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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
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(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

将来の食料確保に向けて

宮城大学 副学長 食産業学群 教授 三石誠司

 2024年7月、世界人口見通しの最新版が公表されました※1 。総人口は81.3億人です(中位推計、以下同じ)。今後、2061年には100億人、ピークは2084年の102.9億人と見込まれています。その後、わずかに減少し2100年には101.9億人になるようです。
 少し古い話ですが、1960~70年代には「宇宙船地球号※2 」という表現がはやりました。無限の資源を想定し発展を目指した従来型の経済活動に対し、有限かつ閉じた、あるいは循環型の経済を指向する考え方です。「地球」という宇宙船の中で限られた資源の使い方を考えるという、きわめて象徴的な比喩でした。
 それから半世紀以上の年月を経た2020年10月、日本政府は2050年までに二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量と吸収量を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを宣言しました。それでも今後、世界的にまだまだ人口は増加しますが、日本はすでに少子高齢化に伴う人口減少が始まっています。
 食料生産の中心である農業分野にも大きな影響が出ています。その中で、カーボンニュートラルを達成しつつ、同時に必要な食料の安定供給を確保する、実のところ現代日本は、食料の安定生産・調達から消費に至る各段階でさまざまな社会的課題に直面しています。
(2024年10月号掲載)

※1 United Nations,“World Population Prospects 2024”.(https://population.un.org/wpp/)2024年7月25日確認※2 『宇宙船地球号 操縦マニュアル』バックミンスター・フラー著 ちくま学芸文庫(2000年)など。初版は1969年

 昔から「ヒト・モノ・カネ」は重要要素といわれてきました。最近では「技術」と「情報」が加わるようです。中でももっともわかりやすく難しいのは「ヒト」です。
 1951年当時、日本の全就業者数は3622万人でした。そのうち第1次産業従事者数は1668万人、全体の46%を占めていました。そして現代、2022年の日本は全就業者数6723万人のうち、第1次産業従事者は205万人、割合は3%にまで減少しています。
 日本は「モノづくりの国」という印象があるかもしれません。実際1988~99年までは第2次産業従事者が2000万人を超えていました。しかし、今では第2次産業は1525万人、もっとも多いのは第3次産業で従事者4993万人、全体の74%を占めています。
 農林水産省によると、2023年の農業経営体(個人経営体)のうち、仕事として主に自営農業に従事している「基幹的農業従事者」数は116.4万人(2024年の概数値では111万人、65歳以上が8割)とほぼ半分であることがわかります。一概には言えませんが、おおむね年間100日以上従事する農業者数と考えられます。日本国民1.2億人の食料の約4割(食料自給率38%)は主としてこれらの農家が担っているという現実、これを再認識しておく必要があります。
(2024年12月号掲載)

 農林水産省によれば、2023年度の日本の食料自給率はカロリーベースで38%と算出されています。これは先進国の中では最低水準です。少し古い試算ですが、2020年度の数字を見ると、米国132%、カナダ266%、豪州200%、フランス125%と軒並み100%以上です。ドイツやイギリスは100%を割りますが、それでもおのおの86%、65%と、日本に比べればはるかに高い水準です。
 日本の食料自給率は1960年代には70%以上でした。その後、食生活が大きく変わりました。熱量で見れば、1人1日当たりの供給熱量で約2400kcalのうち、コメが1000kcal以上を占めていましたが、今では500kcalを割り込んでいます。総熱量は現在でも約2300kcalとそれほど変化していません。最大のポイントはコメが減少した分、増加しているのが油脂と畜産物です。簡単にいえば、これらを国内で十分に生産できないため、輸入依存が進展したわけです。コメの代わりに肉や油を食べて必要な熱量を確保するようになった、これが食の欧米化の本質です。私たちは海外の安価な原材料をもとにした豊かな食生活を得た代わりに、食料自給率は大きく減少してきたといってよいかもしれません。
 さて、国は2030年に食料自給率を45%まで引き上げる計画を立てています。これを達成するにはどうすれば良いのでしょうか。
(2025年2月号掲載)

 安全保障とは、国が国民の安全を脅かす危険や脅威から国家や国民を守る政策や行動です。その最高位は国家安全保障で、具体的には防衛・軍事的な政策や支出などです。他の安全保障には、エネルギー政策や各種の貿易制限、国内外のサプライ・チェーンの確保など(経済安全保障)があります。また、国内の情報システムや国家・企業・個人の権利や情報を守ること(情報の安全保障)も重要です。
 さらに、「人間の安全保障」があります。これは古くは「恐怖と欠乏からの自由」として知られていました。前者は、戦争や暴力・犯罪などの直接的な脅威から人々を守ることです。後者は、貧困、飢餓、医療、教育、環境など、対象がかなり広く、食料安全保障はこの中の一つと考えられています。具体的には、生存・生活のために十分な食料が市場や社会にあるかどうか(入手可能性)、その食料が現実に購入・入手が可能かどうか(アクセス)、健康や衛生状態が十分かどうか(活用)、そして、供給が安定しているかどうか(安定性)です。
 食料安全保障が確保されている状態とは、これら4要素がバランスよく保たれている状態です。この概念は一国のレベルから、一人ひとりの生活レベルまで通用する共通の考え方であり、食料・農業・農村基本法にも示されています。
(2025年4月号掲載)

 食料安全保障には、入手可能性・アクセス・活用・安定性という4つの要素が不可欠であることは前回述べました。さらに近年では、持続可能性と主体性の重要性が指摘されています。
 かつて「飽食の時代」といわれましたが、現代日本の食生活が本当に持続可能かという問題は深刻です。資金があっても入手できない食材が出始めており、供給リスクが顕在化しています。また輸入品が国産品より低価格の場合、安価なほうを選びたくなるのは自然ですが、それがいつまで持続可能かは不透明です。輸出国が供給を止めれば、日本の食料事情は大きな影響を受けます。そこに持続可能性の問題が絡んできます。
 一方、主体性は英語ではagencyと表されます。何を選び、どのように調理し、いつ食べるかといった自律的な行動は、人間が生きるための本質的な条件です。いくら栄養価の高い食品でも、嫌いなものや強制的に食べさせられるような状況では安全保障が十分とはいえません。市場原理には多くの利点がありますが、行き過ぎれば社会的弱者の主体性を奪い、食料供給に混乱を招く可能性があります。
 食料安全保障を考える際には、持続可能な形で必要な食料を確保すると同時に、社会的弱者の主体性も尊重しながら実施することが求められます。この両面を常に念頭に置くことが重要です。
(2025年6月号掲載)

 さて、これまで述べてきた内容を簡単にまとめてみましょう。
 第一に、世界人口が増加傾向にある中で、日本は少子高齢化が進展しています。第二に、現代の日本では就業者数の74%が第三次産業に従事し、第一次産業は3%に過ぎず、基幹的農業従事者は111万人、その8割が65歳以上です。第三に、過去半世紀にわたる日本の食生活欧米化の本質は、熱量ベースでいえば、コメが半減、代わりに油脂と畜産物で代替してきたことです。第四に、安全保障にはさまざまな次元があり、中でも食料では4要件(入手可能性・アクセス・活用・安定性)が広く共有された要件であることと、近年では「人間の安全保障」という概念が普及し始めたことが特徴です。第五に、新たに持続可能性と主体性(agency)という2要件が議論され始めています。
 さて、これまで私たちは可能な限り「合理的」な仕組みを構築するため、産地から消費地までの在庫を減らし、徹底的なスリム化と低価格化に邁進(まいしん)してきました。これは平時であればもっとも「効率的」ですが、張り詰めた糸は「遊び」がなく、外的変化への対応力も弱いという状況を、実は一人ひとりが感じ始めているのではないでしょうか。
 もう一度、本当に有事に強い仕組みとは何か、どこまでの「備え」が必要かを再考する必要がありそうです。
(2025年8月号掲載)

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