イカリホールディングス株式会社 よりそい、つよく、ささえる。/環文研(Kanbunken)

COLUMN

- コラム

「月刊クリンネス」に掲載された
過去の連載コラムの中から、
テーマ別に選りすぐりの記事をご紹介します。
(執筆者や本文の情報は執筆時のものです)

人と動物をつなぐ感染症

イカリ消毒株式会社 名誉技術顧問 谷川力

肺吸虫(1)

 肺吸虫はアジアを中心にラテンアメリカやアフリカに分布し※1 、日本では、ヒトに寄生する種としてウェステルマン肺吸虫と宮崎肺吸虫の2種類が知られています。
 肺吸虫は、中間宿主を経て終宿主となるタヌキやイヌ・ネコなど哺乳類の肺実質内で成虫になります。終宿主の喀痰や糞便とともに排出された虫卵は、水中でミラシジウム※2 を形成し、これが第1中間宿主の巻貝に入ります。ミラシジウムは、その貝内でセルカリア※3 へと成長変態します。セルカリアは短い尾を持ち、貝から遊出して第2中間宿主のサワガニやモクズガニなど淡水産蟹類に侵入し、メタセルカリアになります。そしてこのカニが、終宿主となる哺乳類に食べられるのを待ちます。ヒトは、カニの生食、もしくはイノシシ肉やシカ肉の生食により感染し、日本人感染者の多くは後者によると報告されています。イノシシやシカはカニの摂食で感染し、待機宿主として筋肉内に幼若虫を保有するため、ヒトが生肉を食べると感染が成立します。
 千葉県のある河川にはウェステルマン肺吸虫が寄生するカワニナがいることが知られています。ウェステルマン肺吸虫は、染色体の数から2倍体型と3倍体型に分けられ、千葉県で見つかった肺吸虫は2倍体型です。
(2024年1月号掲載)

※1 わが国における肺吸虫症の発生現況,IASR,vol.38,76―77(2017)
※2 ※3 両者とも吸虫類の幼虫

肺吸虫(2)

 ウェステルマン肺吸虫は2倍体型と3倍体型に分類され、ヒトにはどちらも寄生しますが、2倍体型のヒト感染例は少ないようです。その理由は以下のとおりです。
 (1)2倍体型はサワガニで多く寄生が見られ、3倍体型はサワガニよりもモクズガニに多く認められています。日本(特に1970年頃まで)では、カニ汁などでモクズガニのほうを喫食する機会が多かったと考えられます。カニ汁は加熱しますが、調理過程で調理器具についたメタセルカリア※1 を摂取し、感染が生じていました。また、モクズガニのほうが体が大きく、寄生数も多いのです。
 (2)肺吸虫の感染が多い九州地方では3倍体型が認められています。主としてジビエ料理(イノシシの生食)によって感染しますが、待機宿主のイノシシはモクズガニを好んで喫食します。サワガニを喫食した場合より肺吸虫の感染効率が良く、イノシシは筋肉に多くの幼虫を蓄えます。ヒトがイノシシの生肉を喫食すると、容易にウェステルマン肺吸虫に感染します。
 なお3倍体型は、宿主の肺に成虫が虫嚢(ちゅうのう)※2 を作り長期間感染に至ります(1隻(せき)※3 でも成熟する)が、2倍体型は同棲相手を求めて胸腔内を移行するので、胸水貯留や気胸が起こり、激しい病態を呈します。
(2024年2月号掲載)

※1 ヒトや動物への感染能力を持ちながら、生物体が膜を作り一時的に休眠状態となった幼虫
※2 成虫を入れる袋状のもの
※3 寄生虫の数え方で「匹」に相当

鳥インフルエンザ

 昨今、毎年冬季になると鳥インフルエンザの話題が出るようになりました。鳥インフルエンザはウイルスの型にもよりますが、ニワトリを致死させるほど強いものも知られています。
 主に北から移動する渡り鳥(水鳥)からの感染の可能性が強いといわれています。しかし、それを鶏舎に運ぶブリッジスピーシーズ(橋渡し種)がわかっていません。農場内を暗視カメラで撮影すると、ネズミ、イタチ、ネコ、タヌキ、スズメ、カラスなどさまざまな動物が映ります。これらの生物が渡り鳥と鶏舎内のニワトリとの双方を移動しているとなると、広範囲の行動圏を持たなければなりません。その候補となる動物はイタチやカラスです。さらにインフルエンザウイルスを体内で増やし、高濃度でウイルスを排出することができる生きものになります。ネズミはインフルエンザに感染してもニワトリへうつす能力は低いといわれていましたが、可能性はあるようです。一方、昆虫説も浮上しています。昆虫の中でも屍体や糞を好んで集まり、冬季に成虫で生活しニワトリが好んで食するクロバエ類が注目されています。
 鳥インフルエンザが怖いのは、変異しやすく、変異したものは人への感染があり得るというところです。実際にアジアでは、鳥インフルエンザが人に感染した事例があります。
(2024年12月号掲載)

ハンタウイルス肺症候群(HPS)の脅威

 2021年、成田空港でシカシロアシマウスが生きた状態で捕獲されました。本種はアメリカ本土の人家などで一般的に見られる小型のネズミです。このネズミはハンタウイルス肺症候群(HPS)を保有することが知られており、検疫所では捕獲時に必ず抗体検査を行います。その際、成田空港で捕獲された個体からも陽性反応が確認されました。
 HPSは腎症状を伴わずに呼吸困難と肺水腫を呈し、約50%が死亡するという恐ろしい急性呼吸器感染症です。1993年、アメリカ南西部で肺水腫を伴う急性の呼吸困難による死亡例が複数報告されたことで、初めて問題視されました。さらに1995年以降は、南米各地からも次々と発生が報告されています。
 ハンタウイルスの特徴はネズミ媒介性であることです。主な感染経路は、新鮮あるいは乾燥した糞や尿に含まれるウイルスをエアロゾルとして吸い込むことによるもの。また、ネズミの咬傷や、ネズミに触れた物を介して鼻や目、口にウイルスが接触することでも感染します。近年の研究では、ヒトからヒトへの感染例も報告されるようになりました。
 現代では、航空機による短時間での国際移動が可能です。致死率の高い感染症に対しては、今後も専門知識を持つ検疫官による細かな監視と調査が欠かせません。
(2025年11月号掲載)

ネズミの排泄物からのエアロゾル感染

 ネズミの排泄物のエアロゾル感染※1 で発症したと考えられる、新たなネズミ由来感染様式として報告された症例です。
 患者は都内在住の70歳女性です。主訴は発熱とふらつきでした。入院2週間前から残尿感があり、入院3日前より発熱と胃部不快感(胃重感)を自覚していました。入院当日、外出時に転倒し、医療機関へ救急搬送されました。左腰痛、下腿痛、血尿などの所見から、腎盂腎炎が疑われ、抗菌薬治療が開始されました。投与後、速やかに解熱しました。
 しかし翌日、血液培養の陽性が判明。ネズミとの接触歴に加え、血液培養のグラム染色所見から、鼠咬症(そこうしょう)による菌血症が有力と考えられました。一方で、レプトスピラ症の可能性も否定できなかったため、セフトリアキソン(CTRX)投与を継続しました。第2病日には両下腿に紫斑が出現しましたが、速やかに改善しました。第5病日、16S rRNA遺伝子解析※2 によりStreptobacillus notomytisと同定されました。これを受け、第6病日よりアンピシリン(ABPC)へ抗菌薬を変更したところ、全身状態は安定し、自宅療養となりました。退院後、患者自宅を訪問し環境調査を実施しました。採取したネズミ糞便を対象に、次世代シーケンサーによるメタゲノム解析※3 を行った結果、Streptobacillus属菌が検出されました。
(2026年5月号掲載)

※1 病原体が呼吸器系から体内に侵入する感染経路。空気感染とは異なる
※2 細菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列を解析し、その細菌の分類や同定を行う分子生物学的手法
※3 環境試料(糞便、土壌など)に含まれる微生物DNAを網羅的に解析し、試料中に存在する微生物の種類や構成を明らかにする手法

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