イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

ネズミ豆知識(3)

イカリ消毒株式会社 名誉技術顧問 谷川力

「チュークリン」開発の歴史(前編)

 ネズミの捕獲に粘着トラップが使われ始めたのは、昭和40年代になってからです。あまり知られてはいませんが、その先駆者はイカリ消毒株式会社です。2代目社長・黒澤聡樹が、東南アジアで木を登るネズミが樹液で動けなくなっているのを見たことが大きなヒントとなって開発されたネズミ捕りシート「チュークリン」は、半世紀以上経った現在でも使用され続けています。
 粘着トラップが開発される前は、餌を仕込んでネズミをおびき寄せて捕獲する金網カゴや圧殺式捕獲器(パチンコ)が一般的であり、ネズミの手づかみも当たり前に行われていました。手づかみの方法は、ネズミの侵入口を見つけたら、ネズミに気づかれないようそこに先回りします。そして、その侵入口とは逆側から別の人が急に照明をつけ、大声を出しながらネズミを追い立てます。するとネズミは驚き、侵入口を目がけて逃げていきます。それを1匹1匹手づかみ、もしくは漁網を利用して捕らえるのです。多いときにはバケツ一杯捕獲することもあり、これが話題を呼んでマスコミなどに取り上げられたこともあります。
 しかし黒澤聡樹は、この方法をPCO(ペストコントロール業)として恥ずかしい方法だと認識していました。その強い思いが、「チュークリン」の開発と普及の原動力になったのだと思います。
(2023年5月号掲載)

「チュークリン」開発の歴史 (後編)

 チュークリン※ は開発当初、粘着物をダンボールに塗りつけ、それを配置する手作りの粘着トラップでした。試作品が出来上がった際、まずは社内に普及させるため、手づかみの職人技をもった現場技術者にその効果を納得してもらうことが重要でした。その結果、現場での実地試験が重視され、数十か所で行われました。初めて使う時には現場技術者に「こんなものでネズミが捕れるものか!」と馬鹿にされたようですが、実際に使ってみると驚くようにネズミが捕れ、粘着トラップは瞬く間に広がりました。特に東京都内、大阪など都市部の試験で高い捕獲効果が得られ、製品改良と普及のスピードが上がりました。チュークリンの開発に現場技術者の熱意も加わったことで、大きな成果となりました。
 粘着トラップ以前のネズミ駆除の主流は殺鼠剤(ネオラッテ、ネオラッテスローバック、マジックパウダーなど)でした。チュークリン上市後は、殺鼠剤の売上げがどんどん下がり、今では殺鼠剤の市場より大きくなりました。イカリ消毒の夢であった無薬無影響工法の先駆け、そして始まりです。その後チュークリンは、ネズミ捕り用粘着トラップの代名詞としても知られるようになりました。業務用で効果が確認できた後、一般用を商品化しました。薬局などのバイヤーの販売ルートに乗せるまでに、営業部が大変苦労したと聞いています。
(2023年6月号掲載)

※ イカリ消毒が開発したネズミ捕獲用の粘着シート

飲食店でのネズミ対策

 以前ご紹介した「家庭でのネズミ対策※ 」とそれほど変わりはありませんが、食物を提供する飲食店では、より衛生的な環境を維持しなければなりません。
 前回の家庭編では、(1)ネズミの生息環境を見直し、食物の管理、通路の遮断、整理整頓をします。(2)ネズミの捕獲に利用する粘着トラップ数は、1枚より複数枚を一度に利用したほうがよいでしょう。(3)殺鼠剤を食べさせるコツは、無毒餌による餌慣らし、物影に置くなど工夫するようにします、と述べました。さまざまな殺鼠剤がありますが、一般には「抗凝血性殺鼠剤」が効果としては優れています。
 飲食店では(1)~(3)の組み合わせが必須です。すなわち、総合的に防除する方法、環境改善、捕獲、殺鼠剤利用を組み合わせる必要があります。そして、あきらめないことが大切です。ビルのテナントとしての飲食店は、各店舗との情報交換も重要です。
 ではどのくらい専門業者に防除に入ってもらう必要があるかですが、ねずみ駆除協議会や日本ペストコントロール協会のアンケート結果でも施工回数は2~4回ほど、状況によってはそれ以上の回数の訪問もあります。また、施工終了までは数か月ほどかかります。1回の施工、1日での終了はまれと考えるべきでしょう。
(2023年7月号掲載)

※ 本誌2022年8月号掲載

大型建築物でのネズミ対策

 本誌7月号で解説した飲食店と対策そのものはそれほど変わりませんが、面積が大きい建築物のネズミ対策は非常に難しくなります。
 一般的なネズミ対策はまず生息環境を確認し、食物の管理、通路の遮断、整理整頓をします。次にネズミの捕獲に利用する粘着トラップは、複数枚を一度に利用したほうが良いでしょう。最後に使う殺鼠剤は食品工場などでは置けないところもありますが、使用する場合は場所を限定します。そして、それらの防除方法の組み合わせが必要です。すなわち、環境改善、捕獲、殺鼠剤利用を組み合わせたIPM(総合的有害生物管理)に基づく理念を取り入れて対策を行います。
 具体的には、ネズミの生息および活動状況を監視し、トラップなどを用いた捕獲や目視調査を定期的かつ客観的に実施します。調査結果を基に維持管理水準を設け、建築物内で常に衛生的に良好な環境を保つための判断材料とします。特定建築物※ (3000平方メートル以上の不特定多数の人が入る建物)では、「快適な環境」、「このまま放置しておくと危険な環境」、「危険な環境」の3段階に分けて、なんらかの水準(たとえば目撃、証跡の有無の数など)を設け、現状でどの水準に建物があるのかを判断し、最終的にはその水準内の決められた作業で「快適な環境」を目指します。また、すでに快適な環境であれば、それを維持します。
(2023年8月号掲載)

※ 建築物における衛生的環境の確保に関する法律で定められた建築物のことを指す

殺鼠剤(さっそざい)のはなし

 殺鼠剤とは、その名のとおりネズミを退治する薬です。日本には法的区分により、医薬部外品、農薬、動物用医薬部外品の殺鼠剤があります。それぞれの殺鼠剤に含まれている有効成分は同じものが多いですが、使用場所や用途が明確に定められています。
 殺鼠剤は薬剤を用いる化学的駆除法のひとつで、ネズミが単回の摂取で死亡する急性毒タイプと、複数回の摂取で死亡する抗凝血性毒タイプ(最近は、単回摂取で有効なものもあります)のふたつに大きく分かれます。急性殺鼠剤は、薬剤濃度の高さが影響してネズミの喫食率が悪いことがあるので、その場合は無毒餌による餌慣らしを行います。抗凝血性殺鼠剤は、効果が出るまで数日を要します。
 抗凝血性殺鼠剤の長所は、万が一誤食しても解毒剤があることです。解毒剤にはビタミンKを利用します。殺鼠剤とビタミンKを等量の濃度で摂取させれば、ネズミでも死ぬことはありません。そのくらい、人に対して比較的安全な薬剤といわれています。しかしながら、食品などに混入しやすい場所や誤食されやすい場所での殺鼠剤の使用に、注意が必要なことに変わりはありません。近年、殺鼠剤の使用を控える場所が多くなっていますが、殺鼠剤を使って短期間でネズミ駆除を終了させることも検討する必要があります。
(2023年9月号掲載)

ドブネズミとクマネズミの住み分け

 後から来たドブネズミが定着するようになったビルがあります。もともとそこには先住のクマネズミがおり、飲食店、食品売場、ゴミ集積場を生活の場としていました。
 ある時、ゴミ集積場でネズミを捕獲していると「キーキー」と大きな声が聞こえ、見ると小さなネズミが粘着トラップに捕まっていました。捕獲個体はすぐにドブネズミだと判別でき、さらに幼獣だったため、未捕獲の親や同腹の仔がいることも予測されました。その後、ゴミ集積場では予測のとおり成獣のドブネズミも捕まるようになりました。
 ドブネズミはクマネズミを襲うことはなく、餌を横取りするだけでした。クマネズミもそれを知っているのか、ドブネズミが近づくと餌を置いて立ち去ります。クマネズミは餌が豊富にある限り、襲われないことを学習しているのでしょう。この時点でゴミ集積場では、平面的に動くドブネズミと立体的に動くクマネズミの観察ができました。
 しかし数か月後、そのビルに野良ネコが侵入してきたのです。ネコは、生ゴミが豊富にあるにもかかわらず、ネズミを狙いました。平面的に動いていたドブネズミに不利な状況です。ドブネズミも立体的な行動を取るように変わり、その時点でゴミ集積場からクマネズミはいなくなり、捕獲されるのはドブネズミだけになりました。
(2023年10月号掲載)

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