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COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

誌上でめぐる世界の恐竜化石(4)

独立行政法人 国立科学博物館 副館長 真鍋真

タンザニア

 今から約2億3000万年前の中生代三畳紀、爬虫類は四足歩行で、現代のワニやトカゲのようにヒジとヒザを胴体の横に突き出して地面を這っていました。
 恐竜は、ヒザを胴体の横に突き出さず、胴体の下方にまっすぐに伸ばしていました。他の四足歩行の爬虫類よりも速く走ることができるため、繁栄していったと考えられています。また、恐竜の骨盤には大きな穴があいていて、その穴に後ろあしの大腿骨がはまりこむためガニ股にならず、コンパスも長くすることができるのです。
 アフリカのタンザニアに広がるその三畳紀の地層から、全長1.3mくらいの爬虫類の化石が発見されました。それは前あしが短いことから二足歩行をしていたと考えられ、2010年にアメリカの古生物学者によって「アシリサウルス・コングウェ(Asilisaurus kongwe)」と名づけられました。アシリとはスワヒリ語で「祖先」、サウルスはギリシア語で「トカゲ」という意味です。
 私たち古生物学者は、化石を発見すると骨盤の穴の有無を確認します。穴があいているなら恐竜ですし、穴がなければ恐竜ではありません。アシリサウルスは骨盤に穴があいていないので、通常は恐竜には分類されませんが、恐竜にとても近縁な爬虫類だと考えられています。
(2023年10月号掲載)

マダガスカル

 インド洋に浮かぶマダガスカル共和国は世界で4番目に大きな島です。バオバブのような植物やワオキツネザルのような動物が有名で、現在、島内でみられる生物の90%ぐらいがマダガスカル固有の種だとされています。
 約7000万年前の白亜紀後期には、ラペトサウルスという草食の竜脚類恐竜が生息していました。ラペトとは、マダガスカルの先住民の言葉で「巨人」を意味します。ラペトサウルスは、鎧竜のように骨の塊が埋め込まれた皮膚を持っていたと考えられています。その骨の塊(皮骨)は、大きなものでは直径が17cm、厚さは6.5cmもありました。全長は15m程度で、竜脚類としてはそれほど大きな恐竜ではありませんでした。
 約1億5000万年前のジュラ紀末までは、マダガスカルは、南アメリカ、アフリカ、インド、南極大陸、オーストラリアと陸続きの巨大なゴンドワナ大陸の一部でした。その後、ゴンドワナ大陸は分離して、1億年前ごろにはマダガスカルはインドと大きな島になっていました※ 。
 約8000万年前にはマダガスカルはアフリカともインドとも離れて島になっていたらしいのです。ラペトサウルスは島に暮らす恐竜だから、小さかったのかもしれません。
(2024年6月号掲載)

※ 約9400万年前の大陸配置では、インドがまだ南半球にあり、マダガスカルとつながっていた
(http://www.scotese.com/cretaceo.htm)

北米大陸

 背中に大きな板状の骨が並び、尻尾の先からはスパイク(トゲ状の突起)が突き出しているステゴサウルスは、約1億5000万年ごろのジュラ紀後期にアメリカの西部に生息していた、全長7~9mの草食恐竜です※ 。ステゴサウルスという学名は、1877年、アメリカ北東部コネチカット州にあるイェール大学のオスニエル・C・マーシュ(1831~1899)によって命名されました。マーシュは、板状の骨が背骨の上を覆っているような特徴から、ステゴ(覆う)+サウルス(爬虫類)と名付けたとされています。アロサウルスのような肉食恐竜も上から攻撃しにくかったでしょう。大きな板とトゲは、成熟した個体であることを仲間に示す役割もあったでしょう。板の表面の血流量が多く、板に風を当てることで、体温を下げる効果があったと考えられています。
 イェール大学のピーボディ自然史博物館には、ステゴサウルスの実物化石の骨格が長年展示されていました。博物館がリニューアルされ、ステゴサウルスの新しい全身骨格が2024年3月に公開されました。私がイェール大学大学院の学生だった頃は古い展示で、尾の先端のスパイクの本数が多すぎたり、喉の骨質のウロコも復元されていませんでした。アメリカ東海岸に行く機会があったら、新しいピーボディ自然史博物館にもちょっと足を伸ばしてみてください。
(2024年8月号掲載)

※ 国立科学博物館には、ワイオミング州で発見された実物化石を組み立ててつくった全身骨格が展示されている(https://db.kahaku.go.jp/exh/col_z1_01/2975621)

日本・甑島(こしきしま)列島

 鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市の沖、東シナ海に浮かぶ甑島列島には、今から約8000万年前(中生代白亜紀)から4000万年前(新生代古第三紀)に堆積した地層などが海岸に崖をつくっています。島と島をつなぐ橋などを渡る30分ほどのドライブで、約4000万年間のタイムトラベルをしたような気分になります。白亜紀の地層からは、陸で暮らしていた恐竜や哺乳類などの化石、海を泳いでいた海生爬虫類モササウルス類などの化石が発見されており、それらを調査研究して展示する「甑ミュージアム」を2025年4月にオープンする準備が進められています。断片的ながら、いろいろな種類の生物の化石が発見されていますが、白亜紀に推定全長十数メートルの竜脚類恐竜がいたことに驚かれる方がいます。小さな島にそんな大きな恐竜が生息できたのかと疑問に思うからでしょう。
 現在、北海道から鹿児島県までの1道18県から恐竜の化石が発見されていますが、中生代の日本はまだ日本海がなく、アジア大陸の一部でした。当時の日本は大陸の海岸のような場所だったはずです。現在の甑島列島は、その大陸の地層が東シナ海からちょこっと顔をのぞかせているようなものなのです。私は、甑島の海岸に座って、中生代白亜紀にこのあたりを歩いていた恐竜たちに想いを馳せるのが大好きな時間です。
(2024年10月号掲載)

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