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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

安富和男先生の面白むし話(11)

日本衛生動物学会・日本昆虫学会 名誉会員 安富和男

昆虫における春の目覚め

 日本のような温帯地域にすむ昆虫たちは、季節変動の枠に合わせて生活環(ライフサイクル)を組み立てています。晩秋には、日長(にっちょう)の短縮が主な要因となって休眠に入り、冬を越します。休眠は生理的な深い眠りであり、眠っている間に厳しい冬が通り過ぎるしくみです。
 蛹(さなぎ)越冬のモンシロチョウやアゲハ、幼虫越冬の国蝶オオムラサキやイネの害虫ニカメイガなどは、冬の「低温」に触れてから春の「暖かさ」が訪れると、それが合図ににあって休眠の覚醒、すなわち春の目覚めを起こします。一度低温に触れるのが必要なことは、実験でも確認されています。越冬したカマキリの卵の一斉ふ化も、同じしくみによるものです。
 春、休眠から覚醒すると、そこには豊富な食べもの(花の蜜や食草の若葉など)が昆虫たちを待っています。若葉にくるまって越冬したオオムラサキの幼虫は、エノキの樹幹を登って若葉を食べ始め、枯葉の色から緑の保護色に変わります。
 トウモロコシなどの農作物を食害するアワノメイガの休眠幼虫の目覚めには、後腸の上皮細胞から分泌されるホルモンが引き金の役割を果たすことがわかりました。春の神経細胞を活発化して覚醒に導きます。他の昆虫についても同じ機構が存在するのか? 研究の進展が期待されています。
(2010年4月号掲載)

ミツバチの雌雄

 ミツバチ社会のメスは女王蜂と働き蜂の2階級に分かれており、巣は1匹の女王を中心にして、2万匹にも及ぶ働き蜂で構成されています。オスは晩春の繁殖期にだけ現れていっさいの労働をせず、ただ1つの役目は、新女王と交尾して精子を渡すことだけです。
 働き蜂は卵巣の成熟していない中性化したメスであり、巣の掃除、幼虫の哺育(ほいく)、門番、蜜や花粉集めの仕事に明け暮れて、1か月の短い命を終えます。女王になるか働き蜂になるかの運命を決める鍵は、幼虫時代の餌の違いです。王台という特別室に産みつけられた1個の卵からふ化した幸運児は、全幼虫期間を通じて王乳(ローヤルゼリー)を食べて新女王に成長します。王乳は哺育係の若い働き蜂が体内で生合成した高栄養価のミルクです。一方、普通の巣房(巣部屋)に産まれた卵からふ化した幼虫の餌は3日目から蜜と花粉に変えられ、働き蜂として育ちます。
 オス蜂になる卵は、精子のついていない不受精卵です。したがってオスの染色体はメスの半数しかありません。5月の晴れた日に巣を飛び出した大勢のオスは群飛しながら新女王を待ち、ライバルとの競(せ)り合いに勝ったオスは空中で交尾に成功しますが、射精した瞬間に体が硬直し、地上に落ちて死んでしまいます。女王は複数のオスと交尾して500万個の精子を蓄え、3年間に100万個の卵を産み続けます。
(2010年4月号掲載)

昆虫の視覚と色覚

 昆虫の成虫は頭部に一対の複眼をもち、複眼は多数の個眼(小眼)で構成されています。個眼は6角形を呈し、その数はイエバエやミツバチで約4千個、トンボは1万~2万8千個であり、左右2つの複眼により写した沢山の像を1枚の立体写真にまとめるしくみです。昆虫の視力は、人の100分の1位といわれています。
 多くの昆虫には単眼という小さな目があります。単眼は明るさの違いを感じたり、複眼の働きを助けたりする役目を果たします。
 昆虫はすぐれた色覚の持ち主です。ミツバチは黄色、青緑色、青色、紫外線の4色を識別できます。人間の見る色と昆虫の見る色には「ずれ」があり、昆虫は波長の短い色をよく感じます。とくに、人には見えない紫外線の色に強い反応を示すのが昆虫の特徴といえるでしょう。
 美しい花をつける虫媒花(ちゅうばいか)はその色を人間に見せているのではなくて、花粉を媒介する昆虫たちを芳香とともに誘っているのであり、昆虫の見ている色の方が本当の色です。ミツバチやチョウでは花の蜜を出す紫外線の部分が濃く見え、これを「花の標識」といいます。
 顕花植物(花の咲く植物)でも、風が花粉の媒介をするイネやマツ、スギなどの花には美しい花びらもなく芳香や甘い蜜もありません。虫を誘う手段が必要ないからで、自然界には無駄のないことがわかります。
(2011年4月号掲載)

アリガタバチの仲間

 体の形がアリに似ているので蟻形蜂(アリガタバチ)と命名されたハチは、甲虫類の寄生蜂です。アリガタバチは他のハチと同様、産卵管が毒針の役目をします。1950年に東京の古い木造校舎で大勢の学童がクロアリガタバチに刺される騒動が起こりました。湯浅啓温(ゆあさひろはる)先生によって新種として記載されたこのハチは、天井の梁(はり)に使われていた松材の害虫クシヒゲシバンムシを発生源とすることも解明されたのです。
 クロアリガタバチのメス成虫は無翅(むし)で黒色、体長2~2.5mm、オスは有翅(ゆうし)で、初夏の頃に被害のピークがあり、寄主にはマツザイシバンムシ、タケトラカミキリ、ヒメスギカミキリなどの甲虫も知られています。
 シバンムシアリガタバチのメス成虫は翅(はね)を欠き、体長2mmで赤褐色、オスには有翅型と無翅型があって体長1.5mmです。近年の洋風建築における梅雨時の多湿な環境は寄主のタバコシバンムシやジンサンシバンムシの多発を招き、シバンムシアリガタバチも増えてきました。発生回数は年5回に達します。
 アリガタバチ科の仲間には、ノコギリヒラタムシに寄生するノコギリヒラタアリガタバチや衣類害虫のヒメマルカツオブシムシに寄生するキアシアリガタバチもあります。また、長野県伊那地方では、クロアリガタバチがカイコを刺して養蚕業に与える被害例まで出ています。
(2011年4月号掲載)

ウヅキイエバエモドキ

 ウヅキイエバエモドキの和名は、「卯月」すなわち陰暦(旧暦)の4月に活動するイエバエに似たハエを意味します。イエバエに似てはいてもクロバエの仲間であり、クロバエ科、クロバエ亜科、コクロバエ属のハエです。
 成虫の体長は6~8mm、薄い黒色(灰色)で腹部の背中側に橙色の斑紋を装い、脚は黒い跗節(ふせつ)のほかは橙色で、イエバエと比べてややきれいに見えます。幼虫は生きたカタツムリを食べて育ち、成虫は汚物にはたからず花の蜜などを餌にしています。休眠して冬を越した成虫は、4月ごろに目覚めて生殖行動を起こすという生活環です。
 晩秋のころ、羽化した新成虫が屋内に侵入し不快害虫として騒がれる事例が、かつては群馬県などの北関東で多発しました。1990年代からは関東南部の横須賀や鎌倉などの民家や事業所でも、多く見られるようになっています。ウヅキイエバエモドキは北海道から九州までの広い地域に分布していますが、種名や生態を知るのには苦労していました。それらを明らかにされたのは、故加納六郎博士の功績です。
 生息地である原野や林が切り開かれて宅地造成が行われたために人とのかかわりが生じて、「自然の虫」が「不快害虫」の扱いをされるようになった一例といってよいでしょう。
(2012年4月号掲載)

昆虫の飛翔力、走行力、跳躍力

 昆虫の飛行速度を時速に換算すると、イエバエは8km、オオムラサキとオオスズメバチは20km、大型のヤンマやスズメガ、ウシアブは40kmです。逃走したり餌を追いかけるときのオニヤンマはさらに速く、時速140kmもあり、これはプロ野球投手の球速に匹敵します。また、ヤンマの一種がプロペラ機に遅れずに飛んでいたという話もあります。これらは飛翔筋の強さによるものです。
 昆虫の中で短距離を走るスピードの最高記録を出すのは、クロゴキブリやワモンゴキブリで、1秒間に50cmも走ります。もし人間の身長なみの大きさだと仮定すると、100mを5秒で走る計算になります。ゴキブリの強い走行力の秘密は、脚の基部にある鼓動器と呼ばれる器官にあります。これは第2の心臓であり、血液を多量に送り込むために脚力が強化されるのです。
 昆虫の跳躍力を知るために一跳びの距離を測ってみると、トビムシは10cm、コオロギは60cm、トノサマバッタは75cmとなります。ノミは30cmですが身長の200倍で、人間なみなら一跳び300mを超えます。ノミの翅は退化しましたが、先祖が持っていた跳ぶための筋肉が背中から胸の側面に移って、ジャンプに使われています。もしノミが人間の大きさだったら、富士山を12跳びで登ることができるのです。
(2012年4月号掲載)

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