イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

食品衛生に取り組むあなたへ(6)

リテールHACCP研究所 山森純子

教育の変化

 自然科学においては、「不変の真理」と呼ばれるような、いつの時代でも変わらない真実があります。たとえば、「地球は丸い」という事実は、時を経ても変わることはありません。
 しかし、食品の安全性に関わる教育においては、ある時点で多くの人が学んだ内容と現在のものを比較すると、大きな変化が見られるものがあります。
 中でも文部科学省による中学・高等学校の家庭科学習指導要領における「食品添加物」の記述は、時代による変化が感じられるものの一例です。
 かつて、「発がん性のある食品添加物の認可取り消し」などが大きな社会問題になった頃には、「食品添加物はできるだけ避けましょう」というような記述になっていました。その後、食品添加物の安全性を評価するための仕組みの整備が進んだことにより、その概要を学び、「各人が目的や用途に合わせて加工食品の適切な選択ができるようになること」を目標とするように様変わりしています。
 中学や高等学校の家庭科の授業による学びは、食品の安全性に対する認識や、それに付随する安心感の醸成に影響を与える要因のひとつです。それぞれに受けた教育による価値観が、心の中に形成されていると考えられます。
(2022年11月号掲載)

ハインリッヒの法則

 人命が失われるような大変痛ましい事故が起きてしまったとき、多くの場合、周囲から「事故になりそうなことは、これまでも起きていた」という声が聞かれます。
 「災害防止のグランドファーザー」と呼ばれたハインリッヒは、「ひとつの重大な事故の背後には29件の軽微な事故があり、そしてその背後にはさらに300件のヒヤリ・ハット(実際の事故にはならなかったが、危険を感じた事案)が潜んでいる」と唱え、事故防止のためにはヒヤリ・ハットの段階で対処していくことが大切であると説いています。
 人間には、周囲の膨大な情報の中から無意識に自分に都合の良い情報だけを集め、都合の悪い情報を遮断する「確証バイアス」という特性があります。このため、ヒヤリ・ハットや29件の軽微な事故の段階で、不都合な事実から目をそらしていないか注意が必要です。
 食品工場や飲食店の現場には、一歩間違えばスタッフの生命を奪いかねない設備や機器が多くあり、さらには、お客様の安全に関わる食中毒や食物アレルギーの管理という大切な役割もあります。
 日常的に起きているヒヤリ・ハットに目を向け、希望的観測を排除し、事前に事故の芽を摘みとることで、安心・安全な職場を作っていきましょう。
(2022年12月号掲載)

「フォアグラウンド」と「バックグラウンド」

 コンピュータのシステム用語には、「フォアグラウンド」と「バックグラウンド」という言葉があるそうですが、皆さんは聞いたことはありますか。
 私たちがパソコンを操作しているときに見ている、目の前の画面に映し出されているプロセスが「フォアグラウンド」です。反対に、画面には映し出されておらず、操作対象になっていないプロセスが「バックグラウンド」です。「バックグラウンド」のプロセスは見えませんし、自らの意思で直接操作することもできません。
 食品でいえば、前者は、見た目の美しさや盛り付けに相当します。視認性があるので、意識を向ければ、今どのような状態にあるのかを確認しながら作業を進めることができます。
 後者は、微生物のコントロールと似ています。目で見て状況を確認することも、手先で直接的に操ることも不可能です。けれども、食品の中には間違いなく存在しています。
 人が外部からの情報を獲得する感覚機能のうち、視覚が占める割合は80~90%といわれます。視覚で認知できないバックグラウンドプロセスである微生物制御のためには、正しいやり方への理解と、その実行のための環境、設備、時間が重要になります。
(2023年2月号掲載)

トレーサビリティ制度の確立

 食品における「産地偽装」がたびたび報道される昨今、「トレーサビリティ(生産から消費までの追跡可能性)制度の確立」は、重要な課題のひとつです。
 東京大学大気海洋研究所の牧野光琢氏(教授)は自身の著書の中で、制度研究の存在意義について「仮に制度がない場合、どうなってしまうのかを考えること」、「制度を使って何ができるのかを考えること」のふたつがあると述べています。
 もし、トレーサビリティに関する決まりがなかったら、その工程管理に対して事業者ごとにばらつきが生じるでしょうし、最悪の場合、偽装の温床になってしまうかもしれません。また万が一、偽装が発覚した際には、原因究明に時間や手間などがかかるために迅速な対応ができず、消費者からの信頼を失ってしまうことにもなりかねません。
 一方で、地域の名産品の原材料や製造工程などについて、自主的にしっかりとしたトレーサビリティの決まりを作り、複数の事業者が一丸となって取り組んでいる事例もあります。このようにしてトレーサビリティが確立された偽装のない製品は、ブランド作りのための強固な基盤を得ることができます。これらの取組みは、「制度を利用して何ができるのか」を考え、実践したものといえるでしょう。
(2023年3月号掲載)

「チームSTEPPS」

 食品事業者にとって安全で価値ある商品を提供することは、なによりも重要な責務です。そしてそれは一人で実現することはできず、他者との協働が不可欠です。そのためには、専門的な技術や知識のようなテクニカルスキルだけではなく、ノンテクニカルスキルと呼ばれる「個人のスキルを発信し、チームで共有する力」も欠かせません。
 米国で開発された「チームSTEPPS(Team Strategies and Tools to Enhance Performance and Patient Safety)」は、チームとして取り組むことで医療事故を防止するためのエビデンスに基づくコミュニケーションツールです。日本でも導入が進められていますが、その手法はシンプルで実践的なものが多く、食品衛生においても活用することができそうです。
 たとえば、チームSTEPPSの中に「CUS(カス)」という手法があります。この手法は、決定的な事故が発生してしまう前の段階で、なにかおかしい、不安であると感じながらも声を上げにくい組織の状況を変えるためのものです。人間はさまざまな要因により間違いを犯してしまうものですから、メンバーが感じている不安や違和感について、安心して率直に声を上げてもらうことができるようになれば、ヒヤリハットの段階で事故を防ぐことのできる可能性が高まります。
(2023年4月号掲載)

「オン・ボーディング」で新メンバーを迎える

 組織に新しいメンバーが加わるのは、とても嬉しいことです。大切な新メンバーの受け入れにおいて、「オン・ボーディング」という概念は、私たちに気づきを与えてくれます。
 「オン・ボーディング」とは、船や飛行機などの乗り物に乗っているという意味の「On―board」を起源とする人事用語です。企業人事の分野で新卒や中途入社を問わず、新しいメンバーが自他ともに組織の一員であるという前向きな認識を持ち、組織に馴染み、活躍できるように準備を整える一連の取組みのことをいいます。
 食の安全に関わる仕事の場合には、目に見える組織図や就労規則、人事制度、業務手順だけではなく、無意識のうちに当たり前とされている事柄にこそ、大切な視点が潜んでいることがあります。
 たとえば、自分たちは当たり前のことと感じて特別に意識することのない一般衛生管理についても、新しいメンバーから見ると、日常生活では意識したことがないことや、初めて聞くような決まりもたくさんあるはずです。
 食の安全のために皆で守っている決まりがあることを前もって伝え、ひとつずつ身につけてもらえるように心を配ることが、オン・ボーディング期における大切な取組みのひとつといえるでしょう。
(2023年5月号掲載)

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