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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
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(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

地域農業の未来を拓く

一般社団法人 南阿蘇村農業みらい公社 事務局長 山戸陸也

 南阿蘇村は、九州のほぼ中央にある阿蘇山の南麓に広がり、観光客が数多く訪れる農業と観光が主産業の村ですが、農業従事者の高齢化は進み、耕作されない農地も増えつつあります。
 どの分野でも高齢化と人材不足は課題だと思いますが、米を生産している人の多くは70歳前後で、あと5年ほどで体力の限界を迎えます。子や孫も、勤めている会社を辞めてまで儲からない農業はやりません。昨年は急に米や野菜の価格が上がりましたが、生産者の側からみると米も野菜もこれまでが安すぎただけで、今後農業を志す人が増えるかは未知数です。
 国産が無理なら輸入すればよいという考え方もありますが、異常気象が当たり前のようになり、世界情勢も不安定さが増していく中で、お金さえあれば何でも買える時代は終わりつつあると思います。特に食料は、自国民を飢えさせてまで輸出する国はないので、安易に輸入に頼る一方で国内の生産者が高齢化し、農地は荒れて山になっていく現状を見ると、この国はこの先大丈夫なのかと不安を感じずにはいられません。
 そこで南阿蘇村では、令和3年10月に南阿蘇村農業みらい公社を立ち上げ、耕作を断念された方の農地の仲介、地域おこし協力隊の制度を活用した新規就農者育成、農作業受託などを開始しました。
(2025年4月号掲載)

 南阿蘇村は阿蘇山南麓に広がる観光地でもあるため、南阿蘇で農業をしたいという就農希望者も少なからず相談に訪れます。農業をしたいと思っても、農産物を栽培する知識や技術、農業機械を操作する技術、経営に必要な会計の知識、農地の確保、経営開始のための資金確保など、やるべきことはたくさんあります。しかも、これらのことをまとめて対応してくれるところは少ない状態です。
 そこで、南阿蘇村では令和3年に農業公社を設立し、空いている農地を仲介したり、地域おこし協力隊の制度を活用した新規就農研修を行ったりしています。これまでに11人を採用し、5人が就農しました。農地の仲介といっても、借り手がなかなか見つからない農地は、「道路が狭い」、「水が来ない」など、なんらかの課題を抱える場合も少なくありません。
 また、最近は、頑張って栽培した農産物が収穫期頃にイノシシやシカ、サルなどの被害に遭うことも増えてきました。しかし、そのような農地でもあきらめることなく守り続け、自分たちで食べものを作るための基盤を維持していくことが大切だと考えています。これからを生きる子どもたちが、不安定な国際社会の中で、自立した日本の国民として自信をもって生きていける力を育む土台になると考えています。
(2025年6月号掲載)

 後継者問題はどの業界でも話題になっています。企業の場合、後継者がいなければその会社の従業員の雇用や生活に影響を及ぼす可能性があります。しかし、農業の場合「後継者問題はその農家の問題ではない」ということをご理解いただけるでしょうか。
 既述のように、今多くの農家は70歳前後で、儲からないが先祖から預かった農地を自分の代で荒らしたくない、万が一のときでも自分の家族や親戚にはひもじい思いをさせたくないなどの理由で米を作り続けてきました。しかし、子どもや孫には自分と同じ苦労をさせたくないと思っています。農家にとって後継者がいないことは長年の苦労からようやく解放されることなので、問題ではないのです。
 では誰にとって問題なのかというと、農地が荒れていく「地域」や生産手段を持たない「消費者」にとっての問題だと思うのですが、多くの人はこの危機を自分の問題だと捉えていません。スマート農業も期待はされているものの、中山間地域で使える技術はまだないに等しい状態です。私はこの現況を「サイレント百姓一揆」と名付けています。高齢化で農業を続けられなくなる人が激増し、昨今の米騒動を上回る勢いで米も野菜もお店にない……その静かな百姓一揆があと5年ほどで完成するのです。
(2025年8月号掲載)

 阿蘇地域は「阿蘇の草原の維持と持続的農業」が評価され、2013年に世界農業遺産に認定されました。草千里や米塚などに代表される阿蘇の草原は、1000年以上前から「野焼き」を続けることで維持されてきました。草原は、役畜(えきちく)の放牧や冬の牛たちの食料となる干し草を刈る場所として維持されてきました。その牛糞堆肥を田畑に撒き、米や野菜が生産されます。また、阿蘇の草原は、野焼きによって炭化した炭が土壌中に残るため、大気中の二酸化炭素を吸収する効果があることや、森林以上の地下水涵養(かんよう)効果があることがわかってきました。
 今、肥料や農薬など多くの資材は外国からの輸入に依存していますが、南阿蘇村は、資源循環型農業を推進しています。地球環境への負荷を減らし不測の事態に備えるためにも、輸入した化学肥料に依存するのではなく、身近なところで手に入る有機物を活用し、農薬の使用量をできるだけ抑えた農産物栽培を進めています。
 幸い南阿蘇村は、標高が400~500mの高冷地であるため害虫の発生が少なく、米の栽培における農薬の使用量は平たん地の半分以下です。120haほどの栽培面積があるソバも、昔から受け継がれてきた在来種を大切に守り、ブランド化を目指しています。その結果、味や香りが評価され「おいしいそば産地大賞2024」で6位に入賞しました。
(2025年10月号掲載)

 これまで、国産農産物や有機栽培など循環型農業で生産された農産物について紹介してきました。しかし、こうした原料を使うと製造原価が高くなり、製品の価格を上げざるを得なくなって、売りにくくなると考える食品製造業の方もいると思います。
 もともと日本の食品や農産物は安全なのだから、あとは美味しくて、なおかつできるだけ安いほうが良いと考える消費者が多いのが現実です。しかしその結果、農家の収入は低迷し、後継者がいないという深刻な問題が生じています。農業分野でも消費者教育は最大の課題です。
 そこで南阿蘇では、「風景をつくるごはん」というキャッチフレーズで、「多くの観光客を魅了するこの田園風景と食べものはつながっていますよ」、「地元の農産物を食べることで、地元の風景は守られていますよ」といった内容のPRを始めました。「風景をつくるごはん」という言葉は東京科学大学※ の真田純子教授が提唱されたもので、日常の食べものの選択が風景や地域、地球環境にどのような影響を与えるのかを体感するゲームも製作されています。南阿蘇でも南阿蘇版のゲームを作って体験の場を設けています。こうした取組みなどを通じて食に対する関心を深めてもらい、身近なところでできたものを食べることが、体や環境、そして社会にも良いと思う人が増えることを期待しています。
(2025年12月号掲載)

※ 旧東京工業大学(2024年10月に東京医科歯科大学と統合し、名称変更)

 国際社会の不安定さが増すなかで、農業をどう守っていくかは、全国の中山間地域が直面する喫緊の課題です。そんな中、私がこれから目指すべき方向の一つとして考えているのがCSA(コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー)です。
 CSAは、もともと日本の有機農業者と消費者の「提携」がその始まりといわれ、消費者が農家を支え、収穫物を共有する仕組みのことです。作業を手伝ったりしながらお互いを支え合う地域型の農業モデルです。アイドルとファンのような関係といったほうがわかりやすいかもしれません。
 自由貿易の見直しも進みつつありますが、自分たちではどうにもできない国際社会のルールや他国のリーダーの判断に振り回されることなく、「自分と家族の食べものは身近な生産者と一緒に作っていく」という考え方が定着して、ともに豊作を喜び、気象災害を心配するような関係ができれば理想的だと考えています。もちろん、応援してくれる消費者は個人に限らず、食品産業などの企業も大歓迎です。目の前の利益はもちろん大事ですが、地球環境や日本の未来を一緒に考え、積極的に行動していただける人が増えることで、「サイレント百姓一揆」が未遂に終わる——。そんなことを願いながら、今日も田畑を耕しています。
(2026年12月号掲載)

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