イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

こんなところで、ノロウイルス感染

首都大学東京 客員教授(執筆当時) 矢野一好

二枚貝による感染を防ぐには

 ノロウイルスによる食中毒が集計され始めた1996年頃は、その原因食品として生カキが大きく関与しているとされていました。しかし現在では、カキの養殖技術の向上などもあり、カキの生食が原因とされる食中毒件数は減少しています。ここでは、カキをさらに安心して食べるための調理方法についてご紹介します。
 厚生労働省は、貝類の加熱条件として「85℃から90℃で、90秒以上」を推奨しています。では、実際にはどうしたらよいのでしょうか。それは、昔から言われているように「貝殻が開く」ことを目安にすることです。これを証明する、ある実験があります。この実験では、貝の内部が90℃になるのに170秒の加熱が必要でした。そして、貝殻が開いたのは210秒後でした。この実験結果からも、「貝殻が開く」ことを目安に調理すれば安全であることがわかります。
 二枚貝を調理する際に注意することが、もうひとつあります。ノロウイルスはカキだけでなくシジミやアサリなどの二枚貝にも蓄積されますので、「砂抜き」に注意しなければなりません。砂抜きのときには、貝が勢いよく水を噴出します。この水の中にもウイルスが含まれている可能性があるため、噴出された水が「生野菜」や「まな板」に飛び散らないよう、砂抜き容器に蓋をすることも有効です。
(2015年2月号掲載)

「入念な手洗い」が感染を防ぐ

 ノロウイルスによって汚染された学校給食のパンによる食中毒は、これまでにも確認されています。その原因のほとんどは、ノロウイルスに感染していた人が焼きあがったパンを手で触ったことによるものです。
 このような食中毒が、2014年1月にも浜松市内で発生しました。この事件は市内の19校におよび、パンを食べた8,027人のうち、患者さんが1,271人となる大規模なものでした。保健所などでパンがウイルス汚染された経緯を調査した結果、ノロウイルスに不顕性(ふけんせい)感染(下痢やおう吐などの症状はないが、ウイルスを排泄している状態)していたパン製造業者の従業員が、スライスされた食パンを1枚ずつ手に取って検査したため、パンにウイルスが付着したと推定されています。
 この事例から得られた教訓のひとつは、「入念な手洗いが感染を防ぐ」ということです。ノロウイルスは、10個から100個程度が口から侵入しただけで感染するといわれています。にもかかわらず感染した人の便からは、何百億個という大量のウイルスが排泄されるのです。今回の事例でも「手洗いと手袋の着用」は実行されていましたが、洗い残ったウイルスが手袋に付着したことによってパンが汚染されたのです。
 「入念な手洗い」は、自分自身がウイルス感染しないためばかりでなく、食品のウイルス汚染防止にも不可欠なことなのです。
(2015年4月号掲載)

厚意が、あだに

 ノロウイルスの感染は、ウイルス汚染された食品を食べることによって起こる食中毒だけではありません。患者の「おう吐物」によって汚染された施設を介した感染もあります。
 この事例は、都内にある小学校の体育館で、2005年11月に起こりました。体育館での授業中に、ノロウイルスに感染していた1人の児童が体育館の床に「おう吐」しました。この「おう吐物」は、お掃除の方によってすぐに取り除かれ、その場所は掃除用のモップを使って丹念に拭き取られました。引き続きお掃除の方のご厚意によって、先ほどのモップをそのまま使った床全体のお掃除がなされました。後になってわかったことですが、このご厚意によってノロウイルスが体育館の床全体に塗り広げられたことになったわけです。その結果、この体育館を利用した児童や教職員がノロウイルスに感染し、最終的な患者数は405名にものぼりました。
 この事例から得られた教訓は、「ノロウイルス感染者の『おう吐物』には、何百億個というウイルスが含まれているので、『おう吐物』を取り除いた後、塩素系の消毒剤を用いた入念な消毒を怠ってはいけない」ということです。ちなみに、「おう吐」の際に、ウイルスがまき散らされる範囲は、半径2mにも及ぶという東京都の実験結果があります。
(2015年6月号掲載)

職場に1人の感染者がいたら

 職場に1人のウイルス感染者がいたら、半日で多くの人に感染するという研究結果があります。
 この研究は、米国のアリゾナ大学が行いました。80人の社員がいるある会社で、出勤してくる社員全員の手のひらに水滴を垂らしました。そのうち1人にだけは、本人にも知らせることなく、健康障害などを及ぼす心配のない「偽ウイルス」を含んだ水滴を垂らしました。この状態で普段通りに仕事をしてもらい、4時間後に「偽ウイルス」によって汚染された範囲を調査しました。すると、この「偽ウイルス」は、およそ半数の社員の手のひらから検出されただけでなく、社内のさまざまな設備や機器類からも検出されました。検出された場所は、ドアノブ、電話機、コピー機、机の上、パソコンをはじめ、エレベーターの押しボタンや共用の冷蔵庫などでした。
 この研究結果からわかったことは、ノロウイルスのように人の手指を介して感染する病原体は、たった一人の感染者がいるだけで、猛烈な勢いで感染が拡大するということです。このような経路での感染拡大を防止するためには、従来からいわれている「入念な手洗い」が必要です。食事の前だけでなく日常生活におけるこまめな手洗いが、自分はもちろん、周りの人への感染を防ぐことにつながります。
(2015年8月号掲載)

普段着で調理していた弁当屋

 2012年の3月に、長野県内の弁当屋さんが製造した弁当が原因となったノロウイルスによる食中毒事件がありました。この弁当を食べた人は74人で、うち54人が発症しました。
 管轄保健所は、弁当がノロウイルス汚染された経路について詳細な調査を行いました。その結果、この弁当の調理人は、2日前から下痢やおう吐の症状が出ていましたが、すでに弁当の注文を受けていたこともあり、弁当の調理を続けたのでした。調理場では、調理専用の作業着を着用するのが当たり前ですが、なんとこの調理人は、調理の際にも着替えることなく、朝から夜まで同じ私服を着用していたのです。そこで保健所の担当者は、この調理人の上着に着目し、トイレ使用時に汚染される可能性の高い袖口からノロウイルスの検出を試みました。その結果、見た目では汚れがない上着の右袖口から、患者と同じタイプのノロウイルスが検出されたのです。
 この事例からわかったのは、「調理の際は、調理専用の作業着を着用する」という、いわば常識中の常識が守られていなかったことです。慣れが油断を誘発し、このような結末を迎えることもあるのです。今更ながらの感もありますが、改めて、食品製造に携わる皆さんに基本的なルールを厳守することの大切さを訴えます。
(2015年10月号掲載)

吐物が乾燥して浮遊!

 ノロウイルスに感染した人の「吐物」を介した感染事例はたくさんありますが、今回ご紹介するのは、都内のあるホテルで起きた少し変わった事例です。この事例では、吐物の残渣(ざんさ)が乾燥して翌日も室内に浮遊しており、この浮遊物を介して感染が拡大したと考えられました。
 ある日、ホテルの大広間を半分に仕切った会場で、結婚披露宴が行われました。このとき、ノロウイルスに感染していた子どもが親族席で、おう吐したのです。吐物はホテルの担当者によって速やかに処理され、披露宴は滞りなく進行し、お開きとなりました。翌日、この会場は間仕切りが取り払われ、大広間として規模の大きい結婚披露宴に使用されました。この日は、おう吐するような出席者はいませんでしたが、数日後、これらの披露宴に出席していた人のうちの162名がノロウイルスによる急性胃腸炎を起こしていたことが判明しました。
 この事例からわかったことは、吐物には大量のウイルスが含まれており、目で見える固形物を除去してもその残渣がウイルスを含んだ「ほこり」となって空気中に浮遊し、これを人が吸い込んで感染する可能性があるということです。この事例によって、「ほこり」の中のウイルスは、翌日になっても感染性を失うことなく生存していたことが証明されたのです。吐物除去後の消毒と換気は、感染防止に重要な手段なのです。
(2015年12月号掲載)

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