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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
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(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

世界のモグラたちの知られざる生態と魅力

国立科学博物館 動物研究部 川田伸一郎

 モグラといえば、目が小さくて愛くるしい動物として、はたまた畑や庭を荒らす憎っくき動物として、絵本の題材になったりアニメやゲームの脇役として欠かせない存在です。モグラは日本では人に身近な哺乳類で、畑や水田、都市部の公園にまで生息しているためでしょう。
 ところ変わって海外では、認知度が低い国や地域もたくさんあります。僕はベトナムなどの東南アジアでモグラを捕まえて研究してきましたが、これらの国では人々が暮らす身近な場所にモグラは見られず、多くは標高1000mくらいの山の森林に生息しています。町でモグラの写真を見せて「これ知っているか?」と聞いてもほとんどの方が首をひねります。モグラはそもそも暑いところが苦手なこともありますが、土壌動物を好んで食べて暮らしているために、湿った落ち葉の堆積層が厚い温帯の環境が生息に適しています。日本は降水量が多く温暖な気候なので、モグラがそこかしこにいるわけもうなずけます。
 皆さんご存じのモグラは土の中で暮らしています。生きて動いている姿を見たことがある人は、それほど多くないと思います。僕も研究を始めるまでほとんど見たことがありませんでした。観察するのが難しいということはわからないことだらけということで、その生態は謎に包まれています。
(2025年1月号掲載)

 土の中で暮らすことが知られているモグラですが、ほぼ一生の間地上に出ることがないことはあまり知られていません。モグラが土から頭を出して埋められている写真が巷にあふれているのが、誤解を招いている原因の一つなのでしょう。地面に土が盛り上がっている「モグラ塚」を見て、モグラがいることを認識する方もいるでしょう。モグラ塚はモグラが地上と地中を行き来する「トンネルの出入り口」と勘違いされがちです。これは「モグラたたき」というゲームによる誤解でしょう。実際にはモグラは地上に出ることはなく、モグラ塚はトンネルを掘る際に退けた土を地上に押し出したものにすぎません。
 「でも、モグラが地上を歩いているのを見たことがある」という方もいると思います。地上に出ないのは彼らが独立生活を始めてからのことで、それまでに一度地上に出ることはあるようです。雌のモグラは春にトンネルの奥深くにある巣室で3~6匹の仔を出産します。1か月少々でほぼ大人のサイズに成長しますが、モグラはとても縄張り意識が強いので、母親は十分成長した仔をライバルとして認識するようになります。トンネルから追い出されて行き場を失った仔は、仕方なく地上をさまよいます。運よく猫などに見つからなければ、永住のトンネルを築くことができると考えられています。
(2025年3月号掲載)

 「畑や庭にモグラがたくさんいるので、なんとかしてほしい」という依頼をたびたび受けます。でも本当にたくさんいるのでしょうか。モグラは縄張り意識がとても強い動物なので、狭い面積に多数の個体が密集することはありえません。彼らの主食はミミズなど地中の無脊椎動物で、一日に体重の半分ほど、かなりの量を食します。そのため縄張り内にほかの個体が入ると、活動するために十分な食事が摂れなくなるおそれがあることから、常に他の個体が自分の縄張りトンネルに入らないように注意しているのです。
 依頼してきた方から庭の写真を送ってもらうと、なるほど確かにモグラの生息痕であるモグラ塚が多数写っています。ただしこれらは複数の個体が作ったものではないと思います。一個体のモグラは、低く見積もっても100~300mのトンネル網で生活しているといわれており、各所に土捨て場であるモグラ塚を作ります。雨などの影響でトンネルが崩れてしまうと、モグラはどこかから土を運んできて穴をふさぐのですが、このときにもモグラ塚は形成されます。たくさん塚があるからといって、モグラがたくさんいるわけではないのです。「1つ捕まえればしばらくは落ち着くと思いますよ」と僕は回答します。でもモグラを捕まえるのは割合難しいようで、なかなか納得してもらえません。
(2025年5月号掲載)

 日本はモグラの種数が豊富で、「モグラ科」というグループには8種が含まれます。このうち地中性のものは6種で、残り2種は地上と地中の間、つまり落ち葉の下のような場所で活動する、半地中性の生活スタイルを持っています。「ヒミズ」という名前のこの2種は、モグラにしては小型で尾が長く、穴掘りに使う手のひらが小さいという特徴があります。地中生活に適応するにしたがい、尾などの突出部は短くなるという決まりがあるようです。ヒミズが日本に2種もいるのは不思議なことです。というのも、外国ではアメリカ西海岸と中国南西部辺りにそれぞれ1種が分布するだけなのです。このグループの化石はヨーロッパからも見つかっていますが、これらの地域を除いてすべて絶滅してしまったようです。現存する種は、モグラが地中性に適応進化する過程で誕生した「原始的モグラ」の生き残りなのです。
 もっと原始的なモグラ科の仲間は地上で生活していました。その生き残りも中国南西部に現存していて、「ミミヒミズ」という名前がつけられています。僕はこの動物を中国雲南省で採集しましたが、確かにネズミをとるワナで捕獲できました。ミミヒミズの尾はネズミのように長く、その名の通り耳介が突出している点がモグラやヒミズと異なります。確かに「土にもぐる前のモグラ」といった風貌です。
(2025年7月号掲載)

 地上・半地中・地中という段階的な生活スタイルは、モグラ科が姿を変えながら進化してきた証拠なのですが、もっと面白いのはこれらの移行的な段階のモグラの存在です。本州の山地に生息するミズラモグラは尾が少し長めで、モグラの姿でありながらヒミズのような生活をしていると考えられています。また日本にいるヒミズ2種のうち、小型のヒメヒミズはより地上生活に適応しているそうです。確かにヒメヒミズをバケツに入れると、いつまでもぴょんぴょんと飛び跳ねていて、立体的な活動が得意なのだろうな、と思わされます。
 モグラの生活の多様さに拍車をかけるのは水に潜る種の存在です。北米の東部に分布するホシバナモグラは、鼻面に22本の触手状の突起を持つ珍獣です。水辺を好んで生活しており、地中のトンネルから水中へと移動して採餌します。鼻の突起は非常に精密な触覚センサーで、少し触れただけで食べものを識別できるそうです。さらに水の中で鼻孔から出した空気(いわゆる鼻提灯)を突起で受け止め、再び吸い込んで鼻先にある対象物のにおいを嗅ぐこともできる技の持ち主です。
 水に潜るモグラの仲間にはデスマンというモグラ科最大の動物もいますが、日本のモグラも意外に泳ぎは上手く、洪水のときなどにトンネルが水没しても大丈夫なくらいの泳ぎの技を持っています。
(2025年9月号掲載)

 モグラはなぜ地中で生活するように進化したのでしょうか。トンネルを掘って生活するのは大変ですし、どんなメリットがあるのでしょう。それはやはり「安全」ということに尽きると思います。僕はモグラのトンネルに仕掛けたワナでイタチ類を捕まえたことがありますが、モグラがもっとも恐れる敵は肉食性の鳥類です。フクロウが育雛(いくすう)の際にモグラを餌として運ぶことは、フクロウが吐き出すペリットの調査から知られています。ただし、これは親離れした若い個体が地上をさまよっているときに捕食されるのではないかと想像しています。地中生活に適応するため、モグラの前足はほぼ真横を向いており、地上を歩くには不便です。肉食動物に捕食されるのは、この時期が圧倒的に多いでしょう。
 独立生活を始めたモグラはトンネル内にいる限りほぼ無敵です。地中生活は安全、そのためモグラが生息できないような海外の乾燥地では、齧歯類(リスやネズミ)が地中生活者へと進化しています。南米大陸には、地中生活をする小型のアルマジロがいます。アフリカの南部にはキンモグラというモグラとは別系統から進化した動物がいますし、オーストラリアには有袋類のフクロモグラがいます。いずれも、安全を求めて土掘りのテクニックを向上させ、モグラのような生活スタイルへと進化した哺乳類たちなのです。
(2025年11月号掲載)

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