いときに、きのこを干しているのですか。あなたがやらなくとも、もっと若いほかの人にやらせれば良いのではないですか」と声をかけたそうです。
 その問いに、典座は、「他(た)は是(こ)れ吾(われ)にあらず。更に何(いず)れの時をか待たん」と答えます。「これは私の務めだ。私は、今この瞬間にしかできない修行をしている」ということを伝えたのです。
 日々の仕事で、「こうすれば良くなる」とか「このようにしてほしい」など、何事かを発見したり気がついたりしたとき、私たちは、いつもどのように行動しているでしょうか。
 あなたが「今、ここ」の精神によって行動することで、そこから何かを学んでくれる人が現れるでしょう。そして、その学びを得て行動してくれる仲間が必ず増えていくはずです。
(2021年7月号掲載)

異物混入対応のヒント

 HACCPの3つの危害は、「生物的危害」、「化学的危害」、「物理的危害」です。そして、これらの3つの危害に該当しない毛髪やビニール片など軟質の異物についても、製品に混入することのないよう、一般衛生管理によりしっかり対策する必要があります。
 ではもし、これら以外の「原材料に由来する皮や、調理時の焦げ」のような異物についてお客様からお申し出があったときには、どのように対応すればよいのでしょうか。
 今後、できうる限りの対策を尽くしたとしても、再発ゼロをお約束することが難しい場合もあります。
 お客様には、「お客様のための商品を、丁寧に、慎重にお作りすることができていなかったという点で、申し訳なく、恥ずかしいと思っております」とお詫びすることもひとつの方法です。そして、さらに「もし、現時点で少しでも健康に関するご不安がありましたら、かかりつけの病院を受診いただき、その結果を私たちにも教えていただきたいのですが、いかがでしょうか」とお伝えします。
 このようにお伝えすると、あなたがお客様を大切に思う気持ちも、いつも真摯にものづくりに取り組んでいる思いも、よりお客様に伝わりやすくなるはずです。
(2021年8月号掲載)

過去と未来の視点から考えるHACCP

 2021年6月からHACCPが完全義務化となり、食に携わる人に不可欠なものになりました。
 HACCPとは何かを紹介するものは世の中に数多くあるのでここでは説明いたしませんが、HACCPに取り組む目的は「事故が起きてしまったときに、遡(さかのぼ)って調査をするため」だと言われることがあります。
 これは、自らが「過去に販売した商品」について、「どの範囲で、どのような危険があるのかを社会に対して適切に説明し、対処する責任がある」と言い換えることができます。これも、社会に対する不可欠で大切な責任です。
 しかし、「未来」の視点で見てみると、また別の価値を見いだすことができます。自分たちの商品を愛してくださったお客様が突然被害者になったり、一緒に働いてきた仲間がその加害者になってしまうという本当に悲しい未来を、HACCPに取り組むことによって遠ざける力を持てるのです。そして、その力を持つ人を職場内に、世の中に、ひとり、ふたりと増やしていくこともできます。
 HACCPに取り組むべき理由は、過去の確認だけではないはずです。「未来を創る」、「未来を自分たちの手で変える」という視点も加えて、HACCPに取り組んでみませんか。
(2021年9月号掲載)

聖書の手洗い

 新型コロナウイルス感染症の予防策として、「手洗い」の大切さは皆の知るところとなりました。北九州市の牧師・奥田知志さんは、NHK『こころの時代~宗教・人生~』のなかで、聖書の中に登場する「手洗い」を、今の時代ならではの興味深い解釈で紹介されています。
 ある時、キリストと弟子たちに対して、「手洗いをしていない」と咎(とが)める人たちがいたそうです。当時の手洗いは、衛生的な意味合いのものではなく、汚れた存在とされた周囲の社会や人々と自分とのつながりを断ち切るための宗教上の儀式という位置づけでした。その手洗いをなぜ行わないのかという批判に対して、キリストは、「外から人の中に入って、人を汚すものはない。人の中から出てくるものこそ、人を汚すのだ」と伝えたそうです。奥田さんは、「周囲の人との関係性を断つためであれば、そのような儀式を行うつもりはない」というキリストの意思があったのではないかと述べています。
 現代社会では、衛生的な理由による丁寧な手洗いがさまざまな場面で必要不可欠であることに疑いはありません。しかしながらこのエピソードは、自分たちの属する集団の決まりだけを盲目的に行うことによって、人間としてもっと大切なことを見失ってはならないということを考えさせてくれるものです。
(2021年10月号掲載)

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