イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

安富和男先生の面白むし話(9)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

フェロモンによる昆虫の求愛行動

 蝶が視覚で雌雄の交信を行うのに対して、夜間に活動する蛾のメスは性フェロモンを求愛に使っています。『ファーブル昆虫記』にオオクジャクヤママユ蛾の夕べの話があります。羽化したメスに多くのオスが集まるのは、メスの出した匂いに誘われたのだと考えたファーブルは、「性誘引物質の存在」を予告しました。今から100年以上前のことです。
 フェロモンはギリシャ語の2つの単語から合成された言葉で、「刺激を運ぶ」という意味です。蛾のメスは、腹部末端のフェロモン腺から揮発性の性フェロモンを空中に放出し、オスの触覚上にはそれを感知する55,000個に及ぶ感覚子(かんかくし)があります。ワモンゴキブリの性フェロモンも、揮発性セスキテルペンです。チャバネゴキブリではメスの体表脂質中にある不揮発性ケトン類が性フェロモンと同定されており、オスは触覚で触れてこれを感受します。
 西表島の人里にすむイリオモテボタルのメスは、無翅淡黄褐色のイモムシ状で尾端(びたん)に発光器を持ちますが、黒褐色、有翅のオスには発光器がありません。初冬の頃、成虫になったメスは夕方の薄暮時に逆立ちした姿勢で強い連続光を発し、さらに性フェロモンまで放ってオスを誘い、交尾に導きます。雌雄で光り合うゲンジボタルなどとは違い、イリオモテボタルでは光と匂いを使う誘惑のすべてが、徹底したメス上位です。
 (2010年2月号掲載)

ゴキブリとシロアリに共生する微生物

 朽木(くちき)を主食にしている日本のオオゴキブリ、クチキゴキブリ、エサキクチキゴキブリや外国のヨロイゴキブリなどは、木材の繊維素を酵素の働きで糖に変えて栄養源にしています。しかし、この酵素はゴキブリ自身が生産しておらず、消化管内に間借りしている微生物が分泌しているのです。ゴキブリが食べた朽木が細片に砕かれて後腸(こうちょう)に送られると、数百万匹の原生動物(鞭毛虫類)の出すセルラーゼ酵素によって繊維素(セルロース)がぶどう糖に分解されます。家主のゴキブリと同居者の原生動物には、互いに利益を分けあう共生関係が成立しています。
 家屋害虫のシロアリも、後腸に多数の原生動物が共生しており、木材の繊維素を酵素で消化分解し、糖類に転化させています。ヤマトシロアリの共生原生動物は12種類もあることがわかりました。ゴキブリとシロアリが共通した消化のしくみを持つことは両者の類縁の近さを証明するものといえましょう。
 ヤマトシロアリと、その卵に擬態する糸状菌(カビ)の菌核(菌糸の集合体)との共生が明らかになりました。シロアリの巣には卵によく似た玉(菌核)が混ざっており、卵の匂いもついています。糸状菌はすみかと分散の利益を獲得し、シロアリの方は卵の生存率が高くなります。菌核中の抗菌性物質が、シロアリの卵を病原菌から守るためです。
(2010年2月号掲載)

甘いものが好きな昆虫

 6,500万年前の中生代の終わり頃に、顕花植物※ の虫媒花が現れました。虫媒花は、受粉、結実のために美しい花びらと甘い蜜で昆虫を誘います。ミツバチやハナバチ、チョウ、甲虫などの花粉媒介昆虫にとっても、蜜や花粉が生殖活動のエネルギー源として必須な栄養物です。両者の間には相互扶助の関係が成り立ち、共進化を遂げてきました。花の蜜はショ糖を主成分とし、有機酸も含まれています。
 クヌギの幹からしみ出す樹液には、カブトムシ、クワガタムシ、カナブン、ケシキスイのような甲虫や、オオムラサキ、ルリタテハなどのチョウが集まって吸汁します。樹液に依存するチョウは訪花をしません。樹液には糖分とそれが発酵したアルコールやたんぱく質も含まれているので、栄養価に富んだ食料です。
 家の中に入ってきて砂糖やチョコレート、ビスケットなどの菓子に群がるアリの代表は、大型のクロオオアリや体長3~4mmのトビイロケアリです。クロオオアリは、アブラムシ(アリマキ)が排泄する甘露にも集まります。さらにクロシジミの幼虫が背中から出す甘い汁を好み、幼虫を巣に運び育てます。変わり者はクロナガアリで、春から夏眠に入り、晩秋に目覚めて現れ、植物の種子を巣に運びます。関東以南では冬の暖い日中に、このアリを観察できます。
(2011年2月号掲載)

※ 花が咲き種子を作る植物のこと。種子植物。

植物成分を利用する虫たち

 植物の有毒物質を巧みに利用している昆虫がいます。カバマダラ、アサギマダラのようなマダラチョウの幼虫は、ガガイモ科の植物を食べて育ちます。ガガイモ科の有毒成分カルデノリド配糖体は、動物による食害を避けるために植物が生産した心臓毒であり、鳥や哺乳動物に激しい中毒をひき起こします。ところが、マダラチョウは毒にあたらないばかりか、これを蛹から成虫にまで継承し、天敵の鳥から身を守ります。
 派手な色彩や斑紋は、有毒なことを示す警戒色です。オオゴマダラが食べるキョウチクトウ科のホウライガガミというツル草は、カルデノリドを含んでいません。しかし、オオゴマダラのオスは、ムラサキ科のヘリオトロープからピロリジン・アルカロイドという毒成分を吸い取って護身に使い、性フェロモンの材料とします。さらにこれを交尾中にメスに渡し、卵も有毒にして天敵の攻撃を避ける巧妙さです。
 果樹害虫ミカンコバエのオスは、メチルユージェノールという物質に誘引され、これを含むシソ科やマメ科の花を訪れて盛んに摂取します。食べ物でないものにオスだけが強く反応する行動の生物学的意義は長い間謎でしたが、1990年に京都大学の西田律夫博士により、この物質はハエの体内で2種の酸化体に変えられて性フェロモンの役を果たし、捕食性天敵に忌避作用を示す防御物質になることもわかりました。
(2011年2月号掲載)

天文学的な数字に増える「ハエ算」

 昆虫は、寿命の短さを旺盛な繁殖力でカバーしています。ある学者の計算によれば、雌雄一対のイエバエは、ひと夏で191×10の18乗匹もの子孫に増えるそうです。これは191の次にゼロを18個も付けた天文学的な数字であり、繁殖力が大きいことの例えに使われる「ネズミ算」の比ではありません。イエバエのメスは1回に約100個の卵を産み、1か月の生存期間中に5回の産卵を行います。卵は半日から1日でふ化し、幼虫期間は7日間、蛹期間は4日間であり、2週間足らずで成虫に育つスピードぶりです。新成虫は羽化後4、5日経つと産卵を始め、温暖地では1年に10世代も繰り返すので「ハエ算」が成り立ちます。しかし、現実には人間がハエに埋没しなくてすむのは、餌や生育場所が限られ、天敵によって繁殖が抑えられるからです。
 次に、幼虫を産むハエのお話です。ニクバエ類では、卵が母体内でふ化し、一齢幼虫になって生まれてくる卵胎生(らんたいせい)です。アフリカで睡眠病の病原体トリパノゾーマを媒介するツェツェバエの生い立ちは、他に類例を見ない変わったものです。母親の子宮内で受精卵からふ化した幼虫は、分泌される栄養液を吸って成熟した幼虫に育って生まれます。生まれた成熟幼虫はもう餌を食べる必要がなく、落ち葉の下などに潜って、蛹を経て羽化します。高校生が生まれてくるような奇抜さです。
(2012年2月号掲載)

ゴキブリと黄金虫

 「黄金虫(こがねむし)は金持ちだ」で始まるおなじみの童謡がありますが、これは意外にもゴキブリを詠んだ歌です。故石原保(たもつ)博士によれば、作詞者の野口雨情さんの郷里である茨城県磯原町などでは、昔からゴキブリを黄金虫と呼び、この虫が増えると財産家になると言われていたそうです。ゴキブリの卵鞘(らんしょう)は財布に似ているし、チャバネゴキブリの体は小判を連想させます。
 ゴキブリの英名コックローチ(Cockroach)は、スペイン語のクカラチャ(Cucaracha)に由来します。ラテン音楽の名曲「ラ・クカラチャ」は、ずばり「ゴキブリ」です。「黄金虫」と「ラ・クカラチャ」は、洋の東西における好一対のゴキブリ賛歌といえましょう。嫌われ者ナンバーワンのゴキブリが、名曲になっているのは面白いことです。
 江戸時代の寺島良安(てらじまりょうあん)著『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』は、日本最初の百科事典です。この本には油虫と五器噛(ごきかぶり)の名前があげられ、「蜚蠊(ひれん)」という難しい漢字に、フィレンと油虫の名前が併記されています。小西正泰博士説によると、明治になってこの漢字に「ゴキカブリ」という振り仮名がつけられましたが、飯島魁(いさお)著の動物学教科書に「ゴキカブリ」が「ゴキブリ」と誤記されました。このミスプリントが松村松年(しょうねん)著の『日本昆虫学』にも受け継がれたために「ゴキブリ」が誕生したということです。
(2012年2月号掲載)

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