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(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)
元農林水産省 蚕糸・昆虫農業技術研究所 研究室長 田中誠二
アフリカや中東に生息するサバクトビバッタは、ときどき大発生して農作物に深刻な被害をもたらします。大発生すると、その光景がニュースなどで放映されるので、なじみのある方も多いと思います。
このバッタは、普通は数が少なく目立ちません。このようなバッタは孤独相と呼ばれ、幼虫は緑色か薄茶色をしています。しかし好条件が重なると、おびただしい数の幼虫が群れをなして砂漠を行進し始めます。
成虫は群飛し、大移動します。そのような状態のバッタは群生相と呼ばれ、幼虫は黄色と黒のツートンカラーに変身します。この体色変化は幼虫間の混み合いによって引き起こされることは昔から知られていました。接触以外に、匂いや視覚も関与していることも指摘されていましたが、それを証明した報告はありませんでした。
最近の研究で、匂いは黒化には重要ではなく、視覚が重要であることがわかりました。集合したバッタのビデオ映像を緑の孤独相幼虫に見せると、しばらくして黒化が誘導されたのです。興味深いことに、バッタの代わりに集合したコオロギやオタマジャクシの映像でも、同様の効果がみられました。しかし、静止画像を見せても効果はありません。接触刺激に加えて、動く物体を視覚的にとらえて群生相の体色へと変身するようです。
(2018年10月号掲載)
参考文献:Tanaka, S., Nishide, Y.(2012) Journal of Insect Physiology 58: 1060–1071.
サバクトビバッタは、アフリカや中東アジアに広く分布する昆虫です。このバッタの雄成虫は、性成熟すると薄茶色から鮮やかな黄色に変わります。雌も黄色くなりますが、雄よりもずっと時間がかかります。
2011年につくば市にある私たちの実験室で、体の左半分が黄色で右半分が薄茶色のバッタが現れました。よく観察すると黄色の左側の腹部末端には雄の交尾器があり、右側には雌の産卵バルブがありました。まぎれもなくそれは雌雄モザイクで、以前、多摩動物公園の昆虫館で出現したナガサキアゲハの場合と似ていました。そのバッタの交尾行動を観察すると、ほかの雄からは雌とみなされるのですが、自らは正常な雄のように雌に交尾を試みることがわかりました。交尾器の半分がオスで半分がメスになっているので、交尾は成功しませんでした。
この雌雄モザイクバッタは、黄化※ 現象に関する論争に一石を投じる発見につながりました。これまで、雌と比べて雄で黄化が著しい理由について、「黄化を誘導するホルモンに対する皮膚の感受性の違いである」という仮説と、「昆虫では知られていない性ホルモンによるものである」という仮説がありました。雌雄モザイクバッタの体の中では幼若ホルモンが左右均等に循環していたはずですので、前者の仮説のほうが上手に説明できると解釈されました。
(2019年4月号掲載)
※ バッタの体色が、混み合いによって黄色に変化する現象
参考文献:Nishide, Y. & Tanaka, S. Physiological Entomology, 2012, 37:379-383
白化現象はハツカネズミでよく知られていますが、ゴリラやトラなどの哺乳類ばかりではなく、ヘビやワニのようなは虫類、カエルのような両生類、そして昆虫にも見られます。
今から30年前に、茨城県つくば市にある筆者らの研究室で、トノサマバッタの沖縄系統から白いバッタ、アルビノが現れました。アルビノは色素を作る酵素の遺伝子の異常による場合が一般的で、それによってメラニン色素が作れなくなると白くなります。
しかし、バッタの場合には少し様子が違うようです。正常なバッタの脳をアルビノ幼虫に移植すると、数日して黒ずんできたのです。この実験によって、脳で作られるコラゾニンというホルモンがバッタのメラニンやほかの色素を誘導することがわかりました。アルビノバッタは、そのホルモンを欠いていたのです。最近、コラゾニンの遺伝子が特定され、アルビノバッタではその遺伝子前駆体に欠損があることがわかりました。アフリカ原産のサバクトビバッタにも、アルビノ系統が見つかっています。興味深いことに、そのアルビノの脳をトノサマバッタのアルビノに移植すると黒化するのです。つまり、コラゾニンをもっていたのです。詳しく調べたところ、サバクトビバッタはコラゾニンを認識する受容体というタンパク質をつくる遺伝子に異常が見つかりました。
(2019年9月号掲載)
参考文献:Sugahara R., Tanaka S., Jouraku A., Shiotsuki T.(2017)Gene 608:41,48.
日本最大のバッタは、南西諸島以南に生息するタイワンツチイナゴです。沖縄では「トノサマバッタ」と呼ばれることもあり、以前はツチイナゴと区別されずにまとめてセスジツチイナゴとも呼ばれました。
沖縄本島今帰仁村(なきじんそん)のサトウキビ畑で、交尾中の成虫をたくさん採集して卵をとりました。孵化(ふか)した幼虫を実験室で飼育したところ、大きくなるにつれて緑や黄色の薄い体色の個体に混じって黒い個体が現れました。色の薄い個体がまず成虫になり、続いて黒い個体が成虫になりました。前者がタイワンツチイナゴで、後者はツチイナゴでした。台湾や東南アジアにも分布し、タイでは成虫を素揚げにしてスナックとして食べる習慣があります。英名はBombay locust で、その名前が示すように、インドやスリランカにまで生息しています※ 。
このイナゴは1世代経過するのに1年かかり、どこでも似た生活史を示します。沖縄では夏に成虫になり、そのまま越冬して春に繁殖します。その制御には、日長が使われています。成虫は短日を経験した後に長日にさらされると初めて生殖腺が発達して交尾と産卵が可能となるので、繁殖は日長が増加する「春」に起こります。熱帯に近づくにつれ、夏至と冬至の日長の変化は小さくなりますので、わずかな日長の違いを感知することができるのだと考えられます。
(2019年12月号掲載)
参考文献:Tanaka, S. & Okuda, T. Japanese Journal of Entomology 64: 189-201.
※ Bombay(ボンベイ)は、現在のインドの都市ムンバイ
トノサマバッタは、世界に広く分布しています。日本列島では北海道から南西諸島に至るまで、どこにでも見られます。以前は、形態や生活史形質をもとに、世界中のトノサマバッタは約10亜種に分類されていました。私は日本のトノサマバッタの由来をいつか研究したいと考え、国内外で採集した個体を冷凍しておきました。やがてそのチャンスが訪れ、私たちはミトコンドリアDNA解析を行いました。海外の研究者にも協力してもらい、サンプルを集めました。
結果は驚くべきものでした。世界のトノサマバッタは北と南の二系統に大別されることが判明したのです。日本のトノサマバッタはトカラ海峡を境に奄美大島や西南諸島、小笠原集団は本種が起源だとされるアフリカ、ヨーロッパ南部、オセアニア、そしてアジア南部と似たDNA構造をもつ南方系統でした。一方、九州以北の北方系統は中国大陸あるいは朝鮮半島から来たと考えられる青森以南の集団と、現在のロシア方面から侵入したと推定される北海道集団から成っていました。本種は大発生すると長距離飛翔する昆虫ですが、津軽海峡を渡ることはなかったようです。詳しく調べると、本州の中でも一様ではなく、トノサマバッタが別の地域から日本列島に侵入を繰り返したことをうかがわせる形跡が、DNAに刻まれていました。
(2020年5月号掲載)
参考文献:Tokuda, M., Tanaka, S., Zhu, D.―H. (2010) Biological Journal of the Linnean Society, 99, 570―581.
サバクトビバッタは紀元前よりアフリカなどでしばしば大発生し、農作物に甚大な被害をもたらしてきた悪名高い昆虫です。雌はふだんは小さい卵を産みますが、個体数が増えて混み合ってくると大きな卵を産み、その幼虫は頑強で早く成長します。
近年、雌内で卵が作られる初めの2~4日の間に、雌が雄の体表物質(フェロモン)を触角で感じると、即座に大きな卵を産むという発見がもたらされました。フェロモンの感受には光が必要で、暗黒下では「混み合い効果」がみられず、卵が小さくなりました。さらに、同種だけではなく、ほかのバッタやゴキブリの体で刺激しても似た効果があると報告されました。これらの結果を受けて、そのフェロモン解明に別の研究者が挑戦しました。ところが7年の歳月をかけて実験を繰り返しても、上述のような結果はまったく再現されず、「短期間の混み合いでは、群生相化して大きな卵を産むことはない」と結論づけました※1 。もしこのフェロモンが解明されれば、大発生の進行を食い止める手段として大きな武器となる可能性があっただけに、残念な結果でした。
しかし、まだ最終結論は出ていません。再現実験はなされていませんが、初期の結果を信じているグループがあるからです。日本から発信されたこの問題は、今や世界が注目する論争に発展しているようです※2 。
(2023年7月号掲載)
※1 Nishide Y and Tanaka S(2019)Journal of Insect Physiology 114:145—157.
※2 田中誠二(編)(2021)バッタの大発生と謎と生態、7 章「親の混み合いが子の形質を決める仕組み」、194—212. 北隆館
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