イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

認知症の予防(4)

介護福祉士 中村和彦

軽い運動を10分するだけで記憶力がアップ

 筑波大学らの研究グループは、ゆっくりとしたペースのウォーキングやヨガのような超低強度運動を10分間行うと、その直後に記憶力が向上することを初めて実証しました。運動することで脳の記憶に関わる海馬の活動が活発になり、人間の記憶システム全体の質が向上することが、最先端の機能的MRI技術によって証明されたということです。この研究成果は、米国科学アカデミー発行の科学誌『PNAS※ 』にも掲載されました。
 超低強度運動とは、最大酸素摂取量の37%以下の強度、心拍数は若齢者で1分当たり約100拍以下、高齢者で約90拍以下で、主観的にはかなり楽だと感じる程度の運動を指します。
 これまで成人の脳では再生しないと考えられてきた神経細胞が、脳の限られた領域で再生できることが他の実験でも確認されています。今後は、認知症予防を見据えた軽運動プログラムの開発が期待できます。
 また、運動後に記憶力を高められることから、これらの軽運動プログラムは学生や社会人、研究者などの間でも幅広く活用されるようになることでしょう。コロナ禍で散歩を控えている方は、10分だけ歩いてみてはいかがでしょうか。体力づくりだけではなく、記憶力向上のためと思って歩いてみてください。
(2021年6月号掲載)

※ Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

「歩きたくなる街路づくり」が認知症予防に有効

 国土交通省は、産官学による「まちなかウォーカブル推進プログラム」を2019年に策定しました。これは、街路に面した民有地を広場にしたり、街路自体を広場化したりすることで歩きたくなる空間を整備する取組みです。歩くことは認知症予防に効果があることが実証されており、歩きたくなる街を増やすことで認知症をはじめとするさまざまな病気への対策としても期待されます。
 東京医科歯科大学(現:東京科学大学)と千葉大学の研究グループは、65歳以上の高齢者約7万人を3年間追跡し、今年3月、近隣の歩道面積割合と認知症発症との関係について調査した研究結果を発表しました※ 。報告によると、歩道面積割合が低い地域に住む人は、高い地域に住む人と比べて認知症リスクが45%も高いことがわかりました。また、都会と田舎では、都会でのみ、歩道が認知症リスクと関係することも判明しました。
 歩道面積が広く歩きやすいことが認知症予防に効果的と証明されたことは、先進国の中でも歩道設置割合が特に低い日本において、今後の街づくりに大きく影響するでしょう。景観保護や防災上でも効果があり、住みやすい街づくりにもつながる街路空間の再構築が進んでいくことを望まずにはいられません。私も昔、緑が多くガードレールや電柱のない街路が好きで、駅までの経路にしていたことを思い出します。
(2021年9月号掲載)

※ 研究は、東京医科歯科大学国際健康推進医学分野の谷友香子氏らによるもの。
研究成果は、医学誌「American Journal of Epidemiology」に掲載

「ただ話を聞くだけ」で認知能力の低下を防ぐ

 米国医師会のオンライン誌※ は、心の内を吐き出したいときに話を聞いてくれる人がいると、認知的レジリエンス(認知能力の維持・回復)に役立つという研究内容を報じています。今回の研究では、成人2171人に「サポーティブ・リスニング」、「アドバイス」、「愛情」、「感情的サポート」、「十分な接触」の5つの社会的交流と、MRI(磁気共鳴映像法)を使い測定した結果、サポーティブ・リスニングをよく受けている被験者は、認知的レジリエンスが高いことが判明しました。サポーティブ・リスニングとは、人が話したいときに思いやりを持って耳を傾けることです。話を聞くだけで、助言はあまりしません。
 大切なのは、聞き手があれこれ考えず、相手の言うことをすべて受け入れることです。一般的に人は相手から助言を求めますが、ただ聞いてほしいだけというときもあります。愚痴を言いたいけれど、言ったら叱られると思うと内に秘めてしまいます。否定せずになんでも聞いてくれる人がいれば気持ちよく話せますし、気分よく話すということが認知機能の維持につながるのです。認知症の人は、「ダメ」などの否定的な言葉には反発を感じるだけで、怒りや悲しみしか生まれません。どうしても助言をしたい場合には、肯定的な言葉を使いましょう。「ありがとう」は何度使ってもよいですし、褒めることも効果的です。
(2021年12月号掲載)

※ 『JAMA ネットワーク・オープン』

ダンスで認知機能をアップ

 自宅で簡単にできる体操用のDVDがないかと探していたところ、TRFのサムさんらが考案した認知症の方に効果的なダンスプログラム『リバイバルダンス』を発見しました。サムさんのお母さんが病気で寝たきりになったことから、高齢者がずっと自分の足で歩けるような体づくりのサポートをしたいと思ったことが、制作のきっかけだったそうです。このDVDは、歩行能力をアップする運動編と、認知機能の改善を目的とした脳活性編の2枚組です。ダンスは1曲約5分で、動きは簡単。歌に合わせて踊るだけで、脳と体が元気になります。椅子に座ったままでもできるので、足腰、膝などに不安のある方も安心です。
 東京大学と理化学研究所の共同研究により、このDVDの効果測定も行っています。1回45分のトレーニングを週3回、4週間行った結果、歩行能力の向上、認知機能の改善、股関節・膝関節・足首の関節の可動域が広がって、曲がりやすくなるという効果が見られたそうです。
 ダンスの曲は美空ひばりの『お祭りマンボ』など、高齢者には懐かしく耳馴染みのあるものを採用し、すぐに覚えられるダンスと少し複雑なダンスに分けて、自宅で楽しく続けられるように工夫されています。少し複雑なダンスは脳に刺激を与え、運動と認知機能がより高まります。大切な方に贈って、楽しく挑戦していただくのはいかがでしょう。
(2022年6月号掲載)

インフルエンザワクチンが認知症予防に有効?

 アルツハイマー病協会国際会議2020において、インフルエンザと肺炎のワクチンが、アルツハイマー病のリスク低下に関連しているとの研究結果が発表されました。発表したのは、テキサス大学ヒューストン医療科学センターの研究チームで、アメリカ全州の約93万人のワクチン接種者と約93万人のワクチン未接種者を対象としています。約4年にわたる追跡の結果、インフルエンザ予防接種を受けた人は、受けなかった人よりアルツハイマー病になる可能性が40%低かったとのことです(ワクチン未接種者の8.5%、ワクチン接種者の5.1%がアルツハイマー病を発症)。同センターのプレスリリースには、「高齢者がインフルエンザのワクチンを接種すると、数年間にわたってアルツハイマー病を発症するリスクを低減することを発見した」と記載されています。
 研究者らによると、効果の程度は、その人がインフルエンザワクチンを接種した回数とともに増加するとし、毎年インフルエンザワクチンを受けている人はアルツハイマー病になる割合が最も低く、より若年時に最初のワクチン接種を受けた人のほうが効果が大きかったそうです。
 インフルエンザワクチンはアルツハイマー病に強い影響があるのは明らかなようですが、根本的なメカニズムについてはさらなる研究が必要だと、研究者らは述べています。
(2022年10月号掲載)

知的好奇心が湧く活動で認知症予防

 一般に加齢とともに脳が萎縮し認知症の原因になるとされますが、喫煙、飲酒、肥満なども脳を委縮させる要因です。一方、ジョギングや社会的交流、特に知的好奇心が旺盛だと脳の萎縮が抑制され、認知症予防につながることもわかっています。知的好奇心が旺盛な人の脳を調べると、海馬、腹側被蓋野(ふくそくひがいや) 、側坐核(そくざかく)、中脳黒質といった部位の活動が高まっています。海馬は新しい記憶を担う中枢部で、ほかの3つは「元気」や「やる気」を感じさせる神経ネットワークの中枢です。
 国立がん研究センターを中心とする多目的コホート研究※ グループは、約20年間の調査を行い、趣味を持っていない人より持っている人のほうが18%、趣味がたくさんある人では22%、認知症リスクが低いことを明らかにしました。
 知的好奇心が湧く活動ではモチベーションも上がり、記憶の定着が良くなります。記憶の定着が良くなれば、萎縮が抑えられます。認知症を予防するには、趣味などの活動を持ち、上達するために知識や情報を蓄え、楽しんで行うようにすることが大切です。
 定年前の人や認知症が心配という人は、若い頃にやっていた趣味や諦めていた活動を、もう一度始めてみてはいかがでしょう。認知症予防と思えば、ある意味で強力なモチベーションになるでしょう。
(2023年3月号掲載)

※ 生活習慣と病気の関係を調べるために行われる大規模な疫学調査

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