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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

動物由来感染症 動物からうつる病気

イカリ消毒株式会社 名誉技術顧問 谷川力

アライグマ回虫

 人の回虫(ヒト回虫)は、かつて日本人の多くが感染していましたが、農業の近代化や上下水道の整備とともに感染が見られなくなりました。一方、海外からの野菜や海外旅行を通じての感染事例が知られるようになりました。しかしながら、身近な動物にも回虫は知られており、たとえば犬回虫、猫回虫、豚回虫などが人に感染すると幼虫移行症になります。
 幼虫移行症は終宿主が本来とは異なる(犬回虫は終宿主がイヌ、猫回虫はネコ)ため、居心地が悪く人の体内を移動してしまうことにより発症します。これらの回虫は0.5mm未満と非常に小さく、人の体内ではそれ以上に成長しないとされています。
 ところがアライグマ回虫の幼虫は大きく成長して体長2mmにも達します。体内に入ると長期にわたり活発に移行するため、組織破壊が激しく、強い炎症を引き起こします。特に幼虫は脳に集まる傾向が強く、神経系に不可逆的な損傷を与え、失明や死に至ることもあります。
 北米のアライグマは高率で感染していることが知られており、日本では動物園や動物業者およびペットとして飼育している個体に感染が見られたことがあります。現在、野生化したアライグマから回虫は見つかっていませんが、病原性が強いことからアライグマ個体群のコントロールが重要となっています。
(2023年1月号掲載)

エキノコックス

 エキノコックス症はエキノコックス属条虫による寄生虫疾患で、人が感染すると重篤な症状になることが知られています。現在でも北海道に多く見られるこの寄生虫は、キタキツネ(終宿主※1 )とエゾヤチネズミ(中間宿主※2 )の間で生活環が成立しています。
 通常、エキノコックスはキタキツネの腸管内で成虫まで発育して卵を産みます。キタキツネの糞便とともに排泄された卵は、エゾヤチネズミの口から体内に入り幼虫へと成長し、肝臓内で終宿主であるキタキツネに食べられるのを待ちます。エゾヤチネズミと同じ中間宿主である人間は、キタキツネの糞便に直接触れてはいなくても、土中や水中にあった卵を偶発的に経口摂取してしまうことで感染します。恐ろしいのは発症までの時間が長く、感染がわかるまでに数十年もかかる場合があることです。発見が遅れると、死に至ります。
 北海道だけに多く見られたエキノコックスが、近年、愛知県の一部でも散見されるようになりました。その理由は、キタキツネだけではなくイヌも終宿主になるためと考えられています。
 予防には、野山に出かけた後はよく手を洗うこと、山菜はよく洗ってから食べること、ノイヌやキツネには触れないこと、キツネは餌付けしないこと、イヌは放し飼いにしないことなどが大切です。
(2023年2月号掲載)

※1 成虫が寄生する動物
※2 幼虫が寄生する動物

トキソプラズマ

 トキソプラズマはネコ科の動物を終宿主とする寄生原虫であり、中間宿主としてヒトを含む幅広い動物種に感染します。そのため、ヒトは猫自身や猫のトイレを触った手を介したり、感染している豚や牛、羊や山羊などの肉を生食したりすることで感染します。成人が感染した場合の多くは無症状ですが、妊娠中に初めて感染すると胎児も一緒に感染してしまい、流産や水頭症などの先天性トキソプラズマ症を起こします。
 ネズミも中間宿主のひとつであることから、感染したネズミが猫に食べられることはトキソプラズマにとっては嬉しい出来事です。また、感染したネズミは猫の匂いを避けなくなることも知られています。そのため、あたかもトキソプラズマはネズミを操って、捕食されやすくコントロールしているように思われ、マスコミでは高等生物を操る寄生虫の面白い事例としてよく取り扱われています。しかし近年、トキソプラズマに感染したネズミは猫の匂いだけではなくキツネなどの捕食者の匂いや、ヒトの手なども避けなくなることがわかりました。またその程度は、ネズミの脳炎の程度と相関していました。トキソプラズマに感染したネズミは脳炎の影響で危険なものを全般的に避けることができなくなり、結果として猫にも捕まりやすくなっていると考えるほうが、トキソプラズマがネズミを操っていると考えるよりも正しいようです。
(2023年3月号掲載)

ペスト(1)

 ネズミから感染する病気でもっとも恐ろしいのはペストです。ネズミからノミ、ノミから人へと感染します。ペスト菌を伝播する代表種はケオプスネズミノミですが、ノミの唾液腺内に菌が繁殖しやすいため、ほかのノミでも媒介させることがあります。ペスト菌に感染しているノミに咬まれると、1~7日の潜伏期間を経て発熱、高熱が続き、めまいがして脈拍が弱くなり、精神にも異常をきたします。虚脱状態になり、皮膚が乾き、黒紫色をした大きな斑点ができるので「黒死病」とも呼ばれています。敗血症を起こすと死亡しますが、ペストには腺ペストと呼ばれる直接ノミから感染するものと、肺ペストと呼ばれる人から人へ感染するものがあります。一般には腺ペストが流行した後に肺ペストへ移行するといわれています。肺ペストになるとさらに致死率が高くなります。
 ヨーロッパでも肺ペストが流行、猛威をふるい、14~18世紀にはヨーロッパ全人口の4分の1が死亡しました※ 。日本にも1899年(明治32年)に侵入、27年間にわたり数回の流行を繰り返しました。患者2905名、死者2420名を出したものの、大規模な感染拡大に至らなかったのは、「ペスト菌」がペストの原因であることを発見した北里柴三郎が、感染源であるネズミの駆除を徹底したためといわれています。その後、1927年(昭和2年)を境に発生はありません。
(2024年5月号掲載)

※ 諸説あり

ペスト(2)

 ペストは、今でも世界中で散発的に発生し、アフリカやペルーをはじめ毎年1000~3000人の患者が発生しています。日本でも、感染した場合に危険性がきわめて高い1類感染症に分類されており、監視に手を抜くことはできません。ペストは、ペスト菌を保有するネズミなどのげっ歯類からノミを介して感染する人獣共通の感染症で、野生の動物間でも流行を繰り返しています。かつて毎年、推定2万頭以上がアメリカから輸入されていたプレーリードッグは、ペストを媒介することが指摘され、動物由来感染症の侵入を防ぐ目的から2003年に輸入が禁止されました。また、近年の検疫所のデータでは、那覇、福岡でネズミに寄生したケオプスネズミノミが多数見つかっています。しかし、そこからの広がりについて調べられた記録はありません。
 私たちのような会社はペストコントロール業といわれますが、このペストは人に有害な生物(昆虫、獣、微生物など)すべてを指し、病気のペストではありません。ペストは英語で「Plague」といい、ペスト菌は学名で「Yersinia pestis」といいます。
 今年から1000円札の肖像画となる北里柴三郎は、1894年(明治27年)、ペストの蔓延していた香港に派遣され、その原因菌であるペスト菌を発見するという大きな業績を上げました※ 。
(2024年6月号掲載)

※ 諸説あり

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