イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

安富和男先生の面白むし話(18)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

イラガの耐寒戦略

 刺蛾(イラガ)の幼虫は刺虫(イラムシ)と呼ばれ、ナメクジのような体形に鋭い毒棘(トゲ)を持ち、触れた瞬間に激痛を起こします。「三年疼(うず)き」という方言はその痛さを巧みに表現しています。毒成分はヒスタミンとタンパク質由来の発痛物質です。イラムシはカキ、サクラ、ウメ、クリなど多くの樹木につきますが、特にカキの葉を好み、秋季、梢(こずえ)に小鳥の卵のような繭を作って、蛹になる前の前蛹(ぜんよう)というステージで休眠して冬を越します。低温に極めて強く、その理由は二段構えの耐寒戦略を使うからです。
 まず第一に「過冷却」で凍結を防ぎます。過冷却とは凍るはずの温度でも凍らない現象です。秋が深くなるにつれ、栄養物質のグリコーゲンをグリセリンやソルビトールなどの糖アルコールに変えて貯え、これが不凍液の役をするのでマイナス20℃でも凍りません。
 もっと低い気温にさらされると体内に氷ができますが、組織の隙間の体液は凍っても細胞の中までは凍りません。これを「細胞外凍結」といい、第二の戦略になります。
 イラガの前蛹は過冷却で凍結を回避し、次に細胞外凍結という戦略で春を迎えるわけです。また、硬い繭は保温効果を高める防寒服の役目をつとめます。イラガの前蛹は釣り具店でタマムシとして市販されており、「三年疼き」も使い方次第で役に立っている世の中です。
(2012年12月号掲載)

トンボの冬越し

 日本には190種のトンボがすんでいて全ヨーロッパの種類数より多く、蜻蛉島(あきつしま)(秋津島)という古い名前にふさわしい国といえます。種類数の多さに加えて生態系が複雑で越冬態も多様性をもっています。
 卵で冬を越すのはアキアカネなどのアカネ類、ヤンマ科のオオルリボシヤンマやイトトンボ類のアオイトトンボなどです。アキアカネ(代表的な赤トンボ)の卵は沼や水田の水底や水際の土の中で、オオルリボシヤンマの卵は沼の倒木や苔(こけ)の中で、アオイトトンボの卵は沼の植物組織内で厳しい冬を過ごします。
 トンボの大部分(約85%)は幼虫(ヤゴ)で越冬します。オニヤンマの幼虫は成虫になるまで4~5年、「生きた化石」として著名なムカシトンボは7~8年がかりで成長するので、幼虫で何回も冬を越すことになります。盆トンボの別名をもつウスバキトンボは日本各地でおなじみですが、沼や水田にすむ幼虫は冬の水温が摂氏4度以下になると全滅してしまうので多くの地域では越冬できません。
 成虫で冬を越すのは、イトトンボ類のオツネントンボやホソミオツネントンボです。頭を上にして枝から垂直にぶら下がります。これは省エネの合理的な恰好です。強そうなヤンマでなく弱々しい感じのイトトンボが成虫越冬というのは面白く、トンボも見かけによらないものです。
(2012年12月号掲載)

片道長距離切符の旅をするトンボ

 ウスバキトンボは黄褐色、中型のトンボで体長約5cm、旧盆の頃に多いので「盆トンボ」の別名をもっています。日本本土の水田、沼、池や湿地に産卵して幼虫がふ化しますが、熱帯性のトンボのために冬季の水温が摂氏4度を下まわるとすべて死んでしまいます。したがって各地にたくさんいるこのトンボは、南西諸島やさらに遠い地域で育ち、壮大な旅をしてきた者ということになります。
 盆トンボの長距離の旅には2つの方式があります。その1つは一気に飛ぶ渡りです。体の割に翅(はね)が大きくて飛翔力が強く、熱帯性低気圧に乗れば大群で海を渡ることも可能です。潮岬(しおのみさき)南方500kmの南方定点観測船上で多数が採集されていることが、それを裏づけています。長距離飛翔のエネルギー源は貯蔵脂肪の効率的な利用でしょう。
 もう1つの渡り方式は、日本に上陸したあとに世代を繰り返しながら北上していく移動です。代表的な赤トンボのアキアカネは、往復の渡りをします。夏を山で過ごして成熟した成虫は、秋に故郷の平地へ戻って産卵し子孫を残す合理的な渡りです。
 ウスバキトンボはせっかく日本に渡ってきても、冬季に幼虫が死に絶えて子孫を残すことができません。帰りのない一方通行です。片道長距離切符の旅をするのは、なぜか。私たち人間には解くことのできない謎です。
(2013年12月号掲載)

ウンカの注油駆除と越冬地の探索

 半翅類の同翅亜目ウンカ科に属するセジロウンカは体長4~5mm、江戸時代にはしばしば稲の凶作を起こして大飢餓を招来(しょうらい)した稲作害虫です。大発生のピークがセジロウンカでは7~8月、トビイロウンカでは9~10月であり、それぞれ「夏ウンカ」、「秋ウンカ」と呼ばれています。
 日本における殺虫剤事始(ことはじ)めは、ウンカに対する「注油駆除」でした。寛文10年(1670年)、筑前国(現在の福岡県の一部)遠賀(おんが)郡の篤農家(とくのうか)・蔵富吉衛門(くらとみきちえもん)が水田に鯨油(げいゆ)を注ぎ、竹棒で稲株のウンカを水面の油膜に払い落として駆除する方法を考案しました。
 昭和に入って注油駆除に使う油の種類は、まず除虫菊浸出石油、次いで第二次大戦中には松の根を乾留(かんりゅう)して製造した松根油(しょうこんゆ)が使われ効果を発揮しました。筆者も松根油の実験にたずさわった経験をもっています。その後、馬酔木(あせび)の有効成分アセボチンを配した油も登場し、注油駆除はウンカ退治の主流でした。
 セジロウンカとトビイロウンカがどこで越冬しているのか不明の時代が続き、また、日本国内越冬説と海外からの飛来説が対立していたのですが、1967年の7月以降太平洋上や東シナ海の観測船上において相次いでウンカの大群が採集されました。梅雨前線の南側を吹く風に乗り、中国南部や東南アジアの越冬地から日本に飛来する結論のようです。
(2013年12月号掲載)

昆虫の生育日数と寿命

 昆虫の中で発育の速いのはハエの仲間です。代表的なイエバエの場合、卵期間1日、幼虫期間7日、蛹期間4日であり、12日くらいで生育を完了します。ショウジョウバエの発育はさらに速く、卵からわずか10日で成人式(成虫の羽化)を迎えるスピードぶりです。
 カブトムシは、ハエに比べて生育日数が長く約330日、成虫の寿命が平均50日であり、380日の一生を送ることになります。
 はかない命の虫として有名なカゲロウの成虫は、1日か2日で死んでしまいます。しかし幼虫は川の中で数か月から1年を過ごすので、一生を寿命と考えればハエよりも長寿です。
 幼虫時代がもっと長いのはセミの仲間です。セミの幼虫は土中にすんでいて、多くの種類は4~6年かかって成長します。アメリカにすむ17年ゼミの幼虫は17年間も土の中で暮らします。これは人間が成長するのに近い驚異的な年数です。オーストラリア北西部の原野に6mの巨大な巣(シロアリの塔)を作るナスティテルメス・シロアリの女王は、100年の寿命をもつ昆虫です。体長が10cmの100年女王は毎日卵を産み続け、一生の産卵数は50億個にも達します。百獣の王・ライオンが30年の寿命しかないことを考えれば、人間の平均寿命を超えるこの100年女王はとても昆虫とは思えない長寿者です。
(2013年1月号掲載)

スズメバチの越冬

 日本にはオオスズメバチ、キイロスズメバチなど16種のスズメバチが生息しており、女王バチを中心にした社会生活を営んでいます。秋に働きバチの数が最も多くなると、新しい女王バチやオスバチが育てられます。巣を防衛するために、人や哺乳動物などに対する攻撃性が強まるのはこの季節です。
 オオスズメバチは世界最大種で、体長が女王バチ45mm、働きバチ40mm、土中や樹洞(じゅどう)に球形で40~60cmの巣を作ります。キイロスズメバチの体長は、女王バチ28mm、働きバチ24mm、巣はスズメバチ仲間で最も大きく直径80cmに達することもあり、庭木の枝や家の軒下などに作られ、ピーク時には成虫数が数千匹になります。
 秋に現われた新女王バチとオスバチは巣の外で交尾し、新女王バチだけが朽木(くちき)や土中で越冬に入り、オスバチ、働きバチや旧女王バチはすべて冬の到来前に死んでしまいます。巣は1年限りで捨てられ再び利用されることはありません。立派な巣なのにもったいないと思われますが、これも自然界の掟です。冬を越した女王バチは自分で巣を作り、十数匹の働きバチを育てたのち産卵に専念します。
 日本に11種いるアシナガバチは、スズメバチの遠縁にあたり、スズメバチと同様、巣は1年限りで廃棄され、新女王バチだけが越冬します。
(2013年1月号掲載)

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