特集

弊所発行の「月刊クリンネス」に掲載された過去の連載コラムの中から、テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。

季節と暮らす(1)

大西美穂

暮らし 季節と暮らす(1)立春から雨水(うすい)へ

 中国から伝来した二十四節気は、立春から始まります。旧暦では、季節の変わり目である「節分」に豆をまいて厄払いをし、新年を迎えていました。「夏も近づく八十八夜」と歌ったのを覚えていますか。これは立春から数えて八十八日目という意味で、この日を境に霜が降りなくなり安定した気候になることを知らせています。ほかにも、入梅(にゅうばい)、半夏生(はんげしょう)、彼岸など、日本特有の季節の変化を表すものを雑節(ざっせつ)といい、大地とともに暮らす先人にとって、季節というものが生活のなかでいかに重要な意味を持っていたかがわかります。
 雨水は、女の子がいる家庭では雛人形を出す頃でしょう。地方によって飾る時期も雛人形の種類もさまざまですが、雨水に雛人形を飾ると、よい伴侶に恵まれるといわれています。昔は張り切って七段飾りを出していましたが、収納や保管のことを考えると、現代の都会暮らしに取り入れるのは難しくなってきたように感じます。わが家では手乗りサイズの豆雛を飾るようになりました。柔らかいお顔でちょこんと座る姿はなんとも愛らしい。カジュアルなやり方だとは思いますが、健康と幸せを願う祝い事ですので、続けていくことに意味があるのではないでしょうか。雛人形をしまい忘れると婚期が遅れるという説がありますが、これは季節の節目を大切に考える、先人の苦言なのかもしれません。
(2013年2月号掲載)

◆ 2月の二十四節気:4日=立春、19日=雨水

暮らし 季節と暮らす(1)啓蟄(けいちつ)から春分へ

 蟄虫啓戸(すごもり むし とをひらく)と書けば、この季節がどんな装いなのかがおわかりいただけるでしょう。啓蟄は、地中で巣ごもりしていた虫たちが、陽の光でぬくんだ土の戸を啓(ひら)き、地上へ這い出してくる季節です。わが家の猫は冬眠こそしませんが、この時期になるとベランダへ足を運ぶようになり、うつらうつらと日差しを満喫しています。
 そんな猫を横目にアルバムを眺めていると、この時期に必ずといっていいほど同じ光景が写っていました。それは気に入りの小さな寿司屋です。さっと湯通ししたイイダコのポン酢添え、ホタルイカの酢味噌和え、サワラの焼き物、ぽってりとした赤貝の握り。カウンター脇の籠には皮付きの山葵(わさび)が盛られています。
 「今日のおすすめは?」と尋ねると、文学好きの物静かな大将の口から次々とよどみなく旬の食材名が飛び出し、蘊蓄(うんちく)を添えた美しい料理が並びます。いつも大将に出されるがままぺろりとたいらげていたのですが、すべてがこの季節の食べ物だったことに、いまさら気がつきました。誰よりも季節に目配りをし、誰もが季節を感じられるように心配りをし、ただ粛々と寿司を握る姿はなんとも頼もしい。これこそが職人の技といわれるゆえんなのかもしれません。特に、産卵にそなえて太るこの時期の赤貝は絶品です。日本酒をおともに、ぜひご賞味ください。
(2013年3月号掲載)

◆ 3月の二十四節気:5日=啓蟄、20日=春分

暮らし 季節と暮らす(1)清明(せいめい)から穀雨(こくう)へ

 暖かな日差しと、清々しい空気をそのまま言葉にこめた季節―清明。江戸時代に書かれた『暦便覧(こよみびんらん)』には「万物発して清浄明潔(しょうじょうめいけつ)なれば、此芽(このめ)は何の草としれるなり」とあり、これは万物すべてがすがすがしく明るく美しいころを意味しています。新緑と花々に誘われて、いつもより少し遠出をしたくなるものです。
 数年ほど前からベランダにやってくる常連客は、メジロのカップル。オリーブの木の枝に刺したリンゴの欠片を、仲良くついばむ姿を窓越しに猫がじっと観察しているのも、我が家では見慣れた春の光景です。
 ベランダにはもうひとつ、春の恵みが。木の芽とも呼ばれる葉山椒です。パンッと手の平で叩くと、爽やかな香りが舞い上がります。焼き物、煮物、吸い口※ に、この時期の食卓には欠かせません。
 特に、旬のタケノコとの相性は抜群です。木の芽は、味噌、砂糖、酒、みりんといっしょにすり鉢でよく混ぜ合わせておきます。たっぷりの水と米ぬかで湯がいたタケノコは、冷やしたあと一口大に切りましょう。さきほどの木の芽味噌でさっと和えたら、出来上がり。青い衣をまとったタケノコは、春を丸ごとお皿に盛ったようです。お花見弁当の一品にいかがでしょうか。
 季節はかけ足で巡ります。心ゆくまで春を楽しんでください。
(2013年4月号掲載)

◆ 4月の二十四節気:5日=清明、20日=穀雨
※ 香りを添え、味をひきしめ、季節感を出すために吸い物に添える薬味

暮らし 季節と暮らす(1)立夏から小満(しょうまん)へ

 暦のうえでは夏の始まり。戸外を歩けば汗ばむ日もあることでしょう。ツツジ、ハルジオン、ヒナゲシなどが灰色の側道を彩る一方で、まだ色づいていないアジサイが、じきにやってくる梅雨を知らせてくれています。好楽シーズンたけなわのこの季節、私の恒例行事はピクニックです。「自然のある場所で食事を楽しむこと」がピクニックの所作(しょさ)ですが、今回は、私なりの「ピクニック3カ条」を紹介します。
 その1 ―食事は手軽に。ピクニックに過度な労働は禁物です。アウトドアのように火気も使いません。もちろん、余裕があれば手製弁当もよいですが、お気に入りのパンとチーズ、そしてソフトドリンクやワインを出がけに買えば、準備は万端。張り切りすぎないことが肝心です。
 その2 ―場所はきっちり、時間はざっくり。ピクニックは仕事ではありません。それぞれが自由に満喫することが鉄則です。なんとなく集まり、なんとなく解散する、緩い場づくりを心がけましょう。遅れて参加する人たちのためにも、場所は決めておいたほうが無難です。
 その3 ―ゴミは必ず、指定された場所に捨てるか、持ち帰る。もはや、言わずもがなのマナーです。
 晴れた日には、ぜひピクニックを。ただし、日が落ちるとまだ肌寒さを感じる季節です。暖かくしてお出かけください。
(2013年5月号掲載)

◆ 5月の二十四節気:5日=立夏、21日=小満

暮らし 季節と暮らす(1)芒種(ぼうしゅ)から夏至へ

 芒(ぼう)とは、米などイネ科の植物の穂先にある棘(とげ)状の毛の部分のことです。芒種は、「芒」を持つ植物の種を蒔く季節といわれていますが、今でいえば田植えの最盛期を過ぎた頃のようです。
 穀物を小さなベランダで育てるのは難しそうですが、「ハーブならば初心者でも簡単に作れるよ」と農業を営む友人に促され、去年はコリアンダーやバジルの種を蒔きました。数日で双葉が顔を出し、双葉の間から出てくる若葉が待ち遠しくなり、そのうち毎朝ベランダに出るのが日課になりました。風は爽やかですが、夏に向かって日ざしは強くなっています。時折日陰を作ってやりながら、次から次へ伸びる小さな芽に、せっせと水をやりました。
 ほどなくやってきたのは雨の季節。梅の実が薄黄色に色づくことから、入梅(にゅうばい)とも呼ばれています。1日中しとしとと雨が降ると、少々うっとうしい気分にもなりますが、ベランダの植物にとっては恵みの雨。こちらも水やりをしなくてすむので、ずぼらな園芸家としてはしめたものです。季節とはうまい具合に巡るものだと、しみじみ感心します。
 夏には自家製ミントを入れたモヒートを片手に、コリアンダーを添えたアジア料理でも作ってみようか。そんな思いに耽(ふけ)りながらレシピ本を捲(めく)っていれば、長雨も間もなく通り過ぎてしまうでしょう。
(2013年6月号掲載)

◆ 6月の二十四節気:5日=芒種、21日=夏至

暮らし 季節と暮らす(1)小暑(しょうしょ)から大暑(たいしょ)へ

 梅雨明けとともに、南から駆け上がってくる暑さが待ち遠しくなる頃でしょうか。夏の気配を感じながら、私は万年筆を手に取ります。年賀状のお礼を書かなければ。遅すぎるだろう、といぶかしがる方がいるのはごもっともです。年末の慌ただしさにかまけて、つい出しそびれてしまった年賀状。とはいえ、心に余裕がないときには、なかなか筆が進みません。
 そこで、小暑と大暑のあいだの「暑中」に休暇を取り、暑中見舞いを出すことにしたのです。去年は、一足先に梅雨明けをした宮古島から、青い海の写真を添えた葉書を送りました。島のゆったりとした時間に浸りながら自分のことを振り返り、言葉では表しきれない美しい風景を綴ります。この時間を、あなたと共有できたらいいのに、と。
 二十四節気というのは、手紙を送るよい節目なのかもしれません。日本語の季節折々の挨拶の豊富さは、日本人の手紙好きを表しているかのようです。つまり、思い立ったときが手紙を書く季節。近頃では、メールなどで簡単にすませることも多くなってきましたが、やはり直筆の便りがひょっこりと届くと、うれしくなってしまうものです。文字や筆圧から、その人柄がにじみ出るからでしょうか。
 大暑を過ぎて立秋(8月7日)に入ると、送る手紙は残暑見舞いになります。
(2013年7月号掲載)

◆ 7月の二十四節気:7日=小暑、23日=大暑

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