イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

現代社会におけるメンタルヘルスとセルフケア(1)

ILFY 代表コーチ 内藤響

もっとも簡単なセルフケア

 子どもの頃、野山で遊んだり、友達と話したり、夢中になって本を読んだりゲームをしたり……。
 仕事のことで忙しい今と比べて、あの頃は幸せだったなと思ったことはないでしょうか。僕はあります。しかし一方で、こうも思います。「それって、今でもできるんじゃない?」。
 現代の日本では「お金を稼げば幸せになれる」や「仕事を楽しもう!」というような価値観が「幸せ」とされていて、どこか息苦しさを感じます。ただ、幸せの定義は人それぞれ異なりますし、お金をかければかけるほど幸せになれるわけではありません。子どもの頃、お金がなくても楽しかった思い出があるように、我々はお金をかけずとも幸せになれるのです。唯一変わったのは、無理だと思って「この指止まれ!」をする人が少なくなったことです。まずあなたが友人に一言、「飲み(食事)に行こう」ではなくて、「遊ぼう」と言ってみませんか。遊ぶ理由は後から決めればよいし、話しているうちに浮かんでくるはず。そして、「大人になっても変わらないな」と言いながら、遊んでみてください。そんな予定を休日あるいは平日にも入れていけば、あなたはもっと「忙しく」なるはずです。実はそれがもっとも簡単で、かつ効果的なセルフケアなのです。
(2025年1月号掲載)

肉体労働と精神労働

 セルフケアとは、「肉体的な休息」と同時に「精神的な休息」をも意味します。しかし、なぜ精神的な休息が求められているのか、不思議に思ったことはないでしょうか。
 労働を、(1)「主に、肉体エネルギー、筋力を必要とする労働力の支出」を肉体労働、(2)「労働過程における脳と神経力の支出」を必要とする精神労働に分けたとき※1 、(1)、(2)どちらかの側面しかない仕事は存在しないのですが、「労働」と聞くと「肉体労働」をイメージしてしまいがちです。日本には古来から、「精神を鍛えるためには肉体を痛めつける」という発想があり※2 、長時間労働はまさにこの発想からくるものです。
 精神的な疲れは、肉体疲労とは異なり目に見えないため、本人であっても気づくことが難しい場合があります。だからこそ、
・自分は疲れていないと思っても、仕事以外の時間を作ること
・他者と話す時間を作ることで、客観的に自分を見てもらうこと
が重要です。そうすると、利害関係のない友人や家族といった、職場外の時間を増やしていくこともセルフケアにつながってきます。
 自分の「疲れの元」が肉体的か精神的かを分析し、「なぜ?」という原因論ではなく、「何があれば?」という問いを自分に投げかけることが状況を改善する第一歩です。
(2025年3月号掲載)

※1 Wörterbuch der Ökonomie Sozialismus,1960, Dietz Verlag.
※2 『菊と刀』ルース・ベネディクト著 角田安正訳 光文社古典新訳文庫(2008)

責任と責任感

 私たちは社会に出た瞬間から、さまざまな役割を担うことになりますが、その中でも特に、「職業」や「立場」といった役割が考え方や行動に大きな影響を持ちます。そして、その役割に対し無意識のうちに過度な責任を感じ、心身に負担をかけてしまうことがあります。たとえば、管理職であれば「決断力を持つべき」、経営者であれば「常に未来を見据えて動くべき」、また「男たるもの」、「女たるもの」といった、こうあるべきという社会的な期待がその一例です。
 こうした「役割の責任」を負うこと自体は避けられません。重要なのは、自分がその「責任感」をどのように感じているかです。社会的な期待に応えることは必要ですが、それが自分の価値観や感情と一致しているかどうかを見極めることが大切です。無理してその期待に応え続けると、心身に負担をかけてしまうことがあります。
 また、実際に周囲が期待する「責任」と自分が感じている「責任感」には、ズレが生じることがよくあります。たとえば、周りが求める役割を全うしているにもかかわらず、自分の内面ではその期待に応えられていないと感じることがあるかもしれません。そんなときは、一度、周囲の人々と「自分の感じている責任」と「周りが期待している責任」について擦り合わせる時間をとってみることをお勧めします。
(2025年5月号掲載)

2種類の相談

 現代社会では、忙しい日常や複雑な人間関係、仕事のプレッシャーがメンタルヘルスに大きな影響を与えています。そんな中、セルフケアの方法として重要なのが「相談」です。
 相談には(1)「〜に相談する」と、(2)「〜と相談する」の2種類があり、(1)は答えや決定権が相手にある場合の相談で、(2)は共に問題を考える形の相談です。日本では、縦社会の影響から「相談」というと(1)を想像しがちですが、現代においてより重要なのは(2)。これは、課題に対して2人以上が対等な立場で考え、「私」ではなく「私たち」として取り組むことで、悩みを分担する効果があります。ただし、悩みを人に話すことに抵抗を感じる人も多いため、そんな方には「AIと相談する」方法もお勧めです。AIとの会話は他者からの評価をおそれずに自分の悩みを言葉にできるため、心の整理がしやすい場です。しかし、人との相談で得られる感情的なつながりも重要で、「実は相手も同じことで悩んでいる」といった発見が、問題に対する新たな視点を提供してくれることもあります。相談には2つの側面があり、それぞれがセルフケアにおいて大きな役割を果たしています。そして大切なのは、「相談される」ことも相手が信頼を感じる証拠になる点です。自分と相手のためにまずは一つ、相談してみてはいかがでしょうか。
(2025年7月号掲載)

「できるけど、いまは無理です」

 たとえば「人前で話すこと」「資料をつくること」。”やろうと思えば“できることは多いです。実際にやったこともあります。でも今は、それをやる気力が湧きません。そんなとき「できるのにやらない自分」を責めてしまう——そんなことはないでしょうか。
 実は、「できる」には2種類あります。1つは「能力的に可能」かどうか。もう1つは、「状況として可能」かどうかです。誰かに頼れるか、余裕があるか。そうした「状況」が整わなければ、たとえ能力があっても「できない」ことのほうが世の中には多いです。にもかかわらず、現代社会には「できない」と言いにくい空気があります。頑張れることが当たり前であるかのように評価され、立ち止まることが「サボり」と見なされてしまう。自立というのがなんでも一人でできること、という前提になっているのです。しかし、本来の自立とは「なんでも一人でできること」ではなく、「できない」と言える相手が複数いること。そして、自分もまた誰かの「できない」を受け止める相手になっていることです※ 。
 ”できるけど、いまはやらない“は、立派な選択です。むしろそれをほかの誰かに任せることは、その人の「できる」を伸ばすきっかけにもなります。「できない」を言い合える関係性から、安心できる自立は始まるのではないでしょうか。
(2025年9月号掲載)

※ https://www.tokyo-jinken.or.jp/site/tokyojinken/tj-56-interview.html

“評価されないと不安”なあなたへ

 頑張ったときや成果を出したときに「すごいね」と言われると、嬉しくなります。しかし、失敗したり何も成果が出なかったとき、自分の存在そのものの価値がなくなったように感じることはないでしょうか。それは実は「評価」と「承認」を混同しているからなのです。評価とは、個人の主観によるものです。一方、承認は事実を認める行為です。たとえば「髪を切ったんだ。似合っているね」という会話があったとします。その中で「髪を切ったんだ」は事実=承認、「似合っているね」は主観=評価です。この違いを意識するだけで、少し心が楽になります。
 現代では、評価されないと承認されていないと感じてしまいがちです。しかし本来、評価は「積み上げた事実のあと」にやってくるものです。たとえば、赤ちゃんが歩くようになるまでには、ハイハイやつかまり立ちというプロセスがあります。私たちも同じように、「できた」ではなく「やった」という行動そのものに目を向けることが大切です。
 セルフケアの第一歩は、「何もできていない自分も、ここにいてよい」と思えることです。そのためには、小さな一歩や、勇気を出して行動したこと自体に目を向けてみましょう。まずは、今日を生きているという事実から自分自身を承認することが、他人を認める第一歩になると思います。
(2025年11月号掲載)

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