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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

安富和男先生の面白むし話(12)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

昆虫の母性愛

 不快臭で嫌われ者のカメムシ類には、卵や幼虫保護の修正を持つ種類がいます。ツノカメムシ科のエサキモンキツノカメムシ、ヒメツノカメムシやキンカメムシ科のアカギカメムシは、母性愛の強い代表者です。
 ミズキ、カラスザンショウ、ハゼなどを吸汁加害するエサキモンキツノカメムシのメスは、約80個の卵塊(らんかい)を体で蔽(おお)い隠す姿勢をとります。天敵のアリなどが近づくと、その方向に体を傾け背面を盾にして卵を守り、翅(はね)を激しくふるわせて風でアリを吹き飛ばします。さらに、中脚の付け根にある臭腺の穴から分泌液の小滴(しょうてき)を放出する手段に進みます。主成分のヘキサナールを含む悪臭が漂い、アリは逃げ出すという巧妙な戦略です。また、強い直射日光が当たった時には、翅を扇風機のようにふるわせて風で卵の加熱を防ぎます。卵から幼虫がふ化したあとも、二齢まで守り続けます。
 日本で20種が記録されているハサミムシの仲間は、尾端(びたん)に尾毛(びもう)の変化した鋏(はさみ)を持っており怖そうに見えますが、母性愛豊かな優しい昆虫です。母親は落葉下などの巣穴を掃除し、約60個の卵を次々になめて清潔に保ち、敵が近づくと追いはらいます。ふ化した幼虫にも餌を与えて保護し続け、卵と幼虫の世話をしている1か月近くは、自分は何も食べません。「虫も見かけによらない」ものです。
(2010年5月号掲載)

ミツバチの巣分かれ

 ミツバチの繁殖行動の1つに「巣分かれ」があります。これを専門用語で「分封(ぶんぽう)」といいますが、最近では「分蜂(ぶんぽう)」という漢字を使うことが多くなりました。
 巣分かれは、新しい女王蜂の羽化に先立ち、働き蜂の約半数が旧女王とともに新しい営巣(えいそう)場所を求めて巣を出て移動する現象です。何千、何万もの大群が乱舞し、やがて街路樹や庭木などに旧女王を中心にして集まり、大きな蜂球(ほうきゅう)を作ります。蜂球作りの引き金になるのは、女王の大あご腺から放出される女王物質です。女王物質はオキソデセン酸を主成分とし、集合フェロモンの役割を果たします。
 5月の晴れた日に、分封で巣を飛び出す働き蜂は、飛翔時のエネルギーのためと巣作りの材料として、自分の体重を超える大量の蜜を胃に貯えます。住宅の庭に干した洗濯物に排泄物の黄色いシミをつけて汚す被害が起こって、蜂騒ぎに拍車をかけることもあります。
 巣分かれの働き蜂はおとなしくて人を攻撃しませんが、不用意に殺虫剤を噴霧すると興奮状態に陥り、激しく人を刺したという事例がしばしば報道されます。殺虫剤は救世主である反面、使い方を誤ると逆効果になります。怒ったミツバチの鎮圧には水の噴霧が効果を発揮します。これは玉川大学名誉教授の故岡田一次先生が学会で発表された教訓です。
(2010年5月号掲載)

昆虫の発育日数

 昆虫の発育日数は種類によってさまざまです。発育の速いイエバエでは卵期間1日、幼虫期間7日、蛹期間が4日、わずか12日で生育を完了します。アカイエカでは卵期間2日、幼虫期間7日、蛹期間2日であり、やはり発育日数が短い例の1つです。
 昆虫の中で発育日数の標準的なテントウムシの大部分は卵期間6日、幼虫期間16日、蛹期間6日、計28日ですが、幼虫越冬のトホシテントウは幼虫期間に10か月を要します。カブトムシでは卵から成虫の羽化までに、約330日かかります。
 ゴキブリの場合、幼虫の発育がハエなどに比べて遅く、最も成長の速いチャバネゴキブリでも成虫になるまでに約2か月かかり、大型種のヤマトゴキブリやクロゴキブリの幼虫期間は4〜6か月です。セミの幼虫時代はさらに長く、アブラゼミやミンミンゼミの幼虫は6〜7年、アメリカの17年ゼミの幼虫は17年も地中で過ごします。アメリカアカヘリタマムシは家具に加工された乾燥マツ材の中で、50年もかかって育ちます。
 人間は成長期の3〜5倍の寿命を授かっています。多くのテントウムシは成虫になってから成長期の10倍も生きる果報者(かほうもの)です。一方、はかない命にたとえられるカゲロウは、川の中で1年がかりで成長したあと、わずか1日で死んでしまうという可哀想な昆虫です。
(2011年5月号掲載)

昆虫の産卵数と生存率

 一対のイエバエの子孫は、ひと夏だけで191×10の18乗匹になると計算した学者がいます。これは191の次に零(ぜろ)を18つけた天文学的な数字であり、増えることの例(たとえ)にされる「ネズミ算」も、この「ハエ算」には遠く及びません。イエバエのメスは1回に約100個の卵を卵塊(らんかい)として産み、1か月の生存期間中に4〜5回の産卵を繰り返します。現実にはハエ算は成立せず、人間がハエに埋没しなくて済みます。それは天敵などの環境抵抗が働くからです。昆虫の産卵数の平均値といわれるカレハガ科のオビカレハは、初夏の頃、庭木の枝に約300個の卵を産みつけますが、卵、幼虫、蛹は寄生性、捕食性天敵のために命を落とし、成虫まで発育できるのは1%に過ぎません。
 最も多くの卵を産む昆虫は樹幹の内部を食べて育つコウモリガです。翅(はね)を開くと10cmのメスは空中を飛びながら1万個もの卵をばらまきますが、生育完了できるのは1万分の2、すなわち0.02%です。
 産卵数の少ない昆虫ではモンキツノカメムシのように卵を保護する習性の持ち主がいます。産卵数の少ない代表は獣糞(じゅうふん)を食べて暮らすダイコクコガネで、わずか4個の卵しか産みません。メスは糞の下に作った坑道(こうどう)で卵、幼虫、蛹の保育を続けるので高い羽化率を示します。コウモリガとダイコクコガネの産卵数には、2500倍もの大差が見られます。
(2011年5月号掲載)

トンボの語源

 昔、日本は「あきつしま」(秋津島、秋津洲、蜻蛉島)と呼ばれていました。「あきつ」とはトンボのことで、「あきつしま」はトンボの島を意味します。日本には190種のトンボが生息しており、これは全ヨーロッパの種類よりも数が多く、その名にふさわしい国です。
 トンボの語源を「飛ぶ棒」、あるいは「飛ぶ穂」とする説もありますが、「とんぶり」や「どんぶり」語源説が正しいようです。津軽では古く「どんぶり」、信濃では「どんぶ」といいました。とんぶり説が正論なら、「とんぶり」→「とんぼう」→「とんぼ」と転化して、トンボという和名が生まれたことになります。
 昔はトンボとカゲロウの区別がはっきりしていなかったようです。現在では漢字の「蜻蛉」はトンボを指し、カゲロウには「蜉蝣」を当てていますが、『源氏物語』の「蜉蝣巻(かげろうのまき)」に、「ありと見て手には取られず見ればまたゆくへも知らず消えしかげろう」という和歌があります。このかげろうがトンボのことかカゲロウのことかは、はっきりしていません。
 『日本書紀』によれば、天皇が国見をされたとき、「蜻蛉の臀呫(となめ)の如し」と言われた故事があります。臀呫とは輪のような交尾姿勢で、その場所は大和(やまと)の御所(ごせ)とされ、「あきつ」は「やまと」の枕詞になっています。
 5月に多いトンボは早苗トンボの仲間で、日本に27種います。
(2012年5月号掲載)

5月のハエ

 五月蠅(さばえ)とは、陰暦(旧暦)の5月ごろのハエで、うるさいことの例えにされることから「うるさい」とも読みます。また、「五月蠅なす」は、「騒ぐ」、「沸く」、「あらぶる」の枕詞です。五月蠅の代表はイエバエで、追っても追っても食卓付近を離れず、人の顔や頭にたかって這いまわるうるさい存在です。イエバエやヒメイエバエは、本州以南では5月〜6月と9月〜10月に最も多く、盛夏にはやや少なくなる年二山(ねんふたやま)型ですが、北海道では7月〜8月に発生のピークがある一山(ひとやま)型を呈します。
 小林一茶の名句「やれ打つな 蠅が手をする足をする」のように、イエバエが手(前脚)をすり合わせている格好を、人が縄をなう姿に見立てて蠅という文字が生まれたとする説もあります。昭和の初めに金子幸三郎氏は、「追えば又来る未練な蠅を そっと睨めば拝む真似」と詠みました。イエバエの習性を見事にとらえた絶妙な俚謡(りよう)です。
 イエバエの跗節(ふせつ)先端部には、微細な毛が密生しています。これは嗅覚と味覚の二役をつかさどる感覚器官で、物に止まった瞬間に臭いと味が同時にわかります。大切な跗節の先は、いつも清潔に保っておかねばなりません。
 人間には「拝む真似」に見える「手をする」という動作には、深い意味があります。
(2012年5月号掲載)

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